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「裁判所法で定められた義務」 40件の個別意見を書いた宇賀克也・元最高裁判事が語る公的記録の意義
東京大法学部研究室でインタビューに答える宇賀氏。本郷キャンパス内の建物建築についても詳しく解説してくれた(2026年4月)

「裁判所法で定められた義務」 40件の個別意見を書いた宇賀克也・元最高裁判事が語る公的記録の意義

記録にも、人々の記憶にも残る6年4カ月だった。宇賀克也氏が最高裁判事として、個別意見を書いたのは40件(うち反対意見20件)。携わった審理の約3分の1に当たる。「裁判所法に基づき、義務だと思って書いた。たまたま他の人より多かっただけ」と振り返るが、議論の末につむいだ言葉は、司法の歴史に刻まれた。議論の経過をできる限り、公文書に残すこと、その意義を強く感じるのには研究者としての経験があった。(弁護士ドットコムタイムズ2026年6月号より、編集部・川島美穂、写真・永峰拓也)

●裁判所法に従っただけなのに 「異色」と言われた6年4カ月

宇賀氏は在任中、40件で個別意見を書き、「異色」「ラディカル」などと表現された。2025年7月の退官後、取材を積極的に受けたことも「異例」と映った。評議の秘密を理由に、退官後にはメディアに登場しない判事もいるなかで、やはりこれまでにない最高裁判事としての存在感が際立った。

しかし、宇賀氏の考えはあくまでシンプルだ。

「変わったことをしようとしたのではなく、結果なんです。『裁判書には、各裁判官の意見を表示しなければならない』とする裁判所法11条は、基本的には全ての裁判官が全ての事件で意見書を書くのが義務のように読める規定。私は、反対意見はもちろん、多数意見に加わった時も、自分の意見が言い尽くされていなければ、個別意見を書くべきだと解釈しました。結論が同じでもそこに至る理由が違ったり、不足している点があると感じたりしたら補足するという形です」

取材を受ける理由についても、公法の基本原理を挙げた。

「公法を専門としてきた学者にとって、公権力の行使には説明責任が伴うのが原則です。裁判はまさに公権力の行使。行使してきた者として、できる限り説明責任を果たしていくべきという考えです」

袴田事件の再審請求や、夫婦同氏制訴訟、性別変更要件をめぐる訴訟など注目裁判への意見が積み上がっていくのと比例するように、宇賀氏の知名度も上がっていった。たとえ裁判に勝てずとも、徹底的に当事者の現状について考え抜き、自身の意見を表明した判事がいたことで救われた人もいただろう。

いま宇賀氏には講演依頼が多く来ており、司法界にとどまらず、関心が高いことを感じさせられるという。メディアを通じた要約ではなく、裁判所のウェブサイトで全文を読んでいる人からの反応もある。

「こんなに多くの人が私の個別意見を読んでくれていたんだと驚きました。サイトには英文もあるので海外の司法関係者から反応があったりと、論文よりも遥かに目に触れる数が多い。書いた甲斐があったと感じます」

判決や決定にまで行き着いたものだけではなく、上告不受理となる案件なども含めれば最高裁が受け付けるのは1年間で1万件以上。膨大な業務量で、寸暇を惜しんで取り組んだ。平日は朝から夕方まで最高裁に詰めていた。

東京大学の本郷キャンパスでは三四郎池のほとりで読書するのが休息のひとときだったが、日中はほとんど自然に触れることはできなかったという。裁判官が残ると、職員も帰れなくなってしまうため、大量の書類を入れたキャリーケースを毎日持ち歩いて、自宅でも作業した。

学生時代から筆が速いと言われていたという宇賀氏だから成し得たことかもしれないが、多忙な中でも論文を発表していた。「自分の研究をするのは、日曜の夕方だけと決めていました」。第三小法廷で共に働いた宮崎裕子元判事も『法律時報』のインタビューなどで、自身が書く前に既に宇賀氏は案文を書き上げていたと証言している。

判例集には載らないものの、宇賀氏は、上告不受理決定への反対の意思を多数表明してきた。2021年までは上告不受理に反対の者がいても、全員一致で不受理と記載していたが、小法廷内での議論で運用が変更された。

いわゆる“門前払い”であっても、それに反対した者がいることが表記されれば、裁判官の間でかなりの議論が行われたことが当事者に伝わる。原告らの納得感も変わってくるだろう。

