ジャニー喜多川さんから性的行為を受けたと主張する岡本カウアンさんの記者会見について、NHKが報じたことが話題になっている。
会見内容と、ジャニーズ事務所のコメントを並べて報じたいわば「ストレートニュース」であるが、これまでテレビ各局がジャニー喜多川さんをめぐる疑惑について放送してこなかったことから比べれば、大きな一歩であることは間違いない。
しかし、残念ながら、テレビ業界の長い筆者には、NHKがこれ以上踏み込んだ報道をするとは現時点では考えにくい。また、他の民放各局もNHKを超える報道をすることはないばかりか、NHKに追随してストレートニュースで取り上げることさえ難しいのではないかと思う。日本テレビなどは会見から2日たってようやく「ウェブ記事」でストレートニュースにした。
こうした理由は何か。ジャニーズ事務所とテレビ局との関係、テレビ局内部の問題について考えてみたい。(テレビプロデューサー・鎮目博道)
●あえてジャニーズとことを構えようというテレビマンはいるか?
ジャニーズ関連の不祥事を取り上げることが難しい理由。その「答え」を冒頭からいきなり示すと、みなさんもご想像の通り、ジャニー喜多川さんの疑惑を取り上げることで局に重大な不利益がふりかかると各局の上層部が考えているからだ。
後述するが、20年前、ジャニーズの人気アイドルが不祥事を起こしたとき、報道現場に「上層部の意向」が下りてくるのを筆者は体験した。あれから状況は変わっていない。
ジャニーズの所属タレントは絶大な人気を誇り、出演番組は最近ではその傾向は若干薄れつつあるものの、それ以外の番組に比べはるかに高い視聴率を安定して獲得する。
また、ジャニーズ事務所は、はっきりと要望を局に対して伝える、いわば「物言う事務所」であることは業界人なら誰でも知っている。
ひとたび怒らせれば、それなりのペナルティが課せられるだろうことは容易に想像がつき、あえてジャニーズとことを構えようというテレビマンはどこにもいない。
●伝説の「稲垣メンバー」事件…あのときニュースの現場で体験したこと
しかし、ジャニーズ事務所に関するすべての「ネガティブな出来事」をテレビが報じないわけではない。
たとえば2018年に元TOKIOの山口達也さんが強制わいせつ事件で書類送検された際に、各局はその事実を報じた。それ以外にも、所属タレントの事件などを報道した例はある。
ただ、筆者の見立てとしては、ジャニーズ事務所に関するテレビ各局の報道は、「ジャニーズ事務所が許容する範囲のみ」でおこなわれ、事務所が望まない報道をあえてする放送局は原則的にはないと思われる。
そう思う根拠は、これは筆者も実際に報道現場で体験したケースだが、2001年8月に元SMAPの稲垣吾郎さんが公務執行妨害と道交法違反の現行犯で逮捕された時の各局の報道だ。
各局は通常の「容疑者」ではなく、「稲垣吾郎メンバー」という呼称を使い報道した。
この時、ニュース番組のディレクターをしていた筆者は「“稲垣吾郎メンバー”などという呼称は不自然であり、聞いたことがない。容疑者と呼ぶべきではないのか」と上司に質問したのだが、上司の答えは「そうしろという上の指示だ。ジャニーズなんだからわかるだろ」という趣旨のものであったのをはっきり記憶している。
上司が言わんとしたことは、私には「報道現場の判断ではなく、もっと上層部の意向でそう呼ぶことになった」ということだと理解できた。つまり、ジャニーズに関する報道は報道現場が決められる範疇を超えて、局としての重大な意思決定に属することなのであると理解して良いのだと思う。
「キラーコンテンツを持っていること」で放送局より圧倒的優位に立つジャニーズ事務所の要望や意向に沿う形で、ないしは事務所と放送局の上層部が相談した上で出した結論に沿って、ジャニーズに関する「ニュース」は放送するか否かが決定されると考えざるを得ないのだ。
たとえば山口さんのケースなどでは、事件化もされ、内容的にも「報道せずに隠すようなことはかえって良くない」という判断がおこなわれた結果、放送したのだと推測できる。稲垣さんの場合には逮捕されたものの、軽微な事案であるということで「報道は許容するが容疑者とまでは呼ばせたくない」という意向があったのであろうと推測できる。
「報道しなければかえっておかしなことになる」というレベルの話題でなければテレビでは報道されないのだ。
●岡本カウアンさんのケースは、報道しなければおかしなことになる?
