2019年秋、福岡市の住宅街で不審火が相次いだ。逮捕された34歳の男性には放火の前科があり、刑務所を出た次の日から再び火をつけ始めていた。
2020年春に懲役7年の判決を受けた際には、放火をやめることについて「正直、自信がない」と語っていた。
それから約5年。彼は今、どのように受刑生活を送っているのか。獄中から届いた30通を超える手紙の一部を紹介する。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●「火を付けた後、ムシャクシャした気持ちがスッと軽くなる」
男性の実刑判決が確定した2020年春、国内では新型コロナウイルスの感染が広がり始めていた。
どんな場所を狙って火をつけていたのか。放火する時はどのような気持ちだったのか。
手紙のやり取りを通して多くの質問を投げかける記者に対して、男性は毎回返信を忘れることはなかった。
「放火をする前に下見をすることは一切しません。放火する当日に自転車や徒歩で、偶然通り掛かった場所に放火をしていました」
「どのような場所を狙って放火をしていたかについてですが、人目につきにくい様な細い路地にある倉庫や車庫を中心に狙って、放火を繰り返していました」
「火を付ける前の気持ちは、早くムシャクシャしたストレスを解消したいので、“早く火を付けたい、火を付けたい”という気持ちでした」
「火を付けた時の気持ちは、はじめから倉庫なり車庫なりを燃やす目的で放火していますので、“もっと大きな炎が見たい、燃えろ、燃えろ”と建物が燃える様子を見て、コウフンをしていました」
「火を見ていると、何だかハクリョクがすごくてコウフンしますし、燃えている時の音もすごいなという気持ちになります」
「火を付けた後の気持ちは、ムシャクシャした気持ちはスッと軽くなりますが、完全にムシャクシャした気持ちが解消される訳ではありません。
それと同時に、またこんなことをしてしまったという後悔の気持ちもあります。でも、また嫌なことがあると放火はいけないことだと分かっていながら気付いたら放火をしていました」(2020年4月27日付け)
男性は放火を繰り返して刑事施設と社会との間を往復してきた。2020年に再び刑務所に収容されて以降、30通を超える手紙を記者とやりとりしてきた
●「社会に出てまた放火してしまうんじゃないかと不安」
拘置所から刑務所に移送された際には、受刑生活への意気込みを次のように語っていた。
「今回の懲役7年という判決は、私にとって色々なことを考える為の大切な時間になるんじゃないかと思います」
「35歳という若い時期に刑務所に7年間入らなければいけないことについては、正直、無駄なことだと思います。まじめに社会で生活をしていれば、刑務所に入るようなことは無いし、仕事も充実、プライベートも充実した生活を送っていると思います。気持ちはとても複雑ですが、私が犯した過ちなので前向きに受け止めていくしかありません」(2020年8月20日付け)
「刑務所の中は嫌なことがあってもストレスのはけ口が無い為、我慢ばかりしないといけないので、精神的にしんどいです。
今回の受刑生活で二度、我慢が爆発して失敗をし罰を受けて工場も変わりました。私もまだまだ未熟者だなぁーと反省しています。
今は刑務所の中にいるので、何とか自分を抑制できていますが、社会に出て嫌なことがあった時にそれが積もり積もってまた放火をしてしまうんじゃないかと、不安でいっぱいになる時があります」(2022年4月3日付け)
2025年1月に男性から送られてきた年賀状
●理想と現実のギャップ 「外にいても刑務所にいても一緒かなと」
「刑務所の中で作業をしていても人より仕事が遅いし、容姿が変という理由で他の人達から小馬鹿にされることもあります。
そのことを誰かに相談したくても、相談を聞いてくれる人が周りにいないのでストレスが溜まる一方です」
「前にもお話ししましたが、自分が思い描いていたことと現実がうまくいかなかった場合、どれだけ努力しても自分自身が馬鹿らしいし、外にいても刑務所の中にいても一緒かなと思っています」(2022年5月6日付け)
再び刑務所に戻った彼は、唯一頼れていた姉と連絡が取れなくなった。そんな状況も彼の不安を増大させているように見えた。
「私と連絡を取りたくないのかなぁと、変な考えばかりが浮かんできて不安でいっぱいです」(2022年8月23日付け)
男性が懲役7年の実刑判決を受けた福岡地裁(KAZE / PIXTA)
●社会復帰後の意気込みと不安
出所後の就職先が決まった際は喜びの感情が行間から滲み出ていた。
「これが、私が人生をやり直す為の本当に最後のチャンスだと思っています」
「私を採用して下さった協力雇用主の方の気持ちを裏切ることなく、まじめに頑張って働こうと思います」(2023年6月7日付け)