「当事者にとって最高裁まで来るというのは、一生をかけた大仕事です。こちらも、1万分の1という捉え方ではなく1件1件大切にしなければと思っていました」

画像タイトル キャンパス内を歩くと、外国の方を含め、複数の人から声をかけられていた(2026年4月、東京大学安田講堂前)

●当事者の思いを想像し、 1件1件に真摯に向き合う

袴田事件の再審請求では、大量の訴訟記録を読み込んだ。既に、2014年に袴田巌さんは死刑執行停止、釈放されていたが、東京高裁は2018年に再審開始決定を取り消し。弁護側が最高裁に特別抗告した。

「特殊なDNA鑑定の手法ですから、最初は全く分からなかったです。ただ、分からないと意見は言えない。刑事訴訟法の再審開始要件『無罪を言い渡すべき明らかな証拠』と言えるかどうか。一生懸命、DNA鑑定に関する本を読みました。8冊ぐらい読んでようやく、原審のここがおかしいなというのが見えてきました」。DNA鑑定を担当した本田克也筑波大学名誉教授の「細胞選択的抽出法」を理解するために、何度も何度も国会図書館に通った。

とことん調べ尽くすのは、研究者ゆえ。事件当時の地元の雰囲気を知るために、静岡新聞にも目を通した。「犯人視報道はすさまじく、裁判官も影響されたかもしれないと感じましたし、袴田さんの姉ひで子さんの大変さも伝わってきました」。2020年に最高裁は差戻しを判断。これに対して宇賀氏は、すぐに再審を開始すべきだとの反対意見を書いた。2023年に再審が開始され、2024年に袴田さんの無罪が確定した。

どの事件でも、訴訟記録や鑑定書、全ての判例評釈を集めて読んでいた。論点が整理された調査官報告書だけでも膨大な量だが、宇賀氏は妥協しない。

「170以上の判例評釈を書いてきた研究者の立場からすると、調査官報告書だけで意見を書くことはあり得ないわけです。学者は判例を議論の出発点にはしません。『判例にこうあるから』という思考はせず、クリティカルに判例を読む訓練をしています。キャリア裁判官と最も違うのはそこです。判例と違う考え方に触れる必要があるんです」

そんな宇賀氏の執務室は資料で溢れかえっていて、本棚も増設していた。ある裁判官には「感心するけど真似できない」と言われたそうだ。

この姿勢で、軸となっているのは憲法だ。違憲立法審査権を持っている最高裁判事自身が憲法を守るべきだと考えた。

<憲法76条3項「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」>

最高裁判事の学者枠は、推薦などで決まる弁護士と違い、突然の最高裁からの電話で打診を受けた。「青天の霹靂でしたが、山口厚先生が『ハードだが、得難い経験である』とおっしゃっていたのを思い出しました」。歴代判事の回想録などを読み返したほか、故園部逸夫氏や藤田宙靖氏には任官前に直接会いに行き、心構えを請うた。

誠実に、自分の良心に従って、判断すること。時には、原告が自分や自分の家族だったら、と想像した。夫婦同氏制訴訟では、婚姻に夫婦同氏の制約を課すのは違憲だという反対意見を残したが、「婚姻する時に『私は氏を変えたくないから、あなた変えて』と言われたら、『はい、わかりました』とすぐ言えるか。氏を変えるのは、そんなに簡単なことではないはずです」と振り返る。

●「国賠法の立法経緯が分からない」 公文書管理のずさんさに落胆

東京都練馬区出身。東京教育大学附属高校(現筑波大学附属高校)卒業後に、東京大学文科2類に入学した。「数学が好きだったので、経済をやるのが面白いなと思っていました。でも1年生の時に、刑法や民法の授業を聞いてるうちにすごく法律が面白くなって法学部にいきました」。中でも公益に関する興味が高まり、幅が広くて膨大な行政法に魅せられた。

官僚か、学者か-。公務員試験を受け、省庁回りもしたが、決め手となったのは「アカデミズムの世界の自由さ」だった。

「規則正しい生活をしてきましたので、深夜まで霞が関で仕事するのは向かないなと」。これまで単著だけでも50冊近く執筆、その間に論文も多数出している。数多くの審議会委員を歴任するなどハードな仕事をこなす宇賀氏だが、「自分で生活をコントロールできること」が重要なのだという。

