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「パパに会いたい」逃げた”日本人父”を探して 500組のフィリピン人母子を救った弁護士の原動力
フィリピンで活動する杉山尊生弁護士(提供写真)

「パパに会いたい」逃げた”日本人父”を探して 500組のフィリピン人母子を救った弁護士の原動力

フィリピンには、かつて日本に「興行ビザ」で渡り、フィリピンパブなどで働いていた女性たちがいる。

彼女たちは日本に滞在中、日本人男性と交際して子どもをもうけたものの、フィリピン帰国後に連絡が途絶えてしまうことが少なくない。こうした子どもたちは「フィリピン新日系人」、あるいは「ジャパニーズ・フィリピーノ・チルドレン」(JFC)と呼ばれる。

そうした子どもの中には、父親の日本人男性に認知してもらえず、養育費も払ってもらえないケースが少なからずあるという。経済的にも困窮していたり、日本側の法的なサポートを受けられず、困っている母子もいる。

そんな中、フィリピン人の母子のために、父親の日本人男性を探し、認知の手続きをおこなったり、養育費の支払いを求める活動をしているひとりが、鳥取県の杉山尊生弁護士だ。約10年前からこの活動を始めた杉山弁護士のもとには、これまで500件以上もの相談が寄せられてきたという。

なぜ、父親の日本人男性は「逃げる」のか。「お父さんに会いたい」という子どもたちの思いはどこにあるのか。フィリピンと日本の間にある問題の背景を杉山弁護士に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●父親の連絡が途絶え、途方にくれるフィリピン人女性たち

杉山弁護士がこの問題に関わるようになったのは、偶然だったという。

杉山弁護士の趣味である剣道の国際大会が毎年、香港で開かれており、10年ほど前に参加した時のことだ。そこで、フィリピン在住の日本人と知り合い、日本人の父親と連絡が取れずに困っているフィリピン人女性のことを紹介された。

「最初は全然、知らない分野だし、そもそもフィリピンのどこのどんな人なのかさっぱりわからないから、すぐに依頼を受けたわけではありません。しばらくはメールでやりとりして状況を確認したりしていました」

その女性はフィリピンの南部にあるミンダナオ島のダバオ市在住だった。

「依頼を受けるかどうか、決めていたわけではないのですが、旅行がてら話を聞いてみようかと思い、現地を訪れました」

杉山弁護士が女性と会って話を聞くと、女性は日本人男性との間に子どもがいるが、その男性と連絡がつかずに困っていた。

「その女性はちゃんと認知してもらいたいと言っていました。子どもが未成年だったので、日本人男性が認知すれば、子どもは日本国籍を取得することができます。

女性はしっかりした方で、そのあたりの制度も理解していて、さらにちゃんと子どもを学校に通わせるために養育費を払ってほしいと望んでいました」

子どもの国籍については、国籍法3条に規定があり、法務省の公式サイトの説明によると、子どもが18歳未満(編集部注:現在の未成年の規定。以前は20歳未満だった)であることや、認知した父または母が子どもの出生時に日本国民だったことなどの条件がある。

法的なサポートを受け、子どもに教育を受けさせたい、父親の国である日本の国籍をとらせてあげたいというのは、母親として当然の願いだろう。しかし、子どもが成人すると日本国籍を取得することが困難になるため、フィリピンの女性たちは法的なサポートを必要としていたのだ。

●「興行ビザ」で来日していたフィリピン人女性たち

その後、ダバオ市の女性はどうなったのだろうか。杉山弁護士が本格的にサポートすることで、無事に父親である日本人男性の居場所がわかり、問題は無事に解決できたという。

杉山弁護士は当初、この問題にそこまで興味を持っていなかったと話す。

「私たちの仕事は依頼者がいて、依頼者に直接会ってどのような問題があるのか、色々と話を聞くところから始まります。ですから、フィリピンにいる女性たちがどのような人たちかわからなかったし、そこまで問題を実感することはできませんでした」

そうした女性たちの多くが、2000年代始めに「興行ビザ」で来日し、フィリピンパブなどの飲食店で働いていたケースだった。2005年以後はビザが厳しくなり、現在そうしたケースは減っているが、「日本人男性からお金を騙しとっていた」という悪いイメージはつきまとうという。

「私自身、偏見がなかったとは言えません。でも、実際に現地に行って、女性たちに会って話を聞いてみて、それは違うということがわかってきました。

ビザを取るためにシンガーやダンサーの資格が必要なのですが、彼女たちは借金をつくって資格を取りやっとの思いで日本にくる。日本に来たら今度は、店側にパスポートを取り上げられたり、小さな部屋で数人で生活させられたりする。

日本人なら月に30、40万円稼げる仕事だけど、彼女たちがもらっていたのは、数万円だったりします。その中から、フィリピンの家族に仕送りして、自由になるお金はほとんどありません。お店と住む部屋を往復するだけの毎日です。そうした中、お客さんの日本人男性に食事やデートに誘われればいっても不思議ではないでしょう」

画像タイトル フィリピンで活動する杉山尊生弁護士(提供写真)

●フィリピンに通い、相談を受ける

依頼を受けた女性以外にも、ダバオ市には同じような問題を抱え、困っている女性たちが多くいた。共通していたのは、日本に出稼ぎに来て働く中、日本人男性と交際し、フィリピンに帰国してから出産したということだった。