「出所者の立ち直りや支援をして下さる方々がいることで、社会にさんざん迷惑をかけてきた私でも必要とされていると思うと、とてもありがたいですし、“もう一度人生をやり直してみよう”という気持ちを持てるきっかけにもなります」(2023年8月23日付け)
一方で、負の感情に襲われることも珍しくない。
「社会復帰して会社の寮に入る訳ですが、その時に同僚の人達からどう思われているのか、とても気になりますし、輪の中に入って上手な人間関係を築いていけるのか、とても不安です。
私自身、率先して話しかけることが得意ではありませんし、その環境に慣れるまで人より時間が掛かってしまいます。
前回、慣れない環境と人間関係に息詰まって自暴自棄になり、失敗をしています。もう同じ失敗はしたくありませんし、これが私が人生をやり直す最後のチャンスだと思っています」
「同じ失敗をしない為の改善方法として、自分に自信を持つということも大事なんじゃないかなと思っています。
私はこれまでの人生のなかで、母や姉から色々な面で私がチャレンジしようと思っていることに対して、否定されることが多々あって自分の中で目標にしていることがあっても、それを途中で諦めるということがたくさんありました」(2024年3月13日付け)
「今も火をつけたいという気持ちがおきるかについては、全く無いという保証はどこにもありません」。放火を繰り返してきた男性の獄中からの手紙にはそう書かれていた
●「もう誰も悲しませてはいけない」
犯罪や交通事故で亡くなった被害者の写真や遺品などが展示される「生命のメッセージ展」が服役している刑務所で開かれた際には、次のような感想を送ってきた。
「理不尽な理由によって、家族を亡くされた被害者遺族の方々の悲しみ、苦しみ、加害者への怒り、憎しみ等の感情は当事者本人にしか理解できないものがありますが、私はこのメッセージ展を通して被害者やその家族の方々の心情を理解する上で、とてもいい経験になりましたし、実際に被害者遺族の方々の心情に感情が動かされて、同じ気持ちになることが何回もありました」
「私達受刑者は、出所しても自分が犯した過ちから目を反けず、自分が置かれている現実に正面から向き合って、マジメに生きていくことが被害者の方々に対しての償いになるんじゃないかなと思います。
現実から目を反けて楽な方へ逃げようとすれば、また再犯することになってしまうでしょうし、新たな被害者を作ることになって、誰かを再び傷つけたり悲しませる結果となり、自分自身も辛い思いをしてしまいます。
もう、誰も悲しませてはいけないし、自分自身も苦しんだり辛い思いをするような結果を作ってはいけないと、改めて考えさせられたような気がします」(2024年9月18日付け)
「火を見ていると、何だかハクリョクがすごくてコウフンします」。福岡市内の連続放火事件で実刑判決を受けた男性は当時の取材に、火を付ける理由をそう説明した
●放火を繰り返してきた理由とは?
今度出所した後に再び放火に走らないため、塀の中ではどのような処遇が実施されているのか。そんな記者の質問にはこう返事があった。
「窃盗犯罪、性犯罪、薬物犯罪、この3つに対してはそれぞれに合ったプログラムが実施されていますが、私のように放火犯罪を犯した人達に対するプログラムや処遇というのは、刑務所内では実施されていません」
これまで放火を繰り返してきた理由について、現在は次のように受け止めていると明かした。
「放火を繰り返してしまう理由や原因については、一番はストレスを解消するためという理由が大きいのですが、他には孤独感や社会に適応できない自分への嫌悪感だったり、私は他の人と比べると自己抑制力等の感情をコントロールする能力が乏しい部分があるので、そういった理由や原因が今まで何度も積み重なって放火を繰り返しているのだと思っています」
男性は出所後の不安や葛藤を抱えながら刑務所での生活を送っている(写真はイメージ、弁護士ドットコムニュース撮影)
●「この刑務所生活が私にとって更生する本当に最後の機会」
そして、服役してから5年が経とうとする中、約2年後に迫った社会復帰への意気込みをこう綴っていた。
「今は自由のない刑務所の中なので、問題や事故を起こしても、調査・懲罰という処分で済まされていますが、これが社会だったら軽い処分では許してもらえないと思います。
今も火をつけたいという気持ちがおきるかについては、全く無いという保証はどこにもありませんが、今は出所後の身元引受人や住む場所や仕事が決まっていて、出所後の生活を大切にしたいという気持ちの方が強いので、火をつけたいという気持ちはおきていません」
「今は社会復帰後の色々なことに対して前向きに考えて生活が送れていると思いますし、また、私は今まで何度も同じ失敗を繰り返して更生する機会を失ってきましたが、この刑務所生活が私にとって更生する本当に最後の機会なので、そのことを常に考えて生活を送れば、『放火をする』という考えも起きないのかもしれません」(2024年12月11日付け)