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「本を通じて人生を語る」拘置所でひらく読書会、企画者がみてきた受刑者の生き方
翻訳家・向井和美さん(筆者撮影)

「本を通じて人生を語る」拘置所でひらく読書会、企画者がみてきた受刑者の生き方

参加者たちが同じ本を読み、感想を語り合う「読書会」というイベントがある。自分ひとりでは気づけなかった発見があり、より深い読書体験をできるのが特徴だ。『読書会という幸福』の著者である翻訳家・向井和美さんは、受刑者たちと読書会を行っている。

向井さんにとって読書会は「本を通じて人生を語ること」であり、「自分を客観的に見られたのは本や読書会があったから」とも語る。読書会の意義や、参加者とのエピソードなどを聞いた。(ジャーナリスト・肥沼和之)

●刑務所から届いた一通の手紙

画像タイトル 受刑者が課題図書の感想を付けていたノート。手紙に収まりきらなかった感想が描かれている。ぜひ読んでほしい、と刑務所から向井さんに送られてきた

――受刑者の方と読書会を始めたきっかけを教えてください。

読書会に関する私の著書や訳書を読んだという受刑者の方から、2023年4月に出版社経由で手紙が届いたんです。彼は読書会にすごく興味があって、自分も体験してみたいと。そこで、私が「課題図書を送るので、手紙で読書会をしませんか」と誘いました。

彼は本の感想を手紙で送ってくれて、私は自分が参加している読書会で手紙を朗読する。終了後にはほかの参加者の感想をまとめて彼に送る、という形で参加してもらっています。

彼は読書会をすごく励みにしていて、内容が少し難しい課題図書でも、毎回素晴らしい感想文を、刑務所の手紙の上限7枚ギリギリまで書いて送ってくれています。

――手紙で読書会を続けているうちに、受刑者の方に変化は感じましたか。

彼が送ってくれた手紙に、読書を通じて「考え方はもちろん、目に見える景色が少しずつ変化してきている。特に同囚(編注:同じ刑務所の受刑者)に関する見方、接し方、また相手への考え方が変わった」「人に対する見識が深くなり広がっているように思う」と書いてありました。本を読んでいろいろ考えることで、少しでも贖罪に結びついてくれればと思います。 

でも正直、私はただ自分の好きな本を送って、感想文を書いてくれるのがうれしいから続けているだけなんですね。

●読書がきっかけで生まれた変化

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――印象的なエピソードはありますか。

彼は父親からひどい虐待を受けていたそうです。それがトラウマになっていて、何とかしないといけない、と最初のころは手紙に書いてあった。けれど読書会でさまざまな本を読むことによって、父親との関係を客観的に捉えられるようになっていったような気がします。

これはテレビ番組なのですが、自身のホロコースト体験を描いた『夜と霧』の著者ヴィクトール・E・フランクルが、「トラウマをなくす必要はない」と話していました。

トラウマは海の岩礁のようなもので、満潮になって隠れてしまえば見えなくなる。なので自分の生活を充実させて、トラウマが見えないようにすればいい、と。私たちはふたりともその番組を見ていて、内容にすごく共感して、何度も手紙で語り合いました。

●「私が人を殺さずにいられたのは、本や読書会があったから」

――向井さんも著書で「私がこれまで人を殺さずにいられたのは、本や読書会があったから」と書いていたのが印象的でした。

私の家庭はずいぶんひどかったと思います。両親の仲が悪く、私自身は母に対する憎しみもあった。殺したいと思ったこともありますが、実際に手を下さなかったのは、自分を客観的に見られたから。こんな人のために自分の人生を台無しにしてはいけない、と考えたからなんです。

踏みとどまれたのは、本を読んでいたから。本を読むことはものごとを客観的に見るということですから、犯罪の抑止力にもなったのかなと。

――「読書会は本を通じて人生を語り合うようなイメージ」とも書かれていましたが、詳しく聞かせてください。

本にはいろいろな登場人物が出てきます。その人たちが良い人でも悪い人でも、必ず共感する部分はあるし、何かしら自分の人生にも重なります。本の感想を話そうとすると、人生を語らずにいられなくなるときがあるんですよね。

もちろん本の内容のことだけを語り合うのも面白いですが、登場人物や物語が自分やほかの参加者の人生とどう関わっているか、だからこういった感想が生まれた、という要素がないと、奥行きが少し欠けてしまう気がします。

●課題図書はどうやって選ぶ?

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――今は、ある拘置所で受刑者たちと対面で読書会を行っています。

いろいろな方にご協力いただいたおかげで実現して、2023年12月から月1回のペースで開催しています。毎回3~8人の受刑者の方が参加してくれます。

課題図書を選ぶうえで意識しているのは、挫折しないで読めて、他者の立場を考えられるような本。たとえば、自閉症の方が書いた『自閉症の僕が跳びはねる理由』、アウシュビッツの収容体験が書かれた『夜と霧』、ハンセン病がテーマの『あん』、32歳で幼児なみの知能しかない主人公の『アルジャーノンに花束を』などで読書会をしました。

皆さん最後まで読んできて、しかも戦争やハンセン病などにすごく興味を持ってくれて。もっと知りたい、関連の本を教えてほしい、と言われました。彼らの向上心をすごく感じましたね。

――読書会ではどのようなエピソードがありますか。

『夏への扉』というSF小説を課題図書にしたときです。読書会の後、参加者のひとりが感想文に、「拘置所で読書会をした部屋の扉は、自分にとって『夏への扉』でした」と書いてくれたのです。なんて詩的な文章だろう、と思いました。

――とても素敵ですね。受刑者の方が読書会をとても楽しんだことが伝わってきます。

拘置所のなかで、収容されている人同士は交流してはいけないんです。けれど読書会では自由に発言でき、他の人の意見を聞ける。そして自分の人生についても語り合える。そういう機会は、本当に貴重で意義があると思いますね。

あと読書会のとき、刑務官の方が一名参加してくれているんです。最初は制服を着ていたけれど、それだと受刑者たちが自由に発言しにくい。そこで刑務官も私服に着替え、同じ本を読んできて、参加者のひとりとして加わってもらったんです。

受刑者たちにとっても、普段接している刑務官がどういう人で、どんなことを考えているのかを知る場にもなっているのではないでしょうか。

――受刑者・一般の方問わず、改めて向井さんが考える読書会の醍醐味はどんなところでしょう。

同じ本を読んで感想を語り合うことそのものが、私にとってものすごく幸せなことです。課題図書を決めるときも、自分の好きな本は人に勧めたくなるし、その本で皆と感想を言い合えたらすごくうれしい。

あとは、自分が思ってもいなかった感想を聞くと、「こういう解釈があったのか」と新鮮な気持ちになれて、本の深みが増していく。それが醍醐味だと思います。1人で読んでいたら1ページ目で挫折していたような本でも、読書会があれば何が何でも読んでいこう、と思えるようになるのもいいところですね。

――読書会に興味を持った人へメッセージをお願いします。

「読書会」と検索すればたくさん見つかると思うので、ぜひ気になったところに参加してみてください。もしくは、自分で始めるのも手かなと。友達と同じ本を読んで、感想を言い合えば楽しいし、それだけでも立派な読書会ですから。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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