全国有数の公立進学校で、東京大学の合格者も多い埼玉県立浦和高校で、「伝統行事」という名の下に上級生から新入生に対して「恫喝的な校歌指導」がおこなわれている――。そんな情報提供が寄せられた。一体、どのような行事なのか。今でもそんな指導は続いているのか。取材に応じたOBからは「地獄の時間だった」という声まであがった。(ライター・渋井哲也)
●学ラン・ボンタン姿の応援団から「校歌指導」があった
新入生に対する厳しい指導と言えば、ヤンキー校など「荒れている学校」のイメージだが、先述の通り、浦和高校は全国有数の進学校だ。今回、複数の関係者が匿名を条件に筆者の取材に応じる中でもそのギャップに驚いた。
情報を総合すると、校歌指導は、年度によって少し違う方式であるものの、いくつかの点が共通している。
入学式の翌日、新入生はオリエンテーションとして体育館に集められる。館内はカーテンが閉じられて、突然真っ暗になるという。そこに学ランを着て、ボンタンをはいた応援団が現れて、強烈な「校歌指導」を始める。
新入生は気合を入れたあと、ランダムに指名される。その際、照明が当てられて、校歌や応援歌を歌うように求められる。年度によっても異なるが、もし歌えなかった場合、ステージ前に"連行"されるという。
●怒鳴り声が響き渡り、すすり泣く声が聞こえる体育館
取材に応じたAさんは二十数年前、第一志望だった浦和高校に入学したが、入学式翌日の校歌指導による恐怖で精神的にダメージを食らってしまった。
「『このままだと死ぬ』と思い、親に相談して、初めて心療内科を訪れて、毎週通院しました。『死にたい』という感情が消えるまで、4年かかりました。あとから知ったのですが、初診時のカルテには『心因反応(心理的ダメージによって生じる不調)』と書かれていました。その後、その病院であらためて『心的外傷後ストレス障害』(PTSD)と診断されました」
Aさんはこうした心理的ダメージの影響は大きく、卒業せずに中退する。現在もPTSDについて治療を継続している。
館内が急に真っ暗にされ緊張が走る。事前に校歌指導のことは聞かされておらず、何を始めるのかもわからず、不安にもなる。そんな状態で竹刀を持った応援団が現れる。
スピーカーで唐突に一人の生徒の出席番号が指定され、立つように促される。スピーカーのアナウンスに対して「押忍!」と言わなければならない。
「そんなことは聞かされていません。数人の応援団が駆け寄ってその生徒を取り囲み、『返事はどうした!』と怒声が飛んできました。応援団による新入生の恫喝でした。ここで『はい!』と答えると、『返事は押忍だろうが!』と怒鳴りつけられます。どんなに大声を出しても、『聞こえねえぞ!』などと眼前で何度も怒鳴りつけられるのです」
指名された新入生は照明を浴びる。スピーカーから、校歌と複数ある応援歌のうち、いずれかを歌うように指示される。入学時に覚えてくるようにと「宿題」として課せられる年代もあったが、Aさんのころにはそうした宿題はなかった。
歌い始めることができても「声が小さい!」と怒鳴られ、歌えなければ、竹刀で床を叩いた。そして「なんで歌えないんだ」「校歌が歌えないのは浦高生の資格はない」などと、取り囲んだ応援団に次々と怒声を浴びた。
「なぜ歌詞を覚えていないのかと、周りを取り囲んだ数人の応援団員に怒鳴り声で詰問され、なんらかの返事を絶叫しなければなりませんでした。
もちろん何を言っても『そんなのが理由になると思ってんのか!』と、応援団員が竹刀を床に打ち付け眼前で怒鳴りつけてきます。そして、真っ暗な中でひとりだけ立たされスポットライトを当てられた状態で、名前と出身中学名を叫ばされ、謝罪の言葉を絶叫しなければなりませんでした。指名されたのは20人弱、行事自体は2時間ほどだったかと思います」
さらにステージ前まで移動させられ、正座までさせられたという。
