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「隔絶五輪」会場周辺を歩いて感じたモヤモヤ 外出自粛でも群がる人たち
国立競技場近くの五輪マークで記念写真を撮る人々(2021年7月30日/富岡悠希撮影)

「隔絶五輪」会場周辺を歩いて感じたモヤモヤ 外出自粛でも群がる人たち

新型コロナウイルスの感染者数が急増する中、開催されている東京五輪。日本選手のメダルラッシュが続くが、市民は、その興奮をテレビやネットを通してしか味わえない。

7月下旬、筆者は、聖火台が置かれた東京・臨海副都心地区と五輪マークがある国立競技場の周辺をめぐった。

1万5千歩ほど歩いて見えたのは、画面越ししか許されない「隔絶五輪」の特殊性と、それでもリアルで思い出を作りたい人々の想いだった。(ジャーナリスト・富岡悠希)

●寂しさが漂うスポンサーのパビリオン

歩き回ったのは、大会開始1週間目となる7月30日の昼間。東京都心と臨海副都心を結ぶ「ゆりかもめ」に乗車し、「東京クルーズターミナル駅」で下車した。

改札を出て、右側に折れる。すると、小雨が降りしきる中、「2020ファンパーク」がいきなり目に飛び込んできた。

スポンサー企業のパビリオン(仮設の建築物)がいくつか建ち並ぶが、敷地内はガラガラ。それもそのはず、東京都に緊急事態宣言が発令されたことから、イベントの実施が取りやめとなったからだ。

本来は、世界から来た五輪観客や関係者に、企業が商品などをPRする場だった。

世界的時計会社や国内エネルギー企業、化粧品会社のパビリオンがあった。洒落た外観からするに、かなりのお金がかかっていることがうかがえる。

企業担当者の無念さを思うと、敷地内の寂しさが際立ってきた。

画像タイトル ガラガラの「2020 ファンパーク」(2021年7月30日/富岡悠希撮影)

●「感動」をもたらしているのは間違いないが・・・

もわっとする蒸し暑さの中、北東方向に足を進める。

すぐに3人制バスケットボールやスポーツクライミングの会場となる「青海アーバンスポーツパーク」が左手に出てきた。

身長175センチの筆者より、ずっと高いフェンスが張りめぐらされている。「TOKYO 2020」の文字のほか、「United by Emotion」とも記されていた。

読者は、この英語にピンと来るだろうか? 実は東京五輪・パラリンピックが世界へ発信するモットーだ。

昨年2月に発表されて、参考和訳は「感動で、私たちは一つになる」。

大会開催について、賛否で世論は割れた。開幕後は、日本勢によるメダルラッシュになっているが、コロナの感染拡大も同時並行で進んでいる。

五輪が「感動」をもたらしているのは間違いない。ただし、その感動が「私たちは、一つになる」に直結するのか。海外はいざ知らず、ここ日本は特にどうなのだろうか。

そんなことを考えながら、歩みを進めた。

画像タイトル 「青海アーバンスポーツパーク」周辺道路に設置されたフェンス(2021年7月30日/富岡悠希撮影)

●会場周辺には工事関係者も

この間、周囲を歩いている人は、まばらだった。その中で、IDパスをぶら下げた海外メディアと推測されるノーマスク姿2人組が記憶に残った。

高いフェンスのため、スポーツパーク内部の様子はほとんどわからない。道路からの出入り口も警備員がしっかりガードしているため、中を覗くチャンスもない。

それでも、8月3日から始まるスポーツクライミングで使用する高さ15メートルの壁の上部などは見えた。日本など参加各国の国旗がはためいている様子は、五輪らしかった。

このころになると小雨もやみ、同時に気温も上がってきた。額の汗をぬぐいつつ、青海1丁目の交差点を左折する。道路脇の階段を上がり、プロムナード(遊歩道)に上がった。

先ほどはフェンスが邪魔だったが、こちら側からはスポーツパークの内側まで見えた。

ヘルメットをかぶったおびただしい数の作業員が、「ガチャン、ガチャン」と鉄骨を運んでいた。7月28日に終了した3人制バスケットボールの会場を撤去し、スポーツクライミングの準備をしているようだ。

