1999年に名古屋市で発生した主婦殺害事件は、26年を経て被疑者が逮捕されるという急展開を見せた。
名古屋市西区のアパートで1999年11月、主婦の高羽奈美子さん(当時32歳)の首などを刃物で刺して殺害した疑いがあるとして、69歳の女性がこのほど、殺人容疑で愛知県警に逮捕された。
報道によると、県警はこの女性について、今年8月から任意で複数回事情聴取していたという。女性は当初、DNA型鑑定を拒否していたが、10月30日に出頭して検体の採取に応じた。現場に残された血痕のDNA型と一致したことから逮捕に至ったとされる。
今回のケースでは、女性に「自首」は成立するのだろうか。また、もしこの女性が犯人だった場合、26年間逃げ続けたことで刑が重くなることはあるのだろうか。刑事事件にくわしい澤井康生弁護士に聞いた。
●逮捕された女性に「自首」は成立する?
──今回逮捕された女性に自首は成立しますか?
「自首」とは、犯人が捜査機関の取り調べを待たずに自発的に自己の犯罪事実を申告し、その処分を求める行為をいいます(刑法42条1項)。
自首が成立すると、裁判官の裁量によって刑が軽くなる「任意的減軽事由」になります。
判例上、自首が認められるのは「犯罪事実がまったく捜査機関に発覚していない場合」または「犯罪事実は発覚しているがその犯人が誰であるかまったく発覚していない場合」とされています。
今回の事件の場合、現時点では逮捕に至った詳細はわかりませんが、犯罪事実自体はすでに発覚しており、女性が複数回取り調べを受け、DNA鑑定も求められていたという経緯からみて、捜査機関はすでに犯人を相当程度絞り込んでいたと考えられます。
そうすると「犯人が誰であるかまったく発覚していない場合」には該当せず、自首は成立しない可能性が高いといえます。
なお、「出頭」というのは、犯人が特定された後に自ら捜査機関に出向く行為をいいます。自首のように刑を軽くする効果はありませんが、量刑を決める際に情状酌量の一要素として考慮されることがあります。
●26年間逃げたことで罪は重くなる?
──事件後に逃げ続けたことで、罪は重くなりますか?
刑期は、犯罪の結果の重大性や悪質性、動機・経緯、被害者への対応、反省の態度、前科前歴、年齢や健康状態など、被告人に有利な事情・不利な事情をすべて総合的に考慮して決定されます。
もし女性が犯人だった場合、26年間にわたり逃げ続けていた事実は「反省していない」と判断されるだけでなく、社会的影響の大きさも重く見られるでしょう。
報道では、女性は「家族に迷惑をかけたくなかった」と弁解しているとされますが、自ら殺人を犯しておきながらそのような主張をするのは身勝手であると受け止められる可能性があります。
したがって、26年間逃亡していた事実を踏まえれば、通常の殺人事件(1人を殺した場合)よりも刑が重くなると考えられます。
●事件と「時効」の関係は?
──今回の事件で、「時効」はどのように影響しますか?
被害者宅に侵入して殺人を犯した疑いがあるため、「住居侵入罪」と「殺人罪」が成立します。住居侵入は殺人の手段としておこなわれたと考えられるため、両罪は「牽連犯(けんれんぱん)」の関係にあります。この場合、最も重い刑で処断されます(刑法54条1項後段)。
殺人罪については、2010年の法改正により公訴時効が廃止されています。一方、住居侵入罪の公訴時効は3年ですが、牽連犯に該当する場合には、最も重い罪の法定刑を基準とし、時効の成否を判断すべきとする判例(東京高裁昭和43年4月30日判決)があります。
したがって、今回の事件では殺人罪を基準として判断されるため、住居侵入罪を含む一連の犯行についても公訴時効は完成しておらず、起訴することができるという結論になります。