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通り魔的事件で活躍、防犯カメラの「リレー捜査」 逮捕につながっても「裁判の証拠」としては弱い? 元警察官僚の弁護士が解説
街中の防犯カメラ(Rise / PIXTA)

通り魔的事件で活躍、防犯カメラの「リレー捜査」 逮捕につながっても「裁判の証拠」としては弱い? 元警察官僚の弁護士が解説

今年1月、JR長野駅前で男女3人が襲われて1人が死亡した事件で、現場から逃走したとされる男性が逮捕されたのは、事件発生から4日後だった。その間の捜査手法として、複数の防犯カメラ映像をつなげる「リレー捜査」が注目を集めた。

街中で見かけることも珍しくなくなった防犯カメラだが、撮影記録が事件収束への決め手となったケースは過去にもある。

2021年8月、東京メトロ白金高輪駅で起きた硫酸事件も、防犯カメラを駆使して事件発生4日後に逃走していた被疑者を沖縄県内で逮捕した。

2024年12月に北九州市のファストフード店で中学生の男女2人が襲われ女子生徒が死亡した事件も、5日後の被疑者逮捕につながったのはリレー捜査だったとされる。

さまざまな事件で威力を発揮しているリレー捜査だが、犯人特定の証拠として本当に十分なのだろうか。裁判で有罪に導くまでの決定打として機能しているのかどうか、刑事事件にくわしい澤井康生弁護士に聞いた。

●「通り魔的な事件」に有用性

今回の長野駅前殺傷事件や、北九州市で中学生が刺殺された事件ではm現場周辺の防犯カメラ、車両のドライブレコーダーなどを回収して、つなぎ合わせることで犯人が犯行前にどこから来たのか(いわゆる前足)、犯行後どこに逃走したのか(いわゆる後足)を明らかにする防犯カメラによる「リレー捜査」がおこなわれ、比較的早期に犯人を逮捕することができました。

犯人と被害者との間に何らの人間関係もない通り魔的な事件の場合、被害者の交友関係から犯人を割り出すことができないため、リレー捜査の有用性が高く認められます。

●防犯カメラ映像は「間接証拠」にすぎない

しかし、リレー捜査で犯人にたどり着き検挙できた場合でも、裁判では防犯カメラの映像だけでは犯人を有罪にすることはできないのです。

たとえば、防犯カメラに犯人が殺人の実行行為をおこなっている瞬間が録画されていた場合において、被告人が「その人物は自分ではない」として犯人性を争ったとします。

このような場合、防犯カメラ映像に映った犯人と被告人の同一性が争われることになります。

警察の科学捜査研究所(科捜研)は防犯カメラ映像に映った犯人と被告人の写真を対比して顔貌(がんぼう)の異動識別鑑定(顔貌鑑定)をおこない、鑑定書を作成します。この顔貌鑑定書が証拠として裁判に提出されることになります。

一般的に、顔貌鑑定は犯行を直接証明できる「直接証拠」ではなく、当該犯行を推認させる間接事実を証明するための「間接証拠」として扱われています。

たとえば、裁判例においても「防犯カメラ映像に映る犯人の顔貌を基にした異動識別鑑定は確立した手法ではなく、鑑定人の主観的判断による部分が大きいものであるし、資料となる画像の質等によって相当左右されるから、同鑑定の結果はあくまで間接証拠の1つにとどまる」と判断されています(大阪高裁令和5年4月20日判決)。

事実認定のプロセスをざっくり表現すると、まず第1段階で顔貌鑑定結果により犯人の顔貌と被告人の顔貌に類似性が認められるということを証明し、第2段階で類似性が認められることにより犯人と被告人は同一人物であるということを証明することになります。

●「研究員の評価が入る」ため鑑定の中身も厳しく判断

通常、科捜研における顔貌鑑定では「形態学的検査」と「スーパーインポーズ法」を総合して異動識別を行っています。

形態学的検査は、画像に撮影されている犯人の顔の輪郭や構成部位を鑑定人が観察し、形状を分類して、被告人のそれと比較する方法です。

スーパーインポーズ法は、犯人と被告人の双方の顔画像を重ね合わせ、顔部輪郭線の形状および顔面各部の位置関係について異同識別をおこなう手法です。

これらの手法を用いて、科捜研の研究員が「類似性が認められる」とか「相違性が認められる」旨の判断をおこない、鑑定書を作成します。

顔貌鑑定の場合、DNA鑑定や指紋鑑定のように数値やデータできっちりシロクロが出るわけではなく、最後は科捜研の研究員の評価と判断によらざるを得ない点が大きく異なります。

そのため、裁判では顔貌鑑定について、形態学的検査とスーパーインポーズ法のそれぞれについて、異動比較の手法や分析過程の合理性に関して相当慎重に判断されることになります。

裁判例でも「手法に合理性があるというだけで顔貌鑑定に識別力があるなどと速断することはできない。顔貌鑑定の評価に当たってはDNA鑑定や指紋による個人の識別に対する評価とは相当に異なる面があることを意識した検討が必要である」と判断されています(福岡高裁令和元年11月14日判決)。

●無罪となった事例「珍しくない」

前述のとおり、裁判例は、顔貌鑑定の識別力を相当慎重に評価するスタンスなので、犯人性を立証する主たる証拠が顔貌鑑定のみのケースでは、識別力が否定されて無罪とされたものも散見されます(前述の福岡高裁令和元年11月14日判決など)。

防犯カメラ映像によるリレー捜査は無差別的な通り魔殺人事件などにおいて犯人を特定する有力な捜査手法ですが、裁判になった場合、防犯カメラ映像は間接証拠の1つにすぎず、それだけでは証拠としてあまりにも弱いので、それ以外の直接証拠や間接証拠も確保しておくことが重要です。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

プロフィール

澤井 康生
澤井 康生(さわい やすお)弁護士 秋法律事務所
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官(2等陸佐、中佐相当官)の資格も有する。現在、早稲田大学法学研究科博士後期課程在学中(刑事法専攻)。朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。

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