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なぜNHKは海外映像の「提供元」を示さないのか ウクライナ報道、不都合な事情がある?
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なぜNHKは海外映像の「提供元」を示さないのか ウクライナ報道、不都合な事情がある?

先日、朝日新聞の記者さんがSNSで「NHKはウクライナの映像を放送するときに提供元を明記すべきだ。新聞記事や書籍では引用元を必ず示すのがルール」という趣旨の発言をして話題となりました。

確かに戦争報道では「誰がいつどのような状況で撮影した映像なのか」という情報が状況を正しく読み解く上で重要な要素となってきますので、気になられている皆様も多いと思います。

実は提供映像の出典表示には、放送業界独特のルールが存在します。そして、その独特のルールが必要な「日本の放送局の現状」があります。長年テレビ報道の世界に身を置く筆者が詳しく解説してみようと思います。(テレビプロデューサー・鎮目博道)

●通信社の映像は出典を書かないのが「常識」

まずはウクライナに限らず、放送局が外国の映像を使用する際のルールについてご説明しましょう。放送局が外国メディアから映像を購入するルートは大きく3つあります。

(1)通信社などと契約を結び、定期的に配信を受けているもの

代表的なものでは「ロイター」や「AP」などですが、日本の各放送局は世界規模の通信社などと契約を結んで、外国の映像の配信を毎日受けています。

例えば、毎日午前10時と午後3時、夜の8時などの「定時配信」という形で、世界中のニュース映像が配信されてくるのです。料金は言ってみれば「サブスク」で、一括して使用料を払っているので、何回映像を使っても追加料金はかからない場合が多いです。

こうした「定時配信」などでは、映像と共に「使用条件や映像説明のキャプション」が 文字情報で送られてきます。「どこどこ放送局が撮影した」というクレジット表示が必要なもののみ、そうした条件が書かれています。

ですから、原則この「通信社からの配信」で入手した映像には「どこどこが撮影をしたものだ」というクレジット表記をしないで使用するのが放送業界では常識となっているのです。

●日本のテレビ局の映像、海外でも「クレジットなし」に

(2)お互いに協力関係にある放送局から提供された映像

各放送局ともに、世界中のいろいろな放送局と「お互いの撮影した映像を交換しましょう」という協力関係を結んでいます。NHKのような大きな放送局になれば、世界中の国の「最大手の国営などの放送局」とほぼ全て協力関係にあると言って良いのではないでしょうか。

例えば、私がいたテレビ朝日では、CNNと全面的な協力契約を結んでいて、CNNから定期的に映像の配信を受け、かつCNNのアーカイブを検索する権利もあります。テレビ朝日に置かれているパソコン端末で、CNNがどのような映像を持っているかを検索して、ダウンロードできるような仕組みがあるのです。

原則CNNが持っている映像は、テレビ朝日には使用する権利があり、テレビ朝日が持っている映像は、CNNにも使用する権利があるということです。

こうした映像を使用する場合には、原則「その協定で決まった方法で」使用することになります。テレビ朝日の場合は、CNNの映像は「ロゴなどが載った状態で提供されているものならそのロゴを消さない用法で使用すれば特にクレジットを表示しなくて良い」という感じのものでした。

また、CNN以外の世界中の放送局とも協力関係がありました。そうした放送局とは、例えばその国で大きな出来事があったときに、その国にあるテレビ朝日の海外支局を通じて映像をもらったり購入したり日常的にしています。

こうした場合には、クレジットを載せなくて良い場合が大部分でした。その放送局も日本のニュースを伝えるときに、「テレビ朝日が撮影したというクレジットなしで」放送しているから、いわば「お互いにクレジット表記をしない」ということにしているのです。値段も安めに設定されていたり、「お互い様なので無料」という場合も多いです。

●都度購入の場合は別

(3)その都度放送局や映像権利者と交渉して使用するもの

これはまさに「映像ごとに使用可能かどうかを問い合わせ、使用条件を交渉し、費用を支払って使用する」方法です。例外もありますが、この場合は「画面にクレジット表記をすること」を求められることが多いです。

●なぜクレジットを入れないのか?

ということで、原則的なルールとしては「使用条件で決められていない限りクレジット表記をする必要はない」というのが放送業界的なルールです。

ではなぜクレジット表記をしないケースが、放送局では多いのでしょうか。その背景となっている事情を説明しましょう。

簡単に言いますと、「世界中で起きているニュースの映像のうち、自分たちで撮影できるものの比率は非常に低いから」です。日本の放送局が大体どのくらいの海外支局を持っていて、そこにどのくらいの記者やカメラマンがいるかという視点で考えると分かりやすいと思います。

例えばテレビ朝日の海外支局は現在・・・

ニューヨーク、ワシントン、ロサンゼルス、ロンドン、モスクワ、カイロ、バンコク、北京、上海、ソウル、パリ

の11都市にあります。私が入社した1992年から現在までの間に「存在したけれど廃止になったテレビ朝日系列の海外支局」は、

アトランタ、メキシコシティ、台北、香港、マニラ、シンガポール、ハノイ、シドニー、ウラジオストク、プラハ、ベルリン

いま私がすぐに思い出せるだけでもこれだけあります。中には役目を終えたり、移転をした支局もありますから一概には言えないものの、「いかに日本の放送局が経費削減のために海外の取材拠点をリストラしてきたか」ということがお分かりいただけると思います。

これだけの海外拠点で、世界中のニュースの映像を「自前で撮影する」のはほとんど不可能です。海外支局があったにしても、一番多いアメリカでも3カ所、中国2カ所で、記者やカメラマンは数名程度しかいませんから、ほとんどの映像はアメリカや中国の放送局、通信社から提供を受けたものを使用せざるを得ません。

金銭面でも、「支局を維持するよりは、映像を外国の放送局からもらった方が安い」ですから、言ってみれば「海外取材はどんどんしなくなる方向性」にあると言って良いと思います。

私たちが日頃見ている国際ニュースのほとんどが、海外の放送局や通信社から提供を受けた映像で成り立っていることを、理解していただけたでしょうか?

