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3歳児が熱湯かけられ死亡、再三の通報も保護されず…警察に情報共有されなかった理由
大阪府の摂津市役所(Googleストリートビューより)

3歳児が熱湯かけられ死亡、再三の通報も保護されず…警察に情報共有されなかった理由

繰り返される児童虐待。大阪府摂津市のマンションで、新村桜利斗(おりと)ちゃん(3歳)が全身にやけどを負って死亡した事件で、母親の交際相手の男性が逮捕されました。

事件が起きる前から、容疑者の男性による「虐待」の情報が、保育所や母親、知人から複数にわたって摂津市に寄せられていたと報道されています。しかし、児童相談所が桜利斗ちゃんを保護することはありませんでした。

ネットでは「救えたはずの命だったのでは」という声が上がっています。なぜ事件は防げなかったのでしょうか。どうすれば、再発を防げるのでしょうか。NPO「シンクキッズ—子ども虐待・性犯罪をなくす会」の代表理事をつとめる後藤啓二弁護士に聞きました。

●「外傷がない」摂津市の甘いリスク判断

この事件はなぜ起きてしまったのか。後藤弁護士はその原因を次のように指摘します。

「摂津市が実務者会議に警察を参加させていれば、こんなことにはまずなりませんでした。今回のケースでは、摂津市が桜利斗ちゃんに外傷がないことなどから緊急性はないと判断したということですが、信じられないほど甘いリスク判断です。

事件前には、『このままでは(桜利斗ちゃんが)殺されてしまう』という深刻な通報や、シングルマザー家庭への同居男の出現という、虐待の危険な兆候が複数あったのですから、警察と案件を共有しておく必要がありました。

警察であれば、かなりの危機意識を持ったことは確実で、警察が適切な頻度で家庭訪問をおこない、男に注意・警告していれば、男も警察に知られているということから、虐待への抑止になったと思います」

なぜ、摂津市は警察に知らせなかったのでしょうか。

「摂津市が実務者会議に警察を参加させなかったこと、および外傷がないことから緊急性がないと甘い判断をし、警察に知らせなかったことについては、国のガイドラインと緊急総合対策に原因があります。

厚労省の作成した『市町村子ども家庭支援指針(ガイドライン)』(2018年7月20日)と、国の『児童虐待防止対策の強化に向けた緊急総合対策』(2018年7月)です。

ガイドラインで、実務者会議には『必要に応じて』警察を参加させればいいと規定されていることが、多くの自治体が警察を参加させない理由です。

また、緊急総合対策では、児童相談所は『虐待による外傷』のある事案などに限定して警察に提供すれば足りるとされています。これらを根拠に、摂津市は実務者会議に警察を参加させず、外傷がない事案は緊急性がないと判断してしまったのだと思います。

おそらく、こういう自治体は全国に数多くあると思われ、同様の事件がどこで起こっても不思議はありません。一つの機関だけで対応できるほど児童虐待は甘い問題ではありません。

摂津市や大阪府は当然として、厚労省には、自治体がこのような誤った認識で虐待死に至らしめる原因となっているガイドラインと緊急総合対策を早急に改め、警察を実務者会議に参加させるとともに、外傷のある事案に限定せず、すべての案件を警察と共有し、子どもを守るためにベストの態勢を整備することを強く求めます」

●実現しなかった「警察との全件共有」

後藤弁護士たちは、児童虐待防止に取り組んできました。今、どのような対策が必要とされているのでしょうか。

「一つの機関だけでなく、多くの機関の多くの目と足で子どもを見守るほうが、子どもはより安全だ、という当たり前の対策をとることです。

しかしながら、東京都や千葉県、福岡県等多くの児童相談所や、摂津市その他の市町村は、警察に一部しか案件を知らせません。これらの自治体では、東京都目黒区の結愛ちゃん事件、千葉県野田市の心愛さん事件など、警察と連携していれば救えたはずの命を救えなかった事件が多発しています。

私どもは、2014年から、政府、自治体に児童相談所、市町村、警察の全件共有と連携しての活動を求める要望活動をおこなっていますが、2018年には『日本子ども虐待防止学会』という団体から反対の要望書が出されたこともあってか、厚労省は全件共有を受け入れませんでした。前記のとおり緊急総合対策で児童相談所から警察に情報を提供する案件は、『虐待による外傷』などの事案に限定されてしまったのです。

日本子ども虐待防止学会は反対する理由として、『全件情報共有という制度は通告の抑止につながりかねない』としています(https://jaspcan.org/category/%E6%8F%90%E8%A8%80)。

​​しかし、そのような懸念は何の根拠もなく、実際に、警察との全件共有を2008年から実施している高知県と2018年から実施している茨城県からは、そのようなことは起こっていないと厚生労働省に報告されています(下記資料のp33、p34)。

https://www.mhlw.go.jp/content/11920000/000349137.pdf

少し考えただけで分かりますが、悪質な親ほど、顔以外を殴る、水風呂につける、冷水シャワーを浴びせるなどの虐待をおこなっているのです。顔に傷がないから、危険性はない、警察と連携する必要はないなどと、どうして言えるのでしょうか。

また、ガイドラインの厚労省原案は、市町村の実務者会議に『可能な限り』警察を参加させるというものでしたが、児童虐待の専門家と言われる大学教授や医師の反対意見により、『必要に応じて』参加させるというものに限定されてしまいました(下記議事録p26〜p28)。

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11901000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Soumuka/0000170060.pdf

●「再発防止に警察との連携が必要」

「関係機関が連携していれば、救えたはずの子どもの命が救えないという事件の多発は、厚労省と日本児童虐待防止学会をはじめとする児童虐待の『専門家』と言われる方々の責任が極めて重いと感じています。

私どもと同様に(おそらく多くの国民の意見も同様だと思いますが)、児童相談所から警察への情報提供の対象を外傷がある事案などに限定せず全件共有を実現していれば、また、ガイドラインで、すべての市町村の実務者会議に警察を参加させることとしていれば、どれだけの子どもの命が救えたか。

厚労省と「専門家」と言われる方々の警察との連携に後ろ向きな姿勢を変えない限り、いつまでも救えるはずの命が救えない事件が続いてしまいます。私どもは本事件についても、9月28日に、摂津市、大阪府、厚生労働省に要望書を提出しました(http://www.thinkkids.jp/archives/2030)。

役所の縦割りを排し、市町村、児童相談所、警察、学校、病院など、関係機関がすべての虐待のおそれがある案件を共有のうえ、協力・連携して活動する態勢を整備しなければ、虐待から子どもを守ることはできません。

二度とこのような残酷極まりない方法で子どもが虐待死させられることのないようにすることが私ども大人の責務です。今後も諦めることなく、国、自治体に働きかけをおこなってまいります」

プロフィール

後藤 啓二
後藤 啓二(ごとう けいじ)弁護士 後藤コンプライアンス法律事務所
1982年警察庁入庁、大阪府警生活安全部長や内閣参事官などを歴任し2005年に退官。在職中に司法試験に合格。NPO「シンクキッズ」代表理事。犯罪被害者支援、子ども虐待・児童ポルノ問題などに取り組む。著書に『子どもが守られる社会に』(2019年)など。Think Kids(シンクキッズ)こどもの虐待・性犯罪をなくす会 (http://www.thinkkids.jp/)

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