IT分野では、業界内の技術シェアが盛ん。日夜、会社の枠を超えた参加無料のエンジニア勉強会が開催されている。
しかしこのところ、勉強会後の懇親会で提供される無料の食事"だけ"をねらう参加者たちとの間でトラブルが多数報告されている。
講演には一切関心がなく、そもそもエンジニアですらない可能性があるのだという。
●この1年でバズ記事あいつぐ はてブで話題に
食事目的の参加自体は数年前からネット上で報告されていた。
ただ、特に昨年2023年は、実際にあった問題行為やトラブルをまとめたブログ記事が複数公開され、エンジニアが多いとされるはてなブックマークを中心に大きな注目を集めた。
後述するが、弁護士ドットコムニュースが勉強会運営者を対象におこなったアンケートでも、多くの回答者が食事だけを目的とする参加者に遭遇したことがあると答えており、業界内には警戒ムードが漂っている。
●プラットフォーム側も把握「勉強会運営の大きな負担」
こうした中、勉強会の集客に使われる老舗の無料プラットフォーム「connpass」は2024年2月8日、イベント開催についてのガイドラインを公開し、主催者に対応を呼びかけた。
connpassをご利用いただく全ユーザーにおいて健全で円滑なイベントの開催や参加いただけるよう、イベント参加者向け・イベント管理者向けのガイドラインを公開しました。内容をご理解の上、イベント内での違反行為に対応する参考としていただきますようお願いいたします。https://t.co/L6cMadYMGq
— connpass (@connpass_jp) February 8, 2024
connpassを運営するビープラウド取締役の九津見真太郎さんによると、ガイドラインの公開自体はこうした問題とは直接の関係はないという。
ただし、飲食のみを目的とする参加者がいること自体は勉強会運営者からの報告で昔から把握しているそうだ。
「プラットフォーム側としても、勉強会運営の大きな負担になっていると認識しており、除外リスト機能をつけたり、悪質な場合は注意、警告、退会処分にしたりするなど、できる範囲で対策はとってきました」
「ただし、我々は公平な立場であることも求められます。実際の現場を確認できるわけではありませんし、一件ずつ対応することは現実的に不可能です。 利用規約に沿って粛々と対応するしかなく、それ以上の部分については、各自ルールを設定して、主催者の責任で対応してもらうしかありません」
そこでガイドラインには次のような文言を入れ、主催者側に対応を促すことにした。
「開催するイベントに合わせて個別の禁止事項や行動規範を設定することを推奨します。イベント説明欄への記載や一括メッセージ送信機能を利用して、参加者に周知するようにしましょう」
一方、勉強会での迷惑行為は、食事目的の参加だけでなく、会場内での営業行為など、いくつかの類型がある。九津見さんによると、主催者側からの相談で「食事目的」だけが急増している事実はないそうだ。
「もしかしたらネットで話題になったことで、実態以上に問題が大きく捉えられている部分もあるのではないでしょうか」(九津見さん)
●運営者の半数近くが遭遇 注意すると恫喝も
実態を調べるため、弁護士ドットコムニュースはIT系イベントの主催者・運営者に対するアンケート調査を実施した。
飲食のみを目的とした参加者に遭遇したことが「ある」と答えたのは、回答者65人のうち46.2%。かなり多いとは言えるものの、半数まではいかなかった。
「注意したら恫喝的な態度をとられた」「人数制限の関係で、本当に参加したかった人が参加できなくなってしまう」などの切実な声があり、深刻な問題と言えるが、どこにでも出没しているわけではないようだ。
そもそも当事者が何を目的としているかは、外部から容易にわかるものではない。単にコミュニケーションが苦手で交流ができていないなどの可能性もあり、「どちらとも言えない」との回答も23.1%あった。
だが、それゆえに裏を返すと「遭遇した」という断定には、かなりの根拠があったものと考えられる。具体的な判断理由を複数回答で尋ねたところ、次のような順番になった。選択項目が1つだけの回答者は1割しかおらず、複数の行為が重なっているとみられる。
・他の参加者と交流しようとしない(86.7%) ・飲食物を大量に持ち帰る(56.7%) ・懇親会が始まる直前にやってくる(53.3%) ・会話から業界関係の知識が感じられない(53.3%) ・その他(33.3%)
より詳しいエピソードとしては、次のようなものがあげられた。「懇親」している風を出そうと、非エンジニアがグループ参加することもあるようだ。他人のアカウントや偽の名刺を使って入場するケースも珍しくないという。
・セッション中にスマホでずっとTikTokなどの動画を見ていて、その様子を隠そうともしていない
