2024年10月に東京都三鷹市の住宅に複数の男が侵入し、住人の70代男性が暴行された事件で、住居侵入と強盗未遂の罪に問われている元大学生の被告人A(23)の初公判が1月14日、東京地裁立川支部(田中優奈裁判官)で開かれた。
昨今、社会をにぎわす「闇バイト」。実は事件前、Aの挙動を不審に思った母親が警察に相談し、Aは警察から注意を受けていた。だが、その2日後に実行犯として本事件に加担してしまったのだ。(ライター・学生傍聴人)
●「共犯が首を絞めたことは私には分かりません」と強盗未遂を否認
法廷の奥のドアから職員に連れられて入廷してきたスーツ姿のA。裁判官に促されて証言台に立ったAは、緊張の面持ちだがハキハキとした声で人定質問に答えていく。裁判官から職業を問われると、
「(逮捕時は)学生でしたが退学になったため、現在は無職です」
と述べた。
逮捕当時の報道によると、Aは近畿地方の私立大学に通う大学4年生だったという。勉学に励んでいたのだろう、順調に進級して卒業まで残り5カ月に迫ったころに、犯行に及び、退学となったようだ。
起訴状によると、Aは強盗の目的でBとCと共謀して、2024年10月30日午前1時7分から10分ごろまでの間に、被害者宅1階の窓から侵入。被害者の首を絞める暴行を加えたが、抵抗され、未遂に終わったとされている。
罪状認否で、Aは住居侵入は認めたものの、「共犯が首を絞めたことは私には分かりません」と強盗未遂については否認。弁護側も「住居侵入は認めますが、(被害者宅で)Aは首を絞めていませんし、金品を物色する行為もしていないため、(強盗については)実行の着手はない」として、強盗未遂については無罪を主張した。
●犯行の動機は「新しいパソコンが欲しかった」
Aには、「闇バイト」に加担してまで欲しかったものがあった。
「新しいパソコンが欲しくて闇バイトをネットで検索しはじめました」(Aの調書)
検察側の冒頭陳述や証拠によると、Aは事件6日前の10月24日、新しいパソコンを購入するための金銭を得ようと、ネットで「闇バイト」と検索。指示役の「セカンド」と称する人物と、秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」を使って連絡を取り合うようになったという。
犯行前日の29日、「セカンド」から封筒を運ぶ仕事を指示され、自宅のある近畿地方から交通機関を乗り継ぎ、三鷹市の犯行現場近くの公園に向かった。
一方、共犯者のBは犯行2日前の28日、「ナカ」と名乗る人物と通信アプリ「シグナル」でやり取りしていたところ、「騙されたお金を取り返す仕事」と強盗を持ちかけられる。29日には、「ナカ」の指示を受けて、名古屋駅から交通機関を乗り継ぎ、三鷹駅で降りて、共犯者Cの待つコンビニに向かった。
Cは、犯行3日前の27日、X(旧Twitter)で「高額バイト」などと検索。「ナカ」と通信アプリ「シグナル」を使って知り合った。29日、「ナカ」から「空き巣」だと指示を受けて、東京都葛飾区内のホームセンターで犯行に使用する工具や手袋、帽子などを購入。さらに、「ロッカク」と名乗る人物から指示を受けて、Bと合流し、Aの待つ公園へ向かったのだ。
報酬について、Bは20万円から30万円、Cは15万円ほどだと伝えられていたという。
●指示役は「見つけたら縛り上げろ」
検察側によると、Aは公園に着いた時に「セカンド」から「仕事が『空き巣』に変わった」と伝えられたといい、このころには既にAは未必的に強盗をすると認識しており、BおよびCとの共謀も成立すると指摘する。
Aは、公園でBとCと合流。犯行の指示は、「ロッカク」から受けた。
「侵入するときに、『ロッカク』から『見つけたら縛り上げろ』と言われていました」(Cの調書)
同指示のもと、Aらは被害者宅の玄関ドアから侵入しようと試みた。しかし、鍵がかかっており、鍵穴を壊そうとしたが壊れなかった。そこで、Aらは再度「ロッカク」に指示をあおぎ、バールで1階の窓ガラスを割り、施錠を外して侵入したのだ。
「先に(B・Cの順番に)共犯者の2人が被害者宅に入り、私が最後に入りました。『家族がいた』という声がして、外に出ました」(Aの調書)
Aらは、物音に気づいた被害者に大声を出されたため、何も盗まずに逃走した。
●「闇バイトの強盗かもしれない、私も殺されるかもしれない」
静まり返った住宅街の深夜1時に、被害者宅へ侵入するために窓ガラスをバールで割るという場当たり的な犯行。当然大きな音がして目が覚めた、と被害者は振り返る。
「前日の午後10時ごろに就寝しました。私は、1階で妻と寝ていたのですが、ガシャンという音が聞こえたので奥の部屋を見ると、見知らぬ2人くらいの影が見えました。『火事だ』と叫びました」(被害者の調書)
さらに、被害者の妻と娘も犯行に気づいていたという。
「就寝して、しばらくたったころ、何かを叩く音がしました。もしかしたら、2階の娘の部屋に誰かが侵入したのかと思い、2階へ行きました。娘は起きていて、110番をしている最中でした。隣の家に向かって、『火事だ』と叫びました」(被害者の妻の調書)
「物音がして、泥棒だと思いました。闇バイトの強盗かもしれない、私も殺されるかもしれないと思い、恐怖心を感じてベランダの隅でうずくまっていました」(被害者の娘の調書)
被害者宅では、日頃から強盗に入られた場合には「火事だ」と叫ぶようにしていたといい、この大声にAらは逃走した。
●母親が気づいた息子の姿
検察側によると、Aの母親は、事件3日前の10月27日。息子のある姿を見て、「闇バイト」に手を染めかけていることに気づいたというのだ。
「私が自宅にいたとき、息子が『ちょっとそれは割に合わない』と電話で話していたので、息子に何の電話だったのか話を聞いたところ、闇バイトだと思いました」(母親の調書)
翌28日、母親は警察官に注意してもらおうと考えて、近隣の警察署にAと一緒に訪れている。
対応した警察官は、「『ホワイト案件』は強盗事件に繋がる」と注意。さらに、自宅を管轄する警察署では、闇バイト関係者から「自宅に行く」などと脅された場合には、110番を優先的に受けられるシステムを提案したという。
しかし、Aは自宅には闇バイト関係者は来ないだろうと思い、保護対策の提案を断っていた。
●「三鷹の強盗に加わったので、自首しにきました」
Aは、犯行から10時間後の午前11時ごろ、東京都豊島区にある「池袋駅東口交番」の前に立っていた。警察官が声をかけたところ、Aはおもむろに「三鷹の強盗に加わったので、自首しにきました」と話したという。
事件翌日の31日、Aは住居侵入と強盗未遂の罪で警視庁に逮捕された。
母親の心配をよそに、再び「闇バイト」を検索し、犯罪に手を染めてしまったA。次回、2月7日に公判が予定されている。