「ステージ前で、パイプ椅子に座った新入生400人ほどと向かい合う形で正座させられ、応援団員から歌詞カードを渡されて覚えるように命じられましたが、はじめは茫然自失の状態でした。
しばらくして、先に正座させられていた新入生のすすり泣く声が聞こえ、一体この状況はなんなのだろう、なぜこんな高校に入ってしまったのだろうと、自分も涙が出てきました。
歌詞をその場で覚えなくてはいけないので、その後の『指導』を見ている余裕はないのですが、応援団が新入生を恫喝する声はずっと聞こえ続けています。行事の存在自体を知らされていないため、これがいつまで続くのかもわかりません」
●複数人の応援団に囲まれて全力で「押忍!」
10年ほど前の卒業生Bさんの場合も、入学式翌日、部活紹介などのオリエンテーションのあとに校歌指導があったという。
「側面の暗幕が閉じられると、『校歌指導をおこなう』というアナウンスがスピーカーから聞こえました。誰が話をしているかはわかりませんが、新入生が指名されて一人ひとり歌わせるんです。『1年◯組◯番、立て!』とスピーカーから聞こえました」
椅子の間を竹刀を持った応援団が足音を立てて歩いていた。
「竹刀で脅すんです。気を引き締めるためなんでしょう。そして2、3人が1人の新入生を囲む。そして、大声で『押忍!』と言わせるんです。応援団は煽り役でもあり、『声が小さい』とか『やる気があるのか』とヤジを飛ばしていました。
校歌になるか、応援歌になるかはランダムです。歌えないと、『君は春休みの間、何をしていた!前に立て!』などと言われ、ステージに立たされました。そして歌詞カードを持たされます。終わると、ステージに10人くらい立っていました」
Bさんは指名されていないが、応援団は、新入生を囲んで気合いを入れる。Bさんも、囲まれて、「押忍!」と返事をさせられた。
「当てられたらどうしようとも思いましたが、でも、だんだん冷めてくる自分もいました。私は3人の応援団に囲まれました。何回も全力で叫ばされたのです。囲まれた理由は言われません。おそらく、次の人が指名される間のインターバルだったと思います。
高校生活で『押忍!』と言ったのはこのときだけです。何時間もしていると、『なんでこんなことをしているんだろう?』と思ったりします。ただ、校歌指導が終わったあと、日常生活で暴言を吐かれることはありませんでした」
Bさんによると、儀式的要素がはっきりするのは、2日目の指導が終わったあとだ。
「それまで厳しい校歌指導をしていた応援団の態度が軟化するんです。"エンディング"と呼ばれ、応援団が演舞をするのが、伝統です」
しかし、校歌指導が生徒会や職員会議で問題になったことはないという。
「僕らのころは校歌指導を理由に学校をやめてしまう人はいなかったと思います。不登校の生徒はいましたが、理由はわかりません。それにしても、校歌指導はくだらない、脅しつけて我慢を強いる行事です。僕はなくなったほうがいいと思っています」
●生徒会がヤジを飛ばして「新入生」を追い込んだ
1990年代に入学したCさんは合格後、校歌と応援歌の音源をもらった。覚えてくるようにと書かれていたので、何度か音源を聞いたという。しかし、校歌指導の案内はなく、事前に知らされていなかった。
「オリエンテーションと同じ会場で、校歌指導がありました。いきなり照明が落とされて、周囲に学ランを着ている応援団が立っていました。一番前に応援団長がおり、『これから校歌指導を始める』と言いました。他に5、6人の団員がいました」
指名されなかったが、そのときのことは強く脳裏に刻まれている。
「ひたすら、『指名されないでくれ』と願っていました。そもそも人前で歌うのが、嫌なんです。なのに声を大きくしても、応援団に『これじゃダメだ』と言われ、彼らと同じ発声法を強いられます。校歌は覚えていても、あんな歌い方は知りません。これだけはやりたくないと、ずっとビクビクしていました。