・セッションが終わったら一目散に食事とビールのほうに向かう。職業を聞いても「AI系のエンジニアをしていて…」「仮想通貨関連で…」など毎回違った設定の回答が返ってくる
・大量の料理を確保して内輪で固まっていたので、スタッフが「本日のセッションの感想」「普段やっていること」などを聞いたが、技術的な会話はまったくできず、登壇者の容姿について誹謗中傷をする始末。お引き取り願ったが指示に従わず、集合写真撮影の号令がかかったところでゾロゾロと退出していった
・懇親会会場に入るためにはアンケートの回答画面の提示が必須だったが、誰かからもらった回答ページの画像のみで乗り切ろうとしたり、不正を咎めて一度は退出となったにもかかわらず、何かのタイミングで紛れて入場するなどの行為があった
勉強会中にほかのことをされたり、明らかに交流する気がない素振りをとられたりすると、会場の雰囲気が悪くなるし、スタッフが無駄な対応コストを払わなくてはならなくなる。
運営側は基本的に無料のボランティア。アンケートからは、食事の費用が無駄になるというより、イベントに水をさされることに憤っている運営者が多い様子がうかがえる。
●「飲食目的」の背景にエンジニア採用の活況
他の業界ではこうしたトラブルは珍しく、迷惑行為の背景には、ITエンジニアの人手不足があるとみられる。
勉強会には、優秀な人材との接点をつくるという採用面の狙いがあることも多く、企業スポンサーがつき、参加費無料なうえ、懇親会で寿司やピザ、酒類などが提供されることもある。
エンジニア需要が高いからこそ、そこに便乗する部外者が出ているという構図だ。
開催にあたって避けられない「コスト」という考え方もあるが、できることなら対処したいと考える運営者は多い。以下は具体的な困りごととしてあがってきた内容だ。
・貴重な現地席を埋めてしまい、本当に聞きたかった人が損をする
・イベント参加者が気を利かせて話しかけても、まともな話ができず、適当に流されるなどするため、参加者の気分を害する。会の質を疑われたり、参加者の勉強参加意欲を削いだりする可能性もある
しかし、中には運営側に対して、「大声で威嚇」したり、「恫喝的な態度で振り払う様なアクション」をとったりするケースもあるという。
・一部の不審者は静止を振り切るなどの行動に出るのでスタッフの安全性を保証できなくなる。スタッフの心理的負担にもなり、勉強会を継続することを躊躇することになる
・イベント趣旨に沿わない外部の人間が社内に出入りできることに危機感がある
実際に注意したことがあるという回答は33.3%にとどまり、安全性の確保に懸念があることがわかる。
●問題客にどう対応すべきか?
対策のひとつとして、そもそも飲食物の提供をやめることも考えられる。
ただ、交流の活発化を目的に用意しているため、提供をやめると本末転倒という意見も根強い。昼休みや業務終了後など、食事どきに開催されることが多いという事情もある。
また、勉強会の「有料化」についても、エンジニアコミュニティはこれまで可能な限り「フリー」を信条としてきただけに抵抗感があるようだ。
経理処理の問題も生じるほか、「お金を払えば食べ飲み放題と曲解されかねない」などの懸念も聞かれた。
では、法的に飲食目的の問題客を排除することはできるのだろうか。
プログラマーでもある甲本晃啓弁護士は「法的には、主催者は場所の管理権限があるので、原則として誰を入場させるかを選べます」と話す。
より守備力を高めるためには、参加規約をつくって「契約関係」を成立させることも有効だ。
「会食目的だけの利用を許さないような参加規約を定め、申込時に同意してもらえば、違反者に退去を求めることができます」(甲本弁護士)
connpassが推奨するような、「イベント説明欄への記載や一括メッセージ送信機能を利用した周知」でも効力はあるそうだ。
態様や規約の内容にもよるが、飲食目的のみの参加は詐欺罪などが成立するおそれもゼロではないという。よほどのことがなければ、刑事事件として処理される可能性は低いと考えられるが、悪質な行為であることは間違いないようだ。
●「タダ飯」のネットスラングも…
ネットでは、問題客を「寿司・ピザ目的」「タダ飯目的」などと揶揄する向きもある。
一方、アンケートでは、「『タダ飯狙い』というと問題の本質が軽く見える。不審者対策・物理セキュリティの問題だ」「茶化した表現は問題を矮小化する」と冷静な意見が多い。
敵視が行き過ぎ、実力で排除すべきという論調になってしまえば、運営側も深刻なリスクを抱えることになる。
ある運営者は「運営としても参加者としてもイベントに暴力を持ち込むのは意に反するので、戦わずに済む、あるいは迷惑行為を行う側のモチベーションを下げるような手段を取りたい」とアンケートにつづっていた。
コロナ禍がひと段落つき、人との交流の機会も戻りつつある。理想のイベントを実現するため、イベント運営者たちの悩みは尽きない。