助手、助教授と着実に進み、28歳の時、ハーバード大学に留学した。もともとはドイツに行くつもりでいた宇賀氏。師事する故塩野宏名誉教授からの勧めで行った米国だったが、通算3年ほどの海外生活は、自身のいまを形作るターニングポイントだったと語る。

日本では当たり前だと思っていることが覆されることもしばしば。客員教授として教鞭をとった時には、学生が授業中にどんどん質問をしてくることに驚いた。日本の学生は授業が終わってから来るが、ハーバードの学生は授業時間中の質問を躊躇しない。90分のうち、30分は学生との意見の応酬だった。

「違う立場や違う角度からの視点」の重要性、そういう人との対話や議論が生む効果にも気付かされた。その後、日本でも始まったロースクールではソクラテスメソッドという対話型の授業が導入され、米国で教鞭をとった経験が役立った。

研究者として、日米の差を強く感じた出来事がある。

塩野名誉教授の古稀記念論集『行政法の発展と変革 下巻』(2001年、有斐閣)で「国家賠償法案の立法過程」を書いた時のことだ。議論の過程を調べても、日本国内に史料は乏しかった。

「当時の審議会で議論しているのですが、驚いたことに議事録がないんです。法務省にも国立公文書館にもない。憲法17条に基づく重要な法律にもかかわらずです」

委員として参加していた田中二郎氏の回顧録や、個人的に寄贈されていた我妻栄氏や事務官のメモや資料でたどるしかなかった。占領中だったため、GHQの承認がないと政府提出法案を国会に提出できないので、GHQと日本政府の交渉記録があるのではと米国メリーランド州にある国立公文書館に調査に行くと、ちゃんとマイクロフィルムで保存されていた。

「敗戦国の法案に関する記録まで保管していて、すごいと思いました。もっとも、それを調べようとしたのは私が最初であったようで、その場で秘密指定を解除してもらいました。公文書についての考え方の違いを強く感じ、日本も公文書管理法制を整備すべきとの考えを形成した原点となっています」

宇賀氏の在任中、全国の地裁で過去の重要事件の裁判記録が廃棄されていることが問題となった。公文書管理法制定のために設置された有識者会議の委員も歴任している宇賀氏は「背景にあるのが保管場所の不足。最高裁は、現場に責任を押し付けず自らの責任を認めたのはよかったと思います」と評価する。

しかし、各行政機関では公文書管理に対する意識は、まだまだアップデートできていないといい、「アーキビストのような専門家が各役所に派遣されて、責任を持って指導したり研修したりという形が必要です」とする。

画像タイトル 三四郎池を散歩するのがお気に入りの時間。「鳥のさえずりを聞き、亀の甲羅干しを見ながら、読書をしていました。新緑や紅葉で四季を感じられるのです」(2026年4月、東京大学本郷キャンパスで)

●判例を批判的に見る学者の必要性 調査官を頼りすぎない矜持

最高裁では事件が機械的に三つの小法廷に振り分けられる。第三小法廷では、不受理に誰か1人が疑問を持った場合には5人全員で集まって議論する「軽審議」が慣行になっていたという。

特に共同で反対意見を書いたことは、宇賀氏にとって印象深かったことの一つだった。「学者だけで話すのと違って、バックグラウンドがさまざまな人たちと話すのは、視点も多様で面白かったです。袴田事件では林景一さん、夫婦同氏制事件では宮崎さんと共同で反対意見を書きましたが、学者の共著とは全く違う。何度も何度もお互いの部屋を行き来して意見を交わして、一つのものを作り上げるのは初めての経験だったので、達成感がありました」

こうした裁判体での議論に向けて、膨大な事件を処理するためにあるのが裁判所法57条に規定された「調査官」の存在だ。

現在は38名のキャリア裁判官が任命されていて、事案の論点や判例学説を整理し、処理方針や調査官の意見を書いた報告書が判事に上がってくる。時に批判の対象ともなる体制だが、宇賀氏は「実際には調査官の言いなりになっているわけではなく、調査官報告書と異なる結論になることは珍しくありません」と明かす。

