日々問題なく働いている人でも、いつ労働トラブルに巻き込まれるかわかりません。パワハラ、労災、長時間労働などのトラブルは今もなくなっていないのが現状です。
トラブル発生に備え、過去の裁判例を通じて、実際に発生した労働トラブルとその結末を知っていれば、いざという時の助けになるかもしれません。
今回紹介するケースは、上官から執拗な性被害を受けて自衛隊を退職した女性が加害者に賠償を求めて提訴し、1審と2審で真逆の判断となった事例です。林孝匡弁護士の解説をお届けします。
●事案の概要
こんにちは。 弁護士の林孝匡です。 裁判例をザックリ解説します。
自衛隊で起きたセクハラ事件です。 上官が人事上の権力をチラつかせて性行為を強要。クソヤローです。
そして800万円の慰謝料を命じました。 (航空自衛隊自衛官(セクハラ)事件:東京高裁平成29年4月12日判決) 以下、くわしく解説します。
●上司の悪質な手口とは
航空自衛隊で起きたセクハラ事件です。
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▼ 当事者
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被害者と加害者は以下のとおり。
■ 被害者(以下「Xさん」)
・女性
・セクハラ当時33歳くらい
・非常勤隊員
■ 加害者(以下「上官」)
・男性(既婚)
・セクハラ当時48歳くらい
・階級は空曹長
Xさんから見れば「雲の上の存在」
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▼ なぜセクハラが起きたか?
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非常勤隊員として自衛隊で働いていたXさんは
「上官の機嫌を損ねたら採用(雇用を継続)してもらえないかもしれない...」
と考え、上官の性的な要求に応じざるを得ないような状況に追い込まれてしまいました。 以下、詳しく見ていきます。
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▼ 夜中の呼び出し
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Xさんが採用された後、上官はまずは連絡先を聞き出します。 Xさんが自衛隊の一般向けイベントに詳しいことを聞いていたため、
「子どもを自衛隊のイベントへ連れて行きたいのでメールアドレスと電話番号を教えてほしい」という理由で聞き出しました。
その後、夜に上官はXさんに電話をかけ、
「人事上のことで状況を聞きたい」との理由でXさんを呼び出しました。 【人事上のこと】とか言われたら断れないですよね。
Xさんは上官から私生活のことを聞かれました。 前の夫の家庭内暴力、新生活、生活状態など。
Xさんは「イヤだな...」と感じたようですが、
人事上のことと言われたので次の採用試験の結果に影響すると考え答えました。
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▼ どんな行為があったのか
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上官はXさんをドライブに誘いました。 行き先を告げずに発車。場所は無人島でした。 人のいない神社につれていき、
そこで上官はXさんを抱きしめて無理やりキスをしました。
Xさんは「やめてください!」と言いましたが、
怖くてそれ以上の抵抗はできませんでした。
別の機会には、上官はXさんに対して
「いま非常勤採用試験の合格者選考をしている最中だ」
と言い映画に誘いました。
「いまボクはキミの受けた試験の合格者の選考をしているから映画に行こう」
映画を見たあと上官は「ドライブに付き合え」と言って車を発車させました。
ホテルに近づいているのに気づいてXさんは
「やめてください。帰りましょう。ホテルへ行くのは嫌です」と拒否しました。
しかし、上官は車からおりてXさんの手を強くひいて客室へ。
最初は強く拒否しましたが、恐怖で精神的に弱り、 物理的な抵抗をする力が出せなくなり、性交するに至りました。
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▼ 自宅に上がり込むようになる
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その後は、月に何回も上官はXさんの自宅に上がり込むようになりましたが、 上官の機嫌を損ねないように振る舞っていました。
それからXさんはストレスが原因で、
睡眠剤や精神安定剤を服用することも増えていきました。
Xさんが上官の前で精神安定剤を飲んだのですが、
上官は「大丈夫か?」など心配することなど一切せず。高等裁判所も「(上官は)自らの欲望の充足のみを優先させた」と指摘しています。
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▼ Xさんに彼氏ができる
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Xさんに彼氏ができました。自衛官の彼氏です。 そこでXさんは上官に対して
「彼氏ができました。将来的には結婚したいと思っています。もうこういうのは続けられない」
というようなことを言いました。
しかし上官は全く引き下がりません。 だけでなく「キミの彼氏の職種は私よりランクが下だ(ウソ)」
「キミの彼氏は能力が低いけど人手不足だから教官になっている」
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▼ Xさんが退職
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Xさんは耐えきれず退職しました。
さらにその後もXさんはこの上官の性行為の要求に応じ続けたのです。 また、断ると彼氏の立場が危うくなるのでは...と考えていたからです。
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▼ 警察に相談
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ついにXさんは彼氏にセクハラ被害を打ち明け、さらに警察に相談しました。 「セクハラ行為をやめるよう強く相手に伝えてください」
と警察からはアドバイスを受けました。
その後、Xさんは損害賠償を求めて訴訟を提起しました。
●地方裁判所の判断
地方裁判所の判決で認められた慰謝料は、たったの30万円...。 (静岡地裁浜松支部平成28年6月1日判決)
理由は無理やり性交したとは認められなかったから。 慰謝料は無理やりキスされたという点はセクハラだと認定したことによるもので、
「いかに人事上の影響力を有するといっても、無理に接吻(キス)してくるような者と映画鑑賞に行くとは容易に考えられない」など、その他のXさんの行動は不自然、または疑問が残ると判断しています。
Xさんは控訴します。
●高等裁判所の判断
高等裁判所は、
上官が強引に室内に入れて性的関係を強要し、
性交したと認定しました。
ザックリいうと
「上司が人事のことをチラつかせられれば多少迎合的になることも致し方ない」
「Xさんは嫌がっていたでしょ」
ということです。
判決では、Xさんや彼氏の人事への影響力をちらつかせ、
雇用や収入の確保に敏感になっているXさんの弱みにつけ込んだと指摘。 心身の不調などで、「家事・育児など生活に多大な支障を来している」と判断しました。
その結果、慰謝料がはね上がりました。800万円です。
その後、上告審では棄却・不受理となっており、
今回のケースは高裁判決の内容で確定しています。 (最高裁平成30年2月21日決定)
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▼ セクハラだらけかよ...
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なお、この上官以外からもセクハラ被害があったこともわかっています。 下記、判決文より引用。 第1審原告とはXさんのことです。
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平成22年9月、第1審原告は、第1審被告とは別の上官から胸や下腹部を触られるセクハラ行為を受けた。第1審原告は、被害を更に別の上司らに申し出たが、「あれは挨拶だった」などと言われて、十分な対応をしてもらえなかった。そのため、第1審原告は、自衛隊内では、セクハラ被害を上司等に申し出ても取り合ってもらえないとの思いを抱いた。
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●ほかの裁判例
今回の事件では、セクハラとPTSDとの間の因果関係が認められました。 因果関係が認められると慰謝料が跳ね上がります。
ただ、因果関係が認められないケースもあるんです。 たとえば、セクハラから1年近く経過した後にPTSDと診断されたケースで因果関係が認められなかったものがあります(熊本セクハラ事件:大阪高裁平成17年4月22日判決)。
セクハラを受けて心身の不調を感じた時は、
こまめに通院して診断書を書いてもらいましょう。 セクハラの証拠を押さえることも心がけてください。★録音は最強です★
今回は以上です。 これからも働く人に向けて知恵をお届けします。 またお会いしましょう!