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「はい、論破」は独善的、対立をあおる手法にも疑問 早稲田「雄弁会」が模索するタイパ時代の「議論のあり方」
左から小林駿斗さん、平栁晴翔さん、佐藤圭悟さん(筆者撮影)

「はい、論破」は独善的、対立をあおる手法にも疑問 早稲田「雄弁会」が模索するタイパ時代の「議論のあり方」

SNSの普及に伴って、気軽に意見を発信でき、他人と交流することも容易になった。だが一方で、投稿に対して「クソリプ」と呼ばれる攻撃的あるいは意地悪な返信も増え、罵り合いを生み出すことにもなっている。相手を言い負かした側が「はい、論破」と自己満足に浸る、建設的とは程遠い議論も散見される。

最近では、石丸伸二前安芸高田市長による「石丸構文」が話題になり、コミュニケーションのあり方が問われている。早稲田大学で100年以上の歴史があり、歴代の総理を何人も輩出している弁論部の名門「雄弁会」は、健全かつあるべき議論やコミュニケーションの形をどう考えているのか、話を聞いた。(ジャーナリスト・肥沼和之)

●「相手をただ論破するのは独善的」

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――他人と議論や対話をする際に、どのようなことを大事にしていますか。

小林駿斗さん(基幹理工学部)「議論を始める出発点は、信頼を構築することです。信頼関係が無いと、仮に自分の意見が正しくても、相手は聞いてくれるかわかりません。まずは対立していないことを相手に伝え、共通点や共通目的を探してから議論を始めるべきです。

弊会では、社会や日本を良くしたいという思いが共有されていて、そのもとで議論が行われます。厳しい言葉があったとしても、相手の名誉を毀損したいわけではなく、同じ目標に向かっているからこそ。そのため健全な議論ができているのだと思います。SNS上や政治パフォーマンスにおける不健全な議論は、その前提が揺らいでいるから起こるのではないでしょうか」

平栁晴翔さん(政治経済学部)「相手の方の話を聞く際、発言の背景には何があるのか考えて、文脈を理解することを大事にしています。発言内容だけを見て『おかしい』と言うのではなく、なぜその発言が出たのか、背景に何があるからそういう価値観になっているのか、などを汲み取ることで、自分とは違う意見であっても、尊重して受け止められるようになるからです。

また、人格や属性や家庭環境などへの攻撃は、弁論だけでなくあらゆる場において禁じ手。あくまで主張や根拠に対しての反駁が前提です」

佐藤圭悟さん(文学部)「弁論の目的は、第一に『説得を目指す』ですが、その先にあるのは相手の行動変容を促し、さらには全体にとって良い結論を導き出す、というものです。そういう意味で、相手をただ論破するのは独善的かなと。いかなるコミュニケーションにおいても、新たな理解を得るなど、相互に利益があることが大事だと思います」

小林さん「LINEで済むようなことでも、直接会って話すようにしています。私はシェアハウスに3人で住んでいるのですが、3人もいると争いごとも絶えないわけで(笑)。そんなときも、対面で相手の意見を聞き、きちんと対話をすることで、ほぼ解決します。

そもそも弁論大会は、基本的にすべて対面。怒鳴る、イライラした態度を取る、などもご法度です。顔を合わせて、相手の意見にも耳を傾け、対話をすることがコミュニケーションの基本であると意識しています」

●「石丸伸二さんの手法は少し疑問」

――あまり共感できない議論や対話の事例はありますか

小林さん「石丸伸二さんの手法は少し疑問に思います。公の場で対立をあおるような、いわゆる石丸構文や、安芸高田市長時代の政治手法は、政治に興味を持ってもらうためのパフォーマンスだと石丸さんは公言していますが、社会の分断が叫ばれている今において、健全な議論を生みません。

さらに、その発言を見聞きした、同調する人の考えが強化されていき、火に薪をくべるようになってしまう。社会に与える影響が甚大であることを自覚して、慎重に振舞うべきだと思います。ただ石丸さん自身は、弊会の新歓講演会に来てくださったことがあるのですが、とても盛り上げてくださり、懇親会でも学生をねぎらってくれて、本当に優しい方でした」