米国の連邦最高裁では一人の判事に補佐役として若手の弁護士がロークラークとしてつく仕組みだが、日本では担当調査官の報告書が審理するすべての裁判官に配布されるので、担当調査官の考え方が強く影響しすぎる懸念があるとする。

裁判所法では、調査官は裁判官の命を受けて必要な調査をするとされており、どこまでの調査を調査官に命ずるかについては、裁判官の裁量に委ねられている。宇賀氏は、当該事件の事実関係、関連する学説、裁判例を整理して、提出された意見書、関連する判例評釈を添付すれば、調査官報告書として十分で、調査官の意見まで記載することを命ずるのは、調査官に過大な負担を課していると考える。

裁判所法の制定附則では、最高裁調査官は必ずしもキャリア裁判官でなければならないとはしていない。「判例をクリティカルに見る訓練をした中堅の学者が任期付きでも調査官室に入れば、議論も多様化し、判例の見直し機能も高まるのでは」と提案する。

宇賀氏の最高裁での個別意見の表明は、このインタビュー直後に亡くなった恩師の塩野名誉教授の審議会等での態度から影響を受けているという。

「塩野先生は、合議体の構成員として他の委員や事務局の意見にもよく耳を傾け、その結果、当初のご意見を変更する柔軟性をお持ちでしたが、他方、学問的観点からご自身のご意見が正しいと信ずる場合には、事務局等と意見が異なっても、安易に妥協することはなく、自らの主張を貫かれました。私も、最高裁という合議制の機関で、他の裁判官や調査官の意見を虚心坦懐に聞き、受け容れられるものは受け容れるように努めましたが、やはり自分の見解が正しいと信ずる場合には、4対1や14対1の少数であっても、それを表明することが、反対意見の表明を認められた最高裁裁判官の職務であると考えました」

そもそも最高裁判事15人の中でも、学者は少数派。慣例的にキャリア裁判官が6人で、大学教授などの学者枠は1人のみだ。

裁判所法41条には「法曹三者と法律学の教授が少なくとも10人以上」としか書かれておらず、内閣の裁量に任されているのが現状だが、宇賀氏は「最高裁は民事刑事だけではなく、多くの公法事件も扱うので、その分野の専門家はいた方がいいと思います」と提言している。

研究者は、前例にとらわれず、深く広く調べるために、海外調査や国際的な比較は当然のように行う。性同一性障害特例法で性別変更に必要とされる「未成年の子なし」要件について検討した際は、自ら海外事例を調査して日本だけに残っていることが分かった。「未成年の子なし要件については、かつてあったウクライナでも既に廃止されていました」。1人で違憲だという反対意見を書き、内容に盛り込んだ。

画像タイトル 自然に触れるのが好きだと語る宇賀氏。多忙な生活での休息のひとときだという(2026年4月、三四郎池)

●60年ぶりの判例変更 三審制で代理人の役割は大きい

これまでで最も記憶に残る事件の一つが、宮城県岩沼市の市議会議員が提起した「議会の出席停止処分」についての訴訟だ。

もともと判例となっていた1960(昭和35)年の大法廷判決では「出席停止は議員の権利行使の一時的制限にすぎないため、自治団体の措置に委ねるのが適当で、裁判権の外にある」とされていた。宇賀氏は学生時代から、疑問があった。

「議員にとって、会議で自分の意見を発言・質問して、最後に投票するのは一番大切な仕事だと思うんです。そのために有権者から負託を受けて議員になっているわけですから。一番大事な仕事をさせないことが司法審査の対象にすらならないのはおかしいと思っていました」

全国各地の地方議会への出張や視察も多く、さまざまな事例を調べてきた。多数会派による少数会派へのいじめのような構図が垣間見えることもあり、議会による懲罰の恣意的な運用には懸念があった。原告は、まさに少数会派の議員で、仲間の議員を擁護する発言をしたことを懲罰対象とされ、9月定例会の全23日間が出席停止になっていた。しかし、判例により、地方議員は出席停止処分に対して取消訴訟ができないばかりか、地方自治法に基づく審決の申請も事実上、認められていなかった。

2020年11月の大法廷判決は、60年ぶりに判例を変更。「地方議員は議事に参与し、住民の代表としてその意思を地方公共団体の意思決定に反映させるべく活動する責務を負う。出席停止はその責務を十分に果たせなくなる」と指摘した。出席停止は議会の自主的な解決に委ねるべきとはいえず、懲罰の適否は、司法審査の対象になると判示した。宇賀氏は、こう補足意見を書いた。

