日本では毎年、“疑い”を含めた放火が約4000件発生している。事件化されなかったり原因が特定されなかったりするものも多いが、一人の人間が何度も放火を繰り返しているケースが実は少なくない。
なぜ、火を付けるのか。「バレていると思ったがやめられなかった」「やめる自信がない」ーー。
連続放火犯たちの言葉から浮かび上がったのは、心の安定を炎に求めようとする姿だった。中には依存症のような放火癖を持つ者もいるとみられるが、日本では十分なデータや研究がなく実態は不明だ。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●「もうバレてる」 それでも衝動的に放火
「火を見ていると、心の冷えている部分を暖め直してくれる、自分の感情を修正しているところがあります」
2023年12月〜2024年1月、栃木県や群馬県の山に火を放ったとして起訴された男性(52)はそう打ち明けた。
何度も口にしたのは「ストレス」という言葉だった。
30代の時に同棲していた女性と別れた際、自宅に残された女性の荷物を畑で燃やして処分した。
「その時、火を見ていてとてもすっきりしましたね」
今回の事件も同じ引き金だった。酒に溺れた知人を受け入れ、生活をともにしながら仕事の面倒を見ていたが、1年ほど経った後、連絡なく姿を消した。
半年間は彼が置いていった衣服などに触れなかったが、不満が溜まり全て燃やした。
「全部片付いた時はすっきりしましたね。同棲相手と同様、部屋に残っていた荷物を見る度に感じたストレスも失くなりました」
日常で抱える負の感情のはけ口として、徐々に火をつけることに依存するようになった。そして、他人の目を避けるため足は山に向かうように。
「夜1人になった時に、どこの山で火を着けよう、時間的にも真夜中でちょうどいい、等と考え始めるのです」
山中に放火するようになって間もなく、地元では不審火が相次いでいると騒ぎになった。だが、衝動は抑えられなくなっていた。
「もうバレていると思いました。森林を物色している時、山道の入口で検問にもあい、別の日には防犯中のパトカーともすれ違ったり…。それでもやめなかった…。やめられなかったですね。やめられない自分にストレスを感じていました」
山林への放火を繰り返して実刑判決を受けた男性は「見栄がありました」と吐露した(弁護士ドットコムニュース撮影)
●重罪の放火、暗数も多く 被疑者らが語る短絡的な動機
令和6年版の犯罪白書によると、2023年の放火の認知件数は766件で、近年は減少傾向にある。同じ年の殺人は912件だった。
一方でこんな数字もある。消防白書で火災の出火原因をみると、2023年の「放火」は2495件。「放火の疑い」を含めると4111件に上る。
連続放火事件は直近1年だけでも山形や神奈川、埼玉、愛知などで相次いでおり、中には消防団員による犯行も散見される。
現住建造物等放火罪(刑法108条)が死刑までを定めている通り、放火は重罪だ。だが、逮捕された被疑者の多くは「むしゃくしゃした」などと短絡的な動機を供述している。
2024年夏に不審火が相次いだ神奈川県の県営団地では、今も焼け跡が残っている(2025年2月16日、神奈川県川崎市で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●放火犯のデータ不足 進まない治療的アプローチ
アメリカ精神医学会の診断基準には「Pyromania(パイロマニア、放火症)」という記載がある。
龍谷大学名誉教授で犯罪学が専門の石塚伸一さんによると、日本では治療的なアプローチは進んでおらず、放火犯に関するデータや知見が十分に積み重ねられていないという。
そのことを前提に、石塚さんは放火を繰り返す人には次に挙げるようなタイプがみられると説明する。
1.弱い立場の者が強い立場の者に対する反抗として行う行為
2.性格の偏りから生まれる行為
3.心の安定を得るための行為
4.同情されたいという気持ちから生じる行為
5.自身の活躍の場を作るための行為
「何か事件を起こす時、人間は自分の最も得意な方法を選びます。それが薬物か、性問題行動か、ギャンブルか、放火かはその人の生育環境や体験で決まる。同じ放火という行為でも背景にある事情は違います」
石塚さんはそう話す。
