元日を襲った能登半島地震はいまだに大きな爪痕を残しています。晩夏から秋にかけて、「法律家の卵」である法科大学院の学生たちが被災地の仮設住宅などを訪れて、住民の困りごとを聞く「巡回相談」という支援をおこないました。
その中で見えてきた課題や活動の意義について、学生たちに同行した尾川佳奈弁護士に寄稿してもらいました。
●2011年3月の東日本大震災後から支援活動を続けてきた
倒壊した家屋が多く残されている珠洲市宝立町鵜飼地区(尾川佳奈撮影)
早稲田大学法科大学院「震災復興支援クリニック」では、2011年3月11日の東日本大震災発生後から、原発事故の被災地である福島県浜通りの自治体に対する支援活動を続けてきた。
被災直後は、研究者・実務家教員が定期的に町役場を訪れて、自治体が抱える課題についてアドバイスした。法科大学院の学生は、全町避難を経験した町役場職員の行動を記録するため、全職員に対する聞き取り調査を実施するなどの活動をおこなった。
その後、原発事故発生から10年以上の時が経った2023年まで、夏休み期間を利用して、住民が抱える課題を聞き取って報告書にまとめるという活動を継続してきた。
2024年夏、震災復興支援クリニックの学生は、元日に発生した能登半島地震の被災者支援のため、能登を舞台に活動を始めた。
●地震の発生後から時が止まっているかのような地域もあった
珠洲市内には液状化により道路上に飛び出たマンホールがいくつも見られた(尾川佳奈撮影)
2023年に司法試験の在学中受験制度が開始されて、学生たちは受験に向けた過密スケジュールのカリキュラムに追われる中、クリニックでは、現地で支援活動に取り組む弁護士や、NGO職員を招いた研究会を実施したうえで、夏休み中に現地入りし、法的支援のニーズ調査を実施することとした。
筆者は、2018年の法科大学院入学後から福島県でのクリニックの活動に参加し、弁護士となった現在は原発事故の被害救済活動にも取り組んでいる。
2022年の金沢での司法修習中にも訪れていた能登半島の支援をおこなうため、法科大学院の学生とともに現地調査の準備にあたり、2024年9月に能登半島の被災地を訪問した。
現地調査の実施の呼びかけに集まった学生・修了生16人は、3つのグループに分かれて被災地に赴いて、珠洲市、能登町、穴水町、七尾市、内灘町を回った。
珠洲市では、震災から半年以上の月日が経過しているにもかかわらず、多くの倒壊した家屋が解体されず残されている光景が目に飛び込んできた。地震の発生後から時が止まっているかのような地域もあり、その様子に私たちは言葉を失うばかりだった。
各地の自治体を訪問して話を聞くと、予想を遙かに上回る被害が生じた地震に対して、職員が手探りで復旧活動を続けてきた苦難が伺えた。
その中で、罹災証明の手続きなどについて、いくつかの質問を受けて、これらのテーマについて、帰京したあとに学生がリサーチして、回答書面を作成した。回答については、クリニックの活動を支援する弁護士のみならず、早稲田大学の行政法学者がコメントして、回答書を完成させた。
●法的な課題を抱えていても相談を躊躇する人は多い
学生たちが仮設住宅をまわって住民に声かけをおこなった(尾川佳奈撮影)
調査の中で訪れた仮設住宅では、集会所で定期的にサロン活動やカラオケ、体操などのイベントが開催されていた。私たちは、サロン活動に同席し、仮設住宅の住民たちから困りごとを聞き取るべく懇親を図った。
震災によって、従前からの課題であった高齢化が急速に進んだ能登地域では、若者の訪問は予想以上に歓迎され、地震発生時の様子や、避難所での生活といった被災に関する話題だけでなく、遠方で暮らす子や孫のこと、幼いころの地元の様子などさまざまな話に花が咲いた。
その傍ら、弁護士である私のもとには法律相談を希望する住民が集まった。
「ずっと気になっていたけどなかなか相談する機会がない」
震災後、金沢弁護士会や法テラス石川などにより、奥能登地域を訪問しての法律相談会が実施されているが、仮設住宅に居住する高齢者にとっては、情報が得にくかったり、移動手段がなかったりなど、アクセスが難しいという課題がある。
「こんなことを聞いて良いのかわからないけど…」
そう言って語りだす住民も少なくない。被災した住民にとっては、何が法律問題なのかがわからず、今の自分の困りごとが法的支援によって解決されるのか判断がつかないという側面もある。
また、奥能登地域は、震災前に法律事務所は2つしかなく、日本最後の「弁護士ゼロワン地域」だった。奥能登の住民にとって、弁護士はいまだに敷居の高い存在であり、法的な課題を抱えていても相談を躊躇する人は多い。
●「法律家の卵」と話することで法律家の存在を身近に感じてもらう
仮設住宅の住民から、津波から避難した体験、現在の生活の様子について話を聞いた(尾川佳奈撮影)
このような課題が見えてきたところで、ある自治体職員から心配の声が上がった。
「法律相談会を実施してもらっているが、仮設住宅に居住する住民に法的サービスが行き届いているかが心配だ」
これを聞いて、クリニックは、仮設住宅を訪問する巡回相談会を実施することとした。しかし、地域の特性から、法律相談会とすると住民の足が遠のくかもしれない。