佐藤さん「野党の政策を巡るコミュニケーションのあり方が、既存の政党・政権の批判に終始するなど、建設的でないものが見受けられます。そういったコミュニケーションが、国会で行われていることに疑問を感じます」

平栁さん「ドナルド・トランプ元大統領は象徴的かなと思います。人格否定をする、根拠がないことを断定するなど、理想的な議論のあり方に反しています。しかも、影響力があるため、あたかも正しい言説であるかのように広まってしまうことも問題だと思います」

――逆に、心を打たれた対話があれば教えてください。

小林さん「野田佳彦元首相の、安倍晋三元首相への追悼演説が、非常に素晴らしかったです。政党も政治的立場も異なるなかで、安倍元首相の良いところや人格を認めつつ、見直すべきところも指摘するという、まさにSNS社会においての対話や議論のあり方の、ひとつの理想形なのかなと感じました」

●雄弁会のX「炎上対策」とは

――SNSを運用する際、気を付けていることはありますか。

平栁さん「そもそも攻撃的な投稿をしないことが前提ではありますが、特定の人物や団体を批判する際は、言説に細心の注意を払うべきです。何らかの譲歩を入れるなど、受け入れられやすいような言い方を心掛けるのが良いと思います」

小林さん「雄弁会のXで情報発信する際は、万が一炎上して関係者に迷惑がかからないよう、複数人で内容を確認してから投稿しています。攻撃的なリプが来ることもありますが、基本的には反応しません。返信しても、健全な議論は発生しないだろうと判断したら、無視をする選択を会として取っています」

●「事実」なのか「意見」なのか

――近年は、発信する内容の良し悪しや質よりも、炎上商法のように注目を集めれば成功、という風潮がありますが、情報との向き合い方で意識していることはありますか

平栁さん「弁論大会では、弁士が提示した内容が『事実』なのか『意見』なのか、丁寧に確認が行われたうえで区別されます。そして、弁士の主張に賛同するかどうか、聴衆は判断します。そのように、事実と意見を切り分けることが大事です。

私たちは、『雄弁家をつくる』ことを目標のひとつに活動しています。ネット空間でも、意見なのか事実なのかわからない情報が多くありますが、間違ったものに引きずられず、正しい発言をできる『雄弁家』を育て、輩出していくことを目指していきます」

――タイムパフォーマンスも重視され、情報の「まとめ」「切り取り」も広まって便利になる一方で、真実性に危うさも感じます。

平栁さん「結局、私たちの心持ちかなと思います。例えば、記者会見をすべて見る時間が無いので、切り取られた部分だけ見る。それは仕方ないと思いますが、重要なのは、全体を理解した気にならないこと。そこには切り取った方の意図がありますし、自分が知っているのはあくまで一部分だけ。そういう意識を常に持っておくことが、個人にできる対策だと思います」

佐藤さん「弁士の立場からすると、常日頃から訴えたいことを、自信を持って訴えられるようにしておく、に尽きると思います。そうすれば、発言を切り取られるのも、悪意を持ってされない限り、そんなに恐れることではないのではないでしょうか」

●酒場の酔っ払い、どう対処する?

――最後に余談ですが、酒場で論争を吹っかけてくる酔っ払いにもし遭遇したら、どう対処すると思いますか。

小林さん「政策決定の場でもないし、正しいことを必ずしも正しいと押し切る必要がないので、おそらく『そうですね』って流してしまうかなと思います」

佐藤さん「我々は論理的な説得を目指していく立場で、必死に追及しているからこそ、弁論の場だけでなく、日常からのコミュニケーションも重要だと感じています。ただ、まずは信頼関係が無いと、説得の段階にはありません。まずは信頼を築くことが、コミュニケーションのうえで重要だと、今の質問を受けて基本に立ち返りました」

平栁さん「酔っている人と具体的な論争をできるか疑問ですし、相手も本当に望んでいるかと言ったら、そんなことも無いのかなと。日常のグチを聞いてもらいたいだけかもしれないので、まずは主張に耳を傾けてみると思います。通常の議論でもそうですが、聞くことがまずは大事かなと。そのうえで、よほど議論をやりたそうであれば、やってみようかなというところですかね」

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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