「日の丸」を燃やしたら犯罪になる──。
自民党は6月1日、国旗を損壊する行為などを処罰対象とする「国旗損壊罪」の創設に向けたプロジェクトチームの会合で、法案の条文案を了承した。
国旗損壊罪をめぐっては、「表現の自由」が萎縮するなどとして批判が広がっている。
「国旗を大切に思う国民感情」を守るためだというが、国家が刑罰によって規制する必要はあるのか。「表現の自由」との関係はどう考えるべきなのか。
憲法問題などにくわしい猪野亨弁護士に聞いた。
●自民党案は「多くの問題点」を含んでいる
今回の案で対象となる「国旗」は、国旗国歌法により日章旗(日の丸)となります。
自民党案は、目的や意図は問わず、他人に不快、嫌悪を抱かせる方法で、「国旗として用いられていると社会通念上認められる有体物」としての国旗を損壊する行為を対象とし、「公然と損壊、除去、汚損する行為」を処罰するというものです。
また、実物の国旗を公然と損壊する行為だけでなく、その様子を動画としてSNSで拡散する行為も処罰対象とされています。
一方で、報道によると、次のようなものは明記されないということですが、これまでの説明では対象外とされています。
・お子様ランチの旗
・絵画作品の一部
・アニメやゲーム、生成AIなどによる創作物
しかし、この案には多くの問題が含まれています。
●国旗損壊罪を新設する必要性はあるのか
国旗損壊罪を新設しようとする背景には、国旗という以上に「日の丸を毀損することが許せない」という発想があります。
その際に持ち出されるのが、「国旗を大切に思う国民感情」を保護するという考え方です。しかし、これはあまりに抽象的です。
しかも、そこでいう国旗とは「日の丸」なのですから、どうしても政治的、思想的意味合いが強くなります。
日の丸は、アジア諸国への侵略の象徴として受け止められてきた側面があります。戦後も同じ国旗を使い続けるという選択をした以上、「国旗を大切に思う国民感情」一般を保護法益にすることには無理があります。
●現行法でも対処できるが…本質はそこではない
他人が所有する国旗を損壊する行為は、現行法でも器物損壊罪に該当します。式典などに掲揚されている国旗を損壊した場合も同様です。
そのため、「現行法でも対処できるのではないか」という反対論の理由の一つとして挙げられます。
しかし、国旗損壊罪を制定したい側の意図は、まさに自己所有の国旗を損壊する場合も処罰したいという点にあるので、「現行法でも足りる」という議論とは噛み合っていません。
問題の本質は、「自己が所有する国旗を毀損する行為に対して、国家が刑罰を科してまで禁止できるのか」という問題です。
そもそも、国旗が毀損されることで秩序が保てなくなっている状況は、現在の日本にはありません。仮に、そのような状況があったとしても、それだけで刑罰を科してもよいことにはなりません。
国旗が毀損される状況が社会秩序を乱すほど広がっていたとすれば、それは国家に対する反対意思の表明と考えるべきです。
その場合、処罰によって対処するのではなく、政治のあり方そのものを根本から考えるべきでしょう。それこそが民主主義の要請でもあります。
●「不快」「嫌悪」という曖昧さ
今回の案では、「公然と損壊、除去、汚損する行為」のうち、「他人に不快、嫌悪を抱かせる方法」に限定するとされています。一見すると、処罰範囲を限定したようにも見えます。
しかし、「不快」「嫌悪」は極めて主観的なものです。どこまでが許され、どこからが処罰されるのか、一義的な線引きはできません。
その結果、「どこまでが表現として許されるのかわからない」という萎縮効果が生じます。そして最終的に、国旗を損壊する行為そのものが、広く処罰対象とみなされる危険があります。
結局のところ、損壊行為そのものが広く処罰対象となると考えたほうが実態に近くなるでしょう。
自民党案では、憲法の「表現の自由」を不当に侵害しないように留意しなければならないとの一文が入るということです。しかし、そもそもが「表現の自由」を侵害するものであり、その一文はまったく歯止めになることはありません。
●「お子様ランチの日の丸」は本当に対象外なのか
今回の案では、お子様ランチの旗が対象外と説明されています。
しかし、たとえば、お子様ランチの日の丸を公開の場で燃やした場合、本当に対象外と言い切れるのでしょうか。
現時点では、「実物の国旗ではないから対象外」という整理かもしれません。アニメ等も同様です。
しかし、いったん国旗損壊罪が成立すれば、処罰範囲を拡大するハードルは大きく下がります。
仮に、「お子様ランチの日の丸なら問題ない」という形で、そうした対象物を使った損壊行為が広まれば、当然に「それも処罰対象にすべきだ」という議論が出てくるでしょう。
すでに「国旗を大切に思う国民感情」という保護法益を前提とした法律が成立しているからです。
そうなると、国旗損壊罪は、いつの間にか「国旗侮辱罪」に変質しかねません。
「国旗を大切に思う国民感情」からすれば、問題となるのは毀損だけでは済まないからです。
●SNS拡散まで処罰対象とする危うさ
今回の案の特徴は、SNSでの拡散まで処罰対象に含めたことです。
侮辱罪や名誉毀損罪でも、インターネット上の発信は処罰対象になります。
しかし、国旗損壊罪は、個別の被害者を保護する名誉毀損罪などとは性質が異なります。
SNSは、良くも悪くも匿名性があります。
国家の政策に反対する人たちにとっても、匿名で意思表明できる重要な手段です。
しかし、その発信内容が「国旗損壊罪の疑いがある」となれば、広範な投稿が捜査対象となりえます。
疑わしいというだけで、プロバイダに対する発信者情報開示などを通じて、国家が情報を把握、管理することにもつながります。
また、捜査機関による削除要請や、プラットフォーム側の「自主規制」によって、表現への介入が進む危険もあります。
これは、個人の権利保護を目的とする名誉毀損罪などとは根本的に異なります。
結果として、SNSへの投稿そのものが抑制され、「表現の自由」や民主主義が危うくなります。
●立法過程にも疑問
自民党が国旗損壊罪をまとめた背景には、高市首相の強い意向があるとも報じられています。
しかし、それでは「国会は全国民の代表である」と定める憲法43条の建前から乖離し、政治の私物化とも言われかねません。
自民党は先の総選挙で多数議席を得ましたが、それは「自民党のための政治」を白紙委任されたわけではありません。
あくまで全国民の代表として政治をおこなうべきで、その立場を軽視してはならないでしょう。
●「表現の自由」の試金石
海外でも、国旗損壊を処罰する国は少なくありません。
ただ、日本国憲法は、「表現の自由」を重視するアメリカ憲法の流れを受けています。
そのアメリカでは、星条旗を損壊する行為を処罰する法律について、違憲判断が示されています。
こうした不快な表現に対し、国家がどこまで寛容でいられるのか。それ自体が、「表現の自由」や民主主義の試金石ではないでしょうか。
もちろん、日の丸を燃やす行為に共感できないという人は多いでしょうし、そのやり方への批判も当然にあります。
しかし、それを国家が刑罰によって取り締まることは、まったく別問題です。
日の丸を尊重するかどうかは、本来、国民一人ひとりの自由であるべきです。
刑罰によって抑え込むやり方は、結果として「日の丸には関わらないほうがいい」というタブーを生み出しかねません。
力による取り締まりは、民主主義というより、むしろ全体主義的な発想に近づいていく危険性を持っています。