龍谷大学名誉教授の石塚伸一さん(2025年1月28日、東京都港区で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●出所翌日に再び放火 何度も服役した男性「燃えるのを見てコウフン」
放火をやめられず、塀の中と外を行き来する人もいる。
2019年秋、福岡市で車庫や物置小屋が焼ける火事が相次いだ。逮捕されたのは近くに住む当時34歳の男性。
「もっと大きな炎が見たい、燃えろ、燃えろ、と建物が燃える様子を見てコウフンをしていました」
過去にも放火で服役し、刑務所を出た翌日から再び火を付け始めていた。
母子家庭で育った彼は、小さい頃から母親とよく衝突した。「母はいつも怒っていて、何も悪いことをしていないのに私に八つ当たりしてきました」。
イライラする度に家のライターを持ち出し、落ち葉などを燃やした。小3の時に空き家を全焼させ、児童相談所へ。その後も少年院、少年刑務所、刑務所を出入りした。
彼は障害者手帳を持っていなかったが、小学生の時に母親から「知的障害がある」と言われていたという。中学では特別支援学級に通い、彼自身、「知能指数が低かったと自覚してます。相手と対話するための話のきっかけを見つけることが私にはうまくできません」と打ち明けた。
社会に戻ってわずか1日。にもかかわらず再犯に及んだ理由を、彼は「孤独感や会社の人とうまくいかないストレスなどが積み重なった」と説明した。
2020年3月、福岡地裁で懲役7年の判決が下された。
「火を見ていると、何だかハクリョクがすごくてコウフンします」。福岡市内の連続放火事件で実刑判決を受けた男性は当時、火を付ける理由をそう説明した
●放火やめる「自信ない」 刑務所暮らしで見えた変化
刑務所に戻った当初、彼は「正直、放火をやめる自信がない」と語っていた。
それから今年で5年。獄中から送られてきた手紙は30通以上を数える。
「ストレスが溜まりやすい刑務所生活ですが、そんな時は筋トレをしたり、夜間のテレビ視聴で面白い番組を見て笑うようにし、ストレス解消をしています」(2020年8月20日付け) 「今は刑務所の中にいるので、何とか自分を抑制できていますが、社会に出て嫌なことがあった時にそれが積もり積もって、また放火をしてしまうんじゃないかと、不安でいっぱいになる時があります」(2022年4月3日付け)
出所後の就職先が決まった際は喜びの感情が行間から滲み出ていた。
「これが、私が人生をやり直す為の本当に最後のチャンスだと思っています。採用して下さった協力雇用主の方の気持ちを裏切ることなく、まじめに頑張って働こうと思います」(2023年6月7日付け)
男性は放火を繰り返して刑事施設と社会との間を往復してきた。2020年に再び刑務所に収容されて以降、30通を超える手紙を記者とやりとりしてきた
●放火犯の更生プログラムなし 「拘禁刑」導入で迎える転機
薬物や性犯罪とは違い、放火を繰り返す受刑者を対象にした特別の再犯防止プログラムは存在しない。立ち直りは本人の意思に任されているのが実情だ。
そんな中、塀の中は今、大きな転機を迎えている。今年6月の「拘禁刑」の導入だ。
これまでの懲役刑と禁固刑を一本化し、各受刑者に応じた立ち直り重視の新たな処遇が始まる。刑罰の種類が変わるのは1907年に刑法が制定されてから初めてだ。
龍谷大学名誉教授の石塚さんは「放火は自分が思っている以上に被害が大きくなるリスクのある犯罪です」と指摘したうえで、次のように話す。
「放火の背景にある環境的・心理的データの収集とその分析から始めて、受刑者にどのような処遇が必要かを考えなければなりません。放火に限りませんが、再犯を防ぐためにはその問題行動に精通した専門家がいて、困った時に本人や支援者が相談できるような体制を構築することが必要です」
懲役7年の刑期満了まで残り2年を切った男性。出所後の生活について、「上手な人間関係を築いていけるのか、とても不安です」と打ち明けた
●服役から5年経つも、放火の衝動「起きない保証ない」
福岡市内で放火を繰り返した男性の刑期満了まで2年を切った。
5年間の受刑生活による変化を尋ねると、こう返信があった。
「今も火をつけたいという気持ちがおきるかについては、全く無いという保証はどこにもありませんが、出所後の生活を大切にしたいという気持ちの方が強いので、火をつけたいという気持ちはおきていません」
※この記事は弁護士ドットコムニュースとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。