フィリピン人女性だけでなく、日本人同士であっても、認知をしなかったり、養育費を払わない父親はいる。

「ですから、国際的な問題というよりも、通常、私たちが依頼を受けている事件の延長という感覚でした。

話してみてわかったのは、経済的な問題もありますが、子どもたち自身に、『お父さんに会いたい』という気持ちがすごく強いということでした。自分のアイデンティティを認めてほしいという気持ちです」

杉山弁護士が最初の一人に手を差し伸べたことによってフィリピンで口コミが広がり、杉山弁護士のもとに相談が寄せられるようになっていった。今では、杉山弁護士一人で対応できないため、数人の仲間の弁護士とともに相談を受けている。

相談から実際に依頼を受けるところまでに至ったケースは、これまでに200件ほどという。かなりの数に思えるがそれでも問題の一部に過ぎないという。

「正確に調査されたものではありませんが、フィリピンには認知されていない日本人の子どもが3万〜5万人くらいいると言われています。現在、日弁連がフィリピンに弁護士を派遣して、現状の調査などに取り組んでいますね」

それでも、杉山弁護士のように2〜3カ月に1度は現地に飛び、依頼を受けている弁護士は他にいない。

●認知や養育費求められた父親たちの「逆ギレ」

実際に、父親である日本人男性を見つけることはできるのだろうか。

「大体、7割くらいはなんとか見つけることができます。交際期間中に知った電話番号から照会したりします。

それから、フィリピンはキリスト教が根付いていますので、赤ちゃんの時に洗礼を受けます。子どもが小さいうちは、まだ父親との関係が良好で、フィリピンまで来て洗礼式に立ち会うケースがあり、そうした場合は教会に父親の資料が残されていて調べることができます」

ただし、フィリピンの母子を放置してきた父親のうち、認知するように弁護士から連絡がきてすんなり応じるのは半分ほどだ。3割くらいは、おそらく「迷惑だ」という感覚から裁判所から認知や養育費についての調停に出るよう要請があっても無視をするという。

「放置していたという後ろめたさもあって、『申し訳なかった』と対応する人もいますし、逆ギレしてくる人もいますケースバイケースですね」

なぜ日本人男性はフィリピンの母子を放置するのか。

「よくあるのは既婚者で、すでに日本で妻子を持っているパターンです。あとは、東南アジアの人たちを軽んじるような差別意識を持っている人もいるのだと思います。相手が日本人女性であればしないようなことを、フィリピン人女性にはしています。

また、父親が高齢となっているケースも多いです。歳の離れた若いフィリピン人女性と交際したものの、今は年金生活者になっていて、なかなか養育費を回収できないこともあります。認知症で高齢者施設に入ってしまっている父親もいます」

画像タイトル フィリピンで活動する杉山尊生弁護士(提供写真)

●認知や養育費の問題「フィリピンに限った話ではない」

この問題が深刻化した理由には、フィリピンの文化的背景もあるという。

「フィリピン側の事情としては、カトリックの人が多く宗教上の理由から避妊や中絶に対して忌避感情があります。

ですので、日本に滞在中、日本人男性と交際すれば妊娠にいたる女性が多くなってしまうのです。しかし、先ほど述べたように相手が既婚者だったりして結婚には至らず、そのうちビザが切れてフィリピンに帰国せざるを得ません。

子どもが生まれれば、日本の興行主も以前のように日本へ呼んでくれなくなります。最初は父親もフィリピンに通ってきますが、お金もかかりますし、やがて疎遠になってぷっつり連絡が取れなくなるのです」

現在、「興行ビザ」の発行が厳格化され、出稼ぎのために日本へ渡るフィリピン人女性は減っている。フィリピンの経済も発展し、必ずしも今はフィリピンの方が貧困にあるとも言えなくなってきている。

しかし、日本人男性がフィリピンを訪れ、女性と交際して子どもが生まれるケースも後を絶たない。今もなお、続いている問題なのだ。

どうしたら、認知したり、養育費を支払ってもらえるようになるのか。

「これは、フィリピン人母子に限った話ではないですね。

私の方では、調停などで養育費が決まった後も、月々の養育費の回収とフィリピンへの送金をおこない、支払いが遅れれば、すぐに相手方に対応するようにしています。

永遠の課題ではないでしょうか。一部の自治体がおこなっているように養育費は行政が立て替えてくれればいいのにと思います」

杉山弁護士は、そうした日本人男性に父親としての役割を果たすよう求めるため、全国の裁判所に足を運び、手続きを進めてきた。

「北海道と沖縄以外の都道府県内の裁判所に行きましたね」と笑う。

「私自身の感覚では、人権意識からというよりも、仕事として興味をもってやってる。フィリピンには依頼をしたい人、日本の弁護士の支援を必要としている人がたくさんいるから、それを引き受けているという感覚です。経済的なメリットはあまりないですけれど」

そう話す杉山弁護士だが、その「仕事」によって、多くのフィリピン人を母親に持つ子どもたちが得られるべき権利を手にすることができていることは間違いない。杉山弁護士の多忙な日々は続いている。

【杉山尊生弁護士プロフィール】
アザレア法律事務所代表。鳥取県出身、一橋大学法学部卒業。1999年、弁護士登録(鳥取県弁護士会)。日弁連理事、鳥取県弁護士会会長などを歴任。剣道は教士七段の腕前。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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