そこで、法律家の卵である法科大学院の学生と話することで、法律家の存在を身近に感じてもらい、そうした会話から、住民が抱える法的課題に近づくことができないかと考えた。
こうして始めたのが「おしゃべりカフェ」の活動だった。
●「おしゃべりカフェ」の活動の始動
「おしゃべりカフェ」では、お茶やお菓子を用意し、話しやすい雰囲気づくりを心がけている(尾川佳奈撮影)
現地調査をおこなう最後のグループの出発を目前に控えた9月21日、奥能登地域を集中豪雨が襲った。2日後に能登半島に向かったが、珠洲市、輪島市に向かう道路は寸断され、私たちは調査の予定を一部変更せざるを得なくなった。
そのような状況の中、能登町の仮設住宅で始めたのが「おしゃべりカフェ」の活動だ。現地調査で感じとった課題である「法律相談に対する心理的なハードルの高さ」を解消し、少しでも多くの住民が法的サービスにアクセスすることができるようにすることが一番の目的だ。
幸いにして豪雨の影響が小さかった地域の仮設住宅を訪問し、私たちは、集会所で住民の話を聞いた。
より多くの住民に気軽に参加してもらうため、タイトルは「おしゃべりカフェ」とし、事前に配布したチラシでは、法律相談よりも、法律家の卵と交流することをメインテーマに押し出した。その結果、当日は多くの住民が集会所を訪れ、法律相談を希望する住民も参加した。
仮設住宅の巡回相談のニーズを確認した私たちは、夏休みが終わったあとも、この「おしゃべりカフェ」の活動を続けることとした。
現地調査に参加した学生の多くは法科大学院の1、2年生であったが、秋学期が始まると、学生たちは授業や試験に向けた勉強でスケジュールが埋まってしまう。そこで、次の活動のメインとなったのは、7月に司法試験受験を終えた3年生だった。
現在、法科大学院では、在学中受験制度の開始に伴い、3年次の春学期までに司法試験受験科目を集中的に設置し、3年次の秋学期に実務科目を含む受験科目以外の授業が多く設置されている。
この期間であれば、受験以外の活動に目を向ける学生も多く、3年生の参加者を募ると新たに6人の3年生が加わった。
参加者には、前年に福島県での現地調査に参加していた学生や、元旦に珠洲市の祖母の家に帰省して自身も被災した学生、学部生時代に東日本大震災の被災地のボランティア活動を経験した社会人出身者の学生など、さまざまなメンバーが集まった。11月、今度は学生・修了生8人と弁護士2人で、再び被災地に向かった。
●仮設住宅では高齢者の孤立が心配された
学生の声かけにより多くの住民が集会所に集まった(尾川佳奈撮影)
11月の活動では、「おしゃべりカフェ」として、能登町内の7カ所の仮設住宅をまわった。最初に訪れた仮設住宅では、集会所に人が集まらず、仮設住宅を1軒ずつまわって声かけをおこなった。
「仮設住宅には知り合いがいない」
異なる地域から住民が入居した仮設住宅では、高齢者の孤立が心配された。
また、当然ながら、声をかけても会話につながらない住民もいる。集会所に集まる住民以外に対してもさまざまな方法でアプローチする必要があるが、その難しさを痛感した。
●目に見えない「苦労」が隠されている
現地調査の過程を通して、奥能登地域の人々の特徴としてよく聞いたのは「我慢強い」ということだった。集会所を訪れた人に困っていることはないかと尋ねると、「屋根のある場所に住めるだけでありがたい」と返ってくることが幾度もあった。
住民たちの我慢強さによって、奥能登地域の復旧は一歩ずつ前進しているが、その言葉の奥には、目に見えない苦労が隠されている。
こうした現状を前にして、学生たちは試行錯誤を重ねながら住民の話を聞くこととなった。話を聞く中で、法的な問題点を見つけることは法律家に求められる基本的なスキルであるが、それを身につけるのは容易ではない。こうした体験を通じて、「話を聞く」という単純にも思えることの難しさを知ることは、実務家に向けた重要な一歩である。
仮設住宅をまわるうちに、学生の戸別訪問での声かけにより、集会所に集まる人の数も次第に増えていった。学生が話を聞くうちに法的な課題が見つかることもあり、倒壊した自宅に関することなど、被災によって生じた問題もあれば、長年整理がされていなかった相続の問題が被災によって顕在化するというケースも見られた。
「ここで話をしたことで気持ちが楽になった」
そう言って帰って行く住民を見送る学生たちの姿は、次第に頼もしくなっていった。
●豪雨によってさらなる被害が生じた地域も多い
能登半島地震から1年が過ぎようとする現在も、被災地は復興に向けて道半ばの状況だ。9月の豪雨によってさらなる被害が生じた地域も多く、今後も多くの人々の助けが必要となる。
震災復興支援クリニックでは、能登半島地域での「おしゃべりカフェ」の活動や、自治体に対する相談支援をとおして、今後も被災地支援を継続することを予定している。
法科大学院における司法試験受験の早期化により、学生は受験勉強以外の活動に取り組むことが難しい現状があるが、そのような状況でも被災者支援に関心を寄せる学生は多い。
被災地を訪れて住民と直接対話し、課題解決のために頭を悩ませることは、法曹としてのスキルだけでなく、そのマインド養成にもつながる経験だ。
臨床法学教育によって、社会貢献と法曹養成の双方に取り組むことは、法科大学院の重要な意義であり、震災復興支援クリニックは今後もその取り組みを続けていく。