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伝説的ミュージシャン獄中死で勝利的和解、受け継いだ「自由と解放へのメッセージ」
伊藤耕氏(撮影 池田敬太)

伝説的ミュージシャン獄中死で勝利的和解、受け継いだ「自由と解放へのメッセージ」

伝説のロックバンド「THE FOOLS」のボーカル・伊藤耕さん(当時62歳)が、服役中に亡くなったのは、刑務所などで適切な処置をしてもらえなかったからだとして、伊藤さんの妻が国に約4321万円の損害賠償をもとめた訴訟は2月7日、東京地裁で和解が成立しました。この問題を追ってきたライター・鳥井賀句さんのレポートをお届けします。

●決め手になったのは獄房につけられていたビデオカメラ

2017年10月17日に覚醒剤取り締まり法違反で北海道の月形刑務所に服役中だったロック・バンド、ザ・フールズのカリスマ・ボーカリストの伊藤耕氏が獄中で死亡したのは、腹痛の痛みを訴え何度も転倒し倒れていたのに、適切な医療処置もされず、30時間以上も放置されたのが原因だったと彼の妻の満寿子さんが2019年10月30日に国に対して4320万円の損害賠償を求める裁判を起こした案件は2020年4月11日の本サイトでも初公判の傍聴記や、原告の満寿子さんや代理人の島昭宏弁護士へのインタビューなどでお伝えしてきた。

<参考記事>
伝説的ミュージシャン伊藤耕はなぜ刑務所で死んだのか 真相を追求する妻の思い

あれから約3年後の2月7日に国は原告側に和解提案を出し、原告が請求していた賠償金のほぼ全額の支払いに同意した。

今回の裁判は和解と結審されたが、事実上は原告側の全面的勝利に近い結果だったと思う。原告側の弁護士の一人、加城千波さんはこう語る。

加城千波弁護士(撮影:鳥井賀句)

「伊藤耕さんとは1987年頃から彼の薬物関連の弁護を担当していた関係から、奥さんの満寿子さんから耕さんの死には疑問が多く納得がいかないから控訴したいと相談があったので、それならと今回の事件の証拠保全に尽力してきました。

まず死体検案書には『肝硬変からくる肝細胞ガン破裂(推定)、出血性ショック』と書いてあったのに、月形町立病院での診断書を手に入れて調べたら急性胃粘膜病変と書いてあって、その後遺族側が死体解剖をしてもらった結果、死因は『絞扼性イレウス(腸閉塞)による出血性ショック』であり、腸閉塞ならすぐに病院で処置すれば死には到らなかったはずなんです。

今回の訴訟は国賠(国家賠償請求訴訟)といってハードルが高いもので、裁判に勝っても最高裁で敗訴する事例も多いので、国が和解を提示しても賠償金もほぼ全額支払われるし、口外禁止条項もなしということで、これ以上争うより、和解を受け入れる方が妥当と判断したんですね。

決め手となったのは耕さんが入れられていた獄房にビデオカメラが付いていて房内の様子が記録されていたことですね。その映像は裁判では公開することはできませんが、原告と弁護側、裁判官が見ることができたのが大きかったと思います。房内で苦しみ何度も転倒する耕さんの姿が写っていましたからね、それが決め手となったと思います」

●島弁護士「あらゆる人々の人権を守る社会へのメッセージとして繋がってほしい」

もう一人今回の原告代理人を担当した島昭宏弁護士はこう続ける。

島昭宏弁護士(撮影:鳥井賀句)

「耕さんの死体は保存されていて解剖までに1か月近い時間が経っていたので、国側はこれは別人の死体なんじゃないかとか言ってきて、写真を見れば耕さんの顔なのに何を言ってるんだとか、耕さんが獄房内で苦しんでいるのが写っている映像を公開したいと言えば、看守のプライバシーが侵害されるとか、刑務所の防犯上の問題に関わるからだめだとか言ってきた。

そんなの黒い線を入れて目隠しすれば済む問題でしょう。耕さんの診断書に関してもイレウス、腸閉塞の疑いも記されていたのに、結果的に早急な対応処置がなされなかったのがわかるとまずいので、耕さんが以前C型肝炎を患ったことから肝臓ガン破裂とかに結び付けた診断書にしていたり、めちゃくちゃですよ。

今回は国側に非があるのが明白なので、これ以上裁判して追及されて敗訴するより、賠償金を払ってでも和解に持ち込む方が無難だと結論付けたんでしょうね。

ただ国側の和解案を受け入れるかどうか奥さんと相談したときに、今回の案件について世間に公表してはいけないという口外禁止条項を入れないということがこちら側の絶対条件だったわけです。向こうは1か月半検討させてくれと返して来たのですが、結果的に口外禁止条項は付かずに和解が成立したので、原告側の全面的勝利だと思っています。

今回の耕さんの案件は奥さんの粘り強い意思や幾つかのラッキーな巡り合わせが味