「こういう結果になりましたが、(袴田)巌の身柄は拘束されないとありますので、一安心しています」。1966年に静岡県の一家4人が殺害された袴田事件で、再審開始を認めないとした6月11日の東京高裁決定。記者会見で、袴田巌さんの姉・秀子さんは弁護団に批判を任せ、恨み言を口にしなかった。
たった1つ、秀子さんが語った希望は、「現実を正しい目で捉えていただきたい。それだけお願いします」。
「どっちが出ても構わないと思っていたんです。確かに残念です。でも、50年戦ってきたんです。これからも頑張ります」
再審開始と袴田さんの釈放を決めた2014年の静岡地裁決定から4年。拘禁反応が出ていた袴田さんにも、ようやく笑顔が増え、「幸せ」という言葉が出て来るようになったという。「幸せから縁遠かった。やっと出てきたんです」
しかし、高裁決定が確定すれば、袴田さんは再び拘置所に戻され、死刑が執行される可能性がある。
「良い知らせだったら、分からないまでも(袴田さんに)皆さんからの祝福を味わわせてあげたかった。でも、いつか絶対できると思っています。皆さんに『おめでとう』と言われると信じて、それに向かって平凡ですが、(今回の決定について)余計なことは言わないで暮らしていくつもりです。普通に『ただいま』と帰りたいと思います」
袴田さんは現在82歳。無実を証明するためには、再審開始決定を受けた上で、再審で無罪判決を取らなくてはならない。
弁護団長の西嶋勝彦弁護士は、最高裁での特別抗告審に向けて「時間をかける戦いはしたくない。合理的に短期間で決定を出させ、再審公判に移行させたい。(特別抗告審を長引かせ)袴田さんをできるだけ長く外にいさせるという戦略はとりたくない」と語った。
●「裁判所はそれほど信頼できる存在ではなかった」
秀子さんとは対照的に、弁護団からは高裁決定に厳しい批判の声が上がった。西嶋弁護士は「よもや取り消されるとは思っていませんでしたが、よく考えれば、裁判所はそれほど信頼できる存在ではなかった」ととびっきりの皮肉を込めた。
「検察だけがけしからんのではなくて、司法の一翼を担う裁判所がまともに事実認定の目を持たない。冤罪を出してはならないという意識ではない」
再審を認めた静岡地裁決定では、犯人が着ていたとされる衣類に付着したDNA型が、袴田さんや被害者のものと一致しないという本田克也教授(筑波大)の鑑定書が決め手になった。しかし、東京高裁はこれを「信用できない」と判断した。
「(裁判所は)4年間、何をやって来たのか。本田鑑定に疑問・疑念があるならば、鑑定人尋問で疑問をぶつければ良かった。裁判官からはまともな質問がなかったのに、決定書の中であれこれと批判がましい評価を続けている」
●「批判程度で済ませているからダメ」
村崎修弁護士は、「批判程度で済ませているから(裁判所の不当な判断が)終わらない。二度と起こさせてはいけないという戦いが必要」と怒りを隠さず、「記事にするなら、『冤罪決定』とやってくださいよ。こんなのをまともに受けられないですよ」と記者団に吐き捨てた。