米アリゾナ州で開かれた殺人事件の量刑公判で、3年前に亡くなった被害男性がAI技術によって再現され、“被害者”として意見陳述したと報じられています(CNN、5月12日など)。
遺族の意向により、過去の音声や映像をもとに本人の姿や言葉が再構成されたもので、BBCなどの報道によると、加害者に向けて「別の人生では、私たちは友人になれたかもしれない」などと語りかけたといいます。
裁判官は「本物のように感じた」と述べたと報じられています。
こうしたAIの活用については一定の評価がある一方、倫理面や法的な課題を指摘する声も出ています。
もし同様の手法が日本で用いられた場合、法的にどのように扱われるのでしょうか。日本の法制度では可能なのか、弁護士に見解を聞きました。
●「日本の裁判での利用は難しいと思われる」
——日本でこのようなAI映像を、被害者の意見陳述として再生することに、どのような法的問題があるでしょうか。
今回のような、既に「亡くなった」被害者のAI映像を、刑事裁判で被害者の意見陳述として利用することは難しいと思います。
刑事裁判での被害者等の意見陳述は、生きている被害者、又は被害者がお亡くなりになっている場合、そのご家族(配偶者、直系親族、兄弟姉妹)が意見を表明できます。しかし、アリゾナの裁判で用いられたAI画像は、既に「亡くなった」被害者の映像であって「生きている」被害者ではありません。
——報道によると、映像で語られた言葉の内容自体は、被害者の女きょうだいが書いたそうです。この点についてはどのように考えられますか?
被害者のご家族が作成した台本によるAI映像での意見陳述は、被害者家族による意見陳述として採用されないと思います。
被害者ご家族の意見陳述であれば、ご本人に語らせればよく、敢えて被害者のAI映像を使う必要がないからです。
このような映像を採用してしまうと、裁判に不当な影響を与えかねません。
——AIで映像を作成し、発言の内容もAIで被害者の性格などから生成した場合にはどうでしょうか?事前にこのような映像を作成して、遺族がこれを提出したいと考えた場合、どのように扱われるでしょうか。
AI映像では“被害者”の言葉として語る以上、映像の提出について遺族の意向があるとしても、(日本の裁判で認められる)遺族の意見表明とは認められないでしょう。
刑事裁判での被害者等の意見陳述として、被害者のAI映像の利用が認められる可能性は低いと思います。
●AI映像は「裁判上の証言にはならない」
——刑事裁判での利用に限らず、日本でこのようなAI映像が、裁判で再生される可能性はあるのでしょうか?
まず、今回のケースのように、言葉自体は被害者のご家族が作成したという場合ですが、AI映像は証人たり得ないので証言として採用できません。
また、そのような内容を被害者のご家族が陳述したいのであれば、陳述書を提出すればよく、AI映像の提出は却下される可能性が民事刑事の両面で高いと思います。
——AIが発言内容まで生成し、その映像を遺族が提出したいと考えた場合はどうでしょうか。
AI映像は、証人本人ではないAIがデータを基礎に推測した結果を話すので、人による供述ではない以上、裁判上の証言にはならず、民事でも刑事でも証言としての採用は難しいと思います。
次に、AI映像を裁判で証拠物として採用できるか、という点は、先ほどと同じく、AI映像はその人が話すかもしれない推測をもとにする媒体に過ぎないので、裁判との関連性がないことを理由に証拠としては却下される可能性が高いと思います。
仮にAI映像が証拠物として採用されたとしても、AIの推測を基礎にする以上、証拠としての信用性は相当低くなるので、AI映像が決め手となって裁判の勝敗が決まる、という事態は起きないのではないか、と思います。