「地方議会の自立性の根拠は、憲法92条の『地方自治の本旨』以外にない。『地方自治の本旨』の核心は住民自治といえる。住民が選挙で地方議員を選出し、その議員が有権者の意思を反映して、議会に出席して発言し、表決を行うことは、当該議員にとっての権利であると同時に、住民自治の実現にとって必要不可欠であるところ、地方議員を出席停止にすることは、地方議員の本質的責務の履行を不可能にするものであり、それは同時に当該議員に投票した有権者の意思の反映を制約するものとなり、住民自治を阻害することになる」

これにより、総務省の通知も変更され、審決の申請ができるようになった。

市議が2016年に提訴してから、弁護団と共に根気よく闘った末の判例変更だった。大法廷15人の全員一致。「当然のことですが、最高裁は受け身の立場ですよね。事件になって初めて判断できる。下級審から当事者や代理人の方たちが諦めずに頑張ってきたから、この結果がある。やはり、弁護士の役割はとても大きいなと思います」

●小法廷の壁・口頭弁論の意義 外から入って見えた課題

宇賀氏が加わった大法廷回付事件は17件、そのうち、2022年の在外邦人の国民審査権事件では、数名の判事の名前を挙げる口頭弁論があった。原告代理人の吉田京子弁護士が国民審査の投票に際して、裁判官がどんな経歴か自分の子に伝えることこそが民主主義の始まりだという例示としてだった。

「宇賀克也裁判官について。私は『彼はもともとは研究者だよ。補足意見や反対意見をたくさん書いている』と言います」。海外に住む日本人に国民審査権を認めないのは、国民に公務員の選定や罷免をする権利を保障した憲法15条などに違反するとされ、日本で11番目の法令違憲判決となった。

この時のことを宇賀氏は「いきなり自分の名前を言われてびっくりした」と笑うが、実際に複数の口頭弁論を目の前にしてきて、「やはり書類を読み上げるよりも、裁判官を見ながら雄弁に訴えかける口頭弁論は、説得力が大きいと感じた」という。

口頭弁論前に結論は決まっているわけではなく、裁判官は口頭弁論後、評議室に直行し、弁論を踏まえて結論をどうしようかという議論が行われる。しかし、口頭弁論は現状、原審の判決・決定が変わる見込みがあるときに行われることが多い。宇賀氏は「事案によっては、評議を進める前に口頭弁論を行い、それを通じて心証を形成することがあってもいい」とする。

2026年4月現在、戦後、最高裁が法令違憲と判断したのは14件。1973年の尊属殺人が1件目で、2000年以降に9件が集中、2022年以降はほぼ毎年1件出ている。大法廷回付は1年で2、3件程度しかない。

「15人全員での議論は、さまざまな角度からの意見が出され、広く公益につながるため、もっと増やした方がいい」という宇賀氏は、現状を「小法廷の壁がある」と表現する。

5人の小法廷では過半数の3人が同意しないと、大法廷にはいけない。ただ、長官のいる第二小法廷では、一般に4人で審議するので、2対2の同数の場合、大法廷回付になる。事件が分配される小法廷がどこになるかで、大法廷回付されるかが左右されうる。韓国の大法院のように、1人でも異論があれば、大法廷回付することが望ましいという。

最新刊『管見 最高裁判所』(有斐閣)では、こうした学者の立場から見えてきた司法の課題をつづっている。ここに書かれた400ページにわたる記録は、100年後、200年後にも引き継がれる。未来の研究者は、令和の一時代の日本の最高裁のありようを知ることができるのだ。

【宇賀 克也(うが・かつや)氏プロフィール】1955年東京都生まれ。東京大学名誉教授。1978年東京大学法学部卒業後、ハーバード・ロースクール客員研究員、客員教授などを経て、1994年から東京大学法学部教授・同大学院法学政治学研究科教授。2019年3月から2025年7月まで最高裁判所判事を務めた。初学者向けから応用まで行政法の教科書を多数執筆。個人情報保護法、マイナンバー法などの研究で知られ、日本公法学会理事や内閣府の各種委員会委員などを歴任した。2025年9月から長島・大野・常松法律事務所顧問、第一東京弁護士会所属。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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