1曲歌い切ると、次の人が指名されます。『○組○番、立て!』と言われ、一度に3、4人が立つのです。歌える人もいますが、2番を歌うように言われると最悪です。そこまで覚えてないでしょうし、歌えないと応援団に囲まれます。応援団は体育館の中をぐるぐる回っていました」
歌えない場合は、ステージ前に行かなければならない。そんなときは、2階席から生徒会がヤジを飛ばして、新入生を追い込んだ。
「終始、頭の中がパニックです。もともと穏やかに育っていたために、こうしたムードにさらされることは得意ではありません。いつ指名されるかもしれないのが、恐怖でした。泣いている人がいたかどうかはわからないのです。正直、周囲を気にしているどころではなかったんです」
●生徒会に直訴したが「けんもほろろ」
こうした校歌指導について、在学中に「人権侵害」と感じ、生徒会に直訴したOBもいる。2010年代に入学のDさんだ。校歌指導のときに指名された同級生が不登校になっていると聞いたことがきっかけだ。
「早いタイミングで学校に来ていなかったので、校歌指導のせいではないかという噂が流れていました。もともと人権侵害だと思っていたために、その話を聞いた辺りから疑問に思うようになりました。下級生を不登校に追いやっていい理屈なんてありません」
2年生のとき、Dさんは友人を通じて、生徒会の定例会に参加して、次のように校歌指導やめるべきだと主張した。
<精神的に人を追いやって不登校においやるリスクがあることをするのはメリットがない。指導中はトイレにも行けず、人権侵害だ。校外から抗議を受けることもあり得るし、それもリスクだ。『浦和高校には理不尽なことがある。その理不尽に慣れるため』という理屈はおかしい。緊張を強いて、弛緩にいたる過程は洗脳セミナーと同じだ>
しかし、やめさせることはできなかった。
「生徒会は、校歌指導という通過儀礼を乗り越えた人たちです。『やめさせたいなら、お前が生徒会に立候補すればよかった』と言われたりしました。浦和高校の校歌指導は、恫喝と不可分です。平和なかたちが想像できません」
●浦和高校の「校歌指導」は今でも続いている
現在の校歌指導はどうなっているのか。浦和高校に問い合わせたところ、教頭が電話取材に応じた。オリエンテーション中の校歌指導は今でも続いているが、あくまで部活紹介がメインという。
「学校によって、校歌指導は違うと思います。近年、新入生は椅子に座っている中で始まり、応援団に指導を任せています。(2階席のような)ギャラリーに生徒会がいますが、ヤジを飛ばすというよりは、応援団の子たちが言ったことに合いの手を入れる程度のことです」
指導中は暗く、指名された新入生は照明を当てられる。これ自体は卒業生の証言と同じだが、ニュアンスが違っている。
「カーテンが閉められ暗くなります。指名された生徒が当てられるのはスポットライトというよりは、演劇で使うライトです。学校で使うものなので、そこだけ照らすものではなく、指名された子とその周辺を照らされます。私も見ていましたが、周辺の子の顔も見えました」
応援団は厳しく、2日目の最後には急に優しくなるが、「それは洗脳の方法と同じだ」と指摘する卒業生もいる。この点についてはどうか。
「緊張している子もいたようです。これは、先輩から『これから一緒に頑張っていこうね』という1年生に向けたエールをしています。過去のやり方はわかりません。想像すると、まったく知らない先輩に大きな声で言われれば怖くなるのではないでしょうか。時代に合わせていると思いますが、来年度のことはこれから検討していきます」
この問題については、関係者が弁護士に相談するところまで発展している。
青龍美和子弁護士は「新入生になって、初めての顔合わせの場です。暗くされた体育館の中で、指名された生徒に照明が当たり、全員の前で歌ったり、暴力的な面があると聞いています。こうした校歌指導は心理的な負担があると思えます。改善をしていただきたい」と話している。