その理屈を元に今回のジャニー喜多川さんの疑惑についてどのように見るべきか。この疑惑は以前から報道され、証言者も出ているものの事件化されているわけではない。そういう意味ではこれまでテレビ各局報道しなかったことには十分に「報道しない正当性がある」といえる余地があったとも言える。
確証がない疑惑だから、自社としてしっかり裏付けがない限り放送できない、というのは報道機関として当然ではあるからだ。
しかし今回、岡本カウアンさんは日本外国特派員協会という公の場で記者会見という形で自身の経験を話した。それに先立って世界的大メディアの英BBCもドキュメンタリー番組を放送している。「報道しない正当性」はかなり低下したと言えるだろう。
なぜならBBCの番組が国内外でかなり視聴されていることから、「一般の関心が高い出来事」であり、その件について具体的な証言者が出ているのに、「報道しない」という理屈はなかなか立ちづらいからだ。あとはせいぜい「何を報道するかの裁量は局にある」という「ニュース性の独自判断」くらいしか放送しない理由が見当たらないのだ。
今回、NHKが報道したのは、上のような判断があったからと考えられる。NHKであってもジャニーズ事務所のタレントなしには番組制作は立ち行かないが、受信料収入を基盤とするNHKは視聴者からのクレームを何よりも恐れる傾向がある。
「なぜ報道しないのか」というクレームが殺到するような「望まない事態」と、「ジャニーズとの関係悪化」を両天秤にかけたときに、「会見したという事実をストレートで報道するくらいなら大丈夫」という判断に至ったのだろうと推測できるのだ。もしかしたらジャニーズ事務所と相談をしたのかもしれない。
●NHKや民放各局が「深掘り報道」しないと考えざるをえない理由
ただ、NHKにこの判断ができたのは、「日本一巨大な公共放送局」としての「ジャニーズも一目置く存在感」が背景にあったからで、しかも「ストレートニュースでぎりぎり」という判断だった可能性が高い。しかも、夕方4時の5分番組を選んだ。
それほど巨大な存在ではない民放が同じ判断をするにはNHK以上の勇気が必要だし、民放的には視聴者のクレームは「スルーする」ことでなんとかやり過ごそうと考えていると思われる。スポンサーからのクレームに比べれば相対的にプライオリティが低いからだ。
となるとNHKはこれ以上この問題に関して深掘りをすることはない、と考えるべきだし、民放はストレートニュースですらなかなか報道しないだろう。したとしてせいぜい「NHKの後追い」どまりのストレートニュースになる可能性が高い。
日テレやテレビ東京がニュースサイトでストレートニュースをNHKより遅れて報じたが、肝心の地上波で流されたことは確認できていない。
会見現場には各局の記者やカメラマンがいて、いろいろ質問したりしているということだ。きっと現場のテレビマンたちは現在の状況を悔しく思っていることだろう。しかし残念ながら各局が深い報道をすることは現状のままでは限りなくゼロに近いと結論づけざるを得ない。
●「テレビは本当のことは言わない」…視聴者の声はダメージとなる
もしこの状況が変わるとすれば、「テレビが報道しないことに関しての社会的非難が予想を超えて強くなること」以外に考えられない。
ある社のニュース担当者は「横並びの様子を見ている状況」だと話した。今の日本のテレビ各局の姿勢を一番言い表していると思う。他社の出方を見ているようでは、もはや視聴者は納得しない。
「やっぱりテレビは本当のことは言わないんだな」と思われることほど局にダメージを与えることはない。これを機に力のある大手芸能事務所との関係をもっとクリーンなものにしなければテレビの未来は暗いと思う。ぜひ「この状況はおかしい」と思うみなさんは、ジャンジャン各放送局に声をあげてほしいと思う。