あまり報道には出ないが、こうした工事関係者も一定数いる。彼らは、日本開催の五輪に直に絡んでいる。ほとんどの一般市民はテレビやネットの画面越しで関わりがない。そんな「隔絶五輪」の中でも、汗水たらして携わる方々がいたことは記憶しておきたい。

画像タイトル 鉄骨を運ぶ作業員の奥にスポーツクライミングの壁がそびえていた(2021年7月30日/富岡悠希撮影)

●マスクを外して記念写真を楽しむ人たち

重い鉄骨を運んでいる方々に心の中で敬礼しながら、遊歩道を先へ先へと進む。ほどなく、お台場と有明の間に架けられた「夢の大橋」へとたどり着いた。

「聖火台の観覧自粛をお願いしています。立ち止まらずにお進み下さい」

ボランティアが日本語と英語でこう書かれた案内を手にしていた。

そこから数十メートル奥にいくと、聖火台があった。ここでも腰の高さあたりまでのフェンスが、聖火から20〜25メートルの地点に張りめぐらされていた。

「観覧自粛」だが、橋の手前と奥側は写真撮影は黙認さていた。ボランティアが持っていた看板も、ソーシャルディスタンスを促すもの。ここで写真・動画を厳しく撮影禁止としても、いらぬ混乱を招くと判断されたのだろうか。

平日の昼だったが、男女、年代問わず、ひっきりなしに人が来る。

「見てみて、あれが聖火台だよ!」

幼児に向けて、テンション高く声かける母親と見られる女性がいた。マスクを外して記念写真を楽しむグループも散見された。

「一生に一度見れるかどうかだよね」「記念になるね」

日本開催の五輪をちょっとリアルで感じられた。そんな嬉しい思い出を作れた喜びにあふれていた。

コロナの感染リスクと不要不急の外出自粛が呼びかけられていなければ、実に喜ばしい空間だった。

画像タイトル 「観覧自粛」となっている聖火台を訪れた人たち(2021年7月30日/富岡悠希撮影)

●五輪マークは「記念撮影待ち」の列

国立競技場近くの五輪マークも、似たような空間になっていた。

聖火台が置かれた臨海副都心地区から、ゆりかもめと地下鉄・銀座線を乗り継ぎ「外苑前」で降りる。

北上していくと、遠くに国立競技場が見えてきた。その手前にある日本オリンピックミュージアムは休館となっていたが、1階にある五輪の公式グッズ売り場は開いていた。

ガラス窓に五輪関係のTシャツが架けられた内部は、かなりの密状態。日本人だけでなく、外国人も土産物をまとめ買いしていた。

筆者も当然、マスク姿だが、デルタ株が猛威をふるっており、短時間で出ることにした。

その奥にある五輪マークは、記念撮影待ちの長蛇の列だった。

中高生ぐらいだろうか。5人組でやってきて、5つの輪の中心に入り写真撮影をしていた。

こちらのグループ同様、カメラやスマホを順番待ちしている次の人に渡して撮ってもらっていることが多かった。その受け渡しの際、除菌シート類を使っている様子を筆者は確認できなかった。

●心のモヤモヤが足にも伝播した

聖火台と五輪マーク周辺の様子は取材できたので、帰ることにした。五輪マーク奥にある「日本青年館前」の交差点を左折し、副都心線の北参道駅に行こうとした。

ところが、直進しようにもフェンスがあって進めない。少し戻ってみると、IDパスを所持しているメディアやボランティアを含む大会関係者でないと無理そうだった。仕方がないので、外苑前方面に引き返した。

このとき、2008年に開かれた北京五輪で、メインスタジアム(通称・鳥の巣)に行ったことを思い出した。陸上男子100メートル決勝などを夏休みを使って観戦した。

異国の五輪は楽しめたのに、自国の五輪では競技場に近づくことすらできない。

コロナ下の五輪は、いかにも特殊なかたちでの開催だった。気付くとスマホの万歩計は、1万5千歩を超していた。

外苑前へと向かう足取りが重かったのは、何も暑さや肉体的な疲ればかりでなかった。この間、考えさせられることが多く、心のモヤモヤが足にも伝播した。

画像タイトル 周辺道路と国立競技場は高いフェンスで仕切られていた(2021年7月30日/富岡悠希撮影)

【関連サイト】 聖火台の観覧自粛のお知らせとオンラインで楽しむ聖火台
https://olympics.com/tokyo-2020/ja/events/olympic-cauldron/

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