岡山県倉敷市で5月13日、30代の知人女性のハンドクリームに体液を混入させ、女性の手に塗らせたとして、20代の会社員の男性が不同意わいせつと器物損壊の疑いで逮捕された。
RSK山陽放送によると、男性は容疑を認め、警察は余罪についても調べているという。
体液を他人の所持品や飲食物に混入する事件は、これまでも繰り返し報じられてきた。ただ、従来の報道で目立っていたのは「器物損壊罪」での立件だ。
今回のように「不同意わいせつ罪」が適用されるケースは珍しいのだろうか。両者の間には法定刑にも大きな差がある。
近年、体液混入事件は刑事実務の中でどのように位置づけられているのか。性犯罪にくわしい奥村徹弁護士に聞いた。
●所持品や食品への体液混入が「わいせつ行為」とされていなかった時代
──体液混入事件はどのように扱われてきたのでしょうか。
これまで刑法上の「わいせつ行為」とは、「いたずらに性欲を興奮または刺激させ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう」と理解されていました。
たとえば、目の前の人に向けて射精し、精液を付着させる行為については、この定義に照らして「わいせつ行為」と判断された例があります。(東京地裁平成6年12月20日判決、奈良地裁平成30年12月25日判決、山形地裁平成31年3月12日判決など)
一方で、所持品への付着や食品への混入については、被害者の目前でおこなわれるものではないことから、従来は「わいせつ行為」とまではされていませんでした。
●転機となった2017年の最高裁大法廷判決
──近年はどうなのでしょうか。
ところが、最高裁大法廷(平成29年11月29日)は、強制わいせつ罪の成立に必ずしも犯人の性的意図は必要ないと判断しました。
この判決は、従来の「わいせつ行為」の定義をとらないことに加え、あえて明確な定義をしないことを明らかにしました。
その後の実務では、「客観的に性的意味合いがある行為で、ある程度の強度があるもの」であれば、わいせつ行為にあたるという、比較的ゆるい説明になり、「目の前の人に対して」という要件も、以前ほど重視されなくなっています。
体液混入や所持品への付着は「非接触型わいせつ行為」(研修860号3頁)と呼ばれる類型として整理されています。
典型例としては、遠隔地にいる児童にメールなどで裸の画像を送らせる行為が、不同意わいせつ罪(刑法176条3項)にあたるとされています。
●近時の判例では
──体液混入も「不同意わいせつ罪」にあたると。
最近の刑事裁判でも、体液混入行為に不同意わいせつ罪を適用できるかが争点となっています。
◇長野地裁松本支部判決(令和6年10月30日)
この裁判では、被害者が持っていたガム入りガムボトルの中に被告人の精液を混入させた事件が審理されました。
被告人が事情を知らない被害者に対して、このガムボトル内に混入した精液に触れさせるなどしようとしたものの、被害者が混入していた体毛に気付いたため目的を遂げなかった事案です。
裁判所は、この行為について、不同意わいせつ未遂罪と器物損壊罪の成立を認めています。
一方、同じ事件では、被害者所有のウェットティッシュ袋内のウェットティッシュに被告人の精液を付着させ、被害者にウェットティッシュを手でつかませて精液を手に付着させた事案についても問題となっていました。
しかし、こちらについては「わいせつ行為」(未遂)とまではいえず、器物損壊罪のみ成立すると判断されました。(鈴木美香検事「身体への接触を伴わない行為の『わいせつな行為』(刑法176条)該当性に関する判断が示された事案」警察公論81巻1号83頁)
◇松山地裁判決(令和7年5月14日)
被告人が、被害者のリップクリームに精液をつけるなどした行為が罪に問われた事件です。
被告人は、被害者の化粧ポーチからリップクリームを取り出し、舐め回したうえで、さらに陰茎にこすりつけて精液などを付着させました。その後、このリップクリームを再びポーチに収納して、何も知らない被害者にこのリップクリームを口唇に塗らせたという行為が問題とされました。
裁判所は、この行為について不同意わいせつ罪の成立を認めました。
性的関係を自分の意思で結んだ相手以外の精液などに、口唇で触れることは、性的意味以外の社会的意味を想起することはできないし、間接的とはいえ、被害者が著しい精神的苦痛を感じるであろうことは容易に想定されるから、その性的意味合いの強さは、刑法176条による非難に相当する程度に達していると認められる──というのが成立の理由です。(最高裁平成29年11月29日大法廷判決刑集71巻9号467頁参照)。
●ハンドクリームに混入し手に塗らせる行為は「不同意わいせつ」
──結局、どう考えればいいのでしょうか。
ここまで述べてきたように、近年は「わいせつ」の定義がゆるく、特に非接触型事案では、どこまでが「わいせつ行為」にあたるのか、範囲も定まらない状況です。
ただ、「ハンドクリームに混入し、女性に塗らせる」「飲食物に混入させ、飲ませる」といった行為は、直接身体に接触していなくても、精液に手を触れさせたり、口にさせたりする点で、強い性的性質を持つことは明らかでしょう。
そのため、「客観的に性的意味合いがある行為で、ある程度の強度があるもの」として、不同意わいせつ罪が適用される可能性は十分にあると考えられます。
器物損壊罪の法定刑は「3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金もしくは科料」ですが、不同意わいせつ罪は「6月以上10年以下の拘禁刑」です。
当初は器物損壊罪で逮捕されたとしても、その後、不同意わいせつ罪で起訴されるケースもありうるでしょう。