●画面が文字だらけに?

では、この「提供映像」すべてに、新聞のように「引用元のクレジット」を載せたらどういうことになるでしょうか?

ほぼすべてのカットにいちいち細かい字で「撮影:BBC 配信:ロイター」などというテロップが載ることになります。撮影した場所や日時も入れなければなりませんし、そこには内容のテロップやタイムスーパーなども入るでしょうから、画面はテロップだらけになります。

しかもいろいろなところから提供を受けた映像を、「あっちから5秒、こっちから10秒」というふうに混ぜて使うことも多いので、余計ややこしくなります。

これでは逆に視聴者にとっても見づらくなるだろう、という考え方もあるのです。こうした事情がベースにあって、テレビでは新聞のようにはいちいち提供映像にはクレジットを出さないのです。

●「社員記者」が危険地帯に行かない理由

しかし、私はこうした「できるだけクレジット表記を映像には載せない」ことの理由のもうひとつには、「できるだけ自分たちで取材をしているように見せたい」というテレビ局の「いいカッコをしたい心」もあるように思えます。

まずは、いまご説明したような「実は国際ニュースの映像のほとんどが外国の放送局から買ってきたもの」だという裏事情は、恥ずかしいからできるだけ隠したいですよね。

特にウクライナのような「戦場」では、できるだけ「自分たちの社の記者が最前線で取材をしていて、頑張っているのだ」と思ってもらいたいものです。

いろいろなところで指摘されているように、日本の放送局は記者やカメラマンを危険な地域に行かせることを非常に嫌がります。海外の放送局と比べると、圧倒的に安全基準が厳しいのです。多分これには日本独特の「終身雇用制」も影響していると思います。

海外の放送局では記者やカメラマンは、これまでに挙げたジャーナリストとしての実績を元にどんどん会社を変わって、「地方局から全国ネットへ」というふうにスキルアップしていくのが規定のコースです。

ですから、戦争でも危険な地域に取材に入り、他の局が取材できないものを取材してスクープを取りたいという気持ちを持った人が多く、局の側もそれを望んでいます。

それに比べて日本では、局はいかに従業員の安全に配慮しているか、ということに重きが置かれるので「従業員である記者を守るため危険な地域には行かせず、素材を他から購入する」という基本姿勢になっているのは確かです。

危険な場所へ敢えて行くのは、「1本いくらで映像を放送局に買ってもらわないと収入にならない」フリーランスや制作会社所属のジャーナリストだけになっているのが実情です。

●映像クレジット、見直しの余地はあるか?

今回、ウクライナでも、いろいろなところから放送局の特派員が中継したり取材したりしているように見えますが、彼らがいるのは「ウクライナの中でも比較的安全な地域のみ」です。

危険な最前線の映像は、海外メディアが撮影したものをクレジットなしで使用して、それを比較的安全な場所にいる記者の中継やレポートの間に「混ぜ込んで」あたかも自局の記者が「最前線にいるかのような感じ」にして放送している、という意地悪な見方もできます。

そして、フリージャーナリストなどの撮影した映像は、きちんとクレジットをして、一回使用するごとに使用料を支払わなければならないので、あまり積極的には使用しないという悪い風潮が日本の放送局にはあるように思えます。これもいわば「外国の放送局の映像にはクレジットをしないのが当たり前で、安く入手できる」文化が生んだ弊害だということができると思います。

ですから、最初に紹介した新聞記者さんの「ウクライナの映像を放送するときに提供元を明記すべきだ。新聞記事や書籍では引用元を必ず示すのがルール」という指摘はある意味もっともだと思います。我々放送業界でも、ウクライナの戦争を機に、「映像クレジット」に関するルールをもう一度見直してみても良いのではないか、と私は思います。

少なくとも、戦争に関してだけでも、「きちんと映像情報をクレジットする」ことにしないと、視聴者の信頼をさらに失いかねないのではないか、と私は危惧しています。

●NHKの見解は?

【編註】ちなみに、弁護士ドットコムニュース編集部がNHKに対し、提供映像のクレジットについてどのように扱っているかを尋ねたところ、以下の回答があった。

「NHKでは、侵攻が始まった2月下旬以降、機動的に取材態勢を組み、海外総支局や日本から派遣された記者やディレクター、カメラマンが、ウクライナ国内の各地や近隣の各国などでも取材を行い、中継などの情報発信を強化するとともに、「NHKスペシャル」などの番組取材・制作にあたっています」
「NHKでは、海外のニュースを伝える際、NHK以外の報道機関などが撮影した映像も使用しています。こうした映像については、様々なルールなどを踏まえて提供元を表示するかどうかも検討し、その都度、適正に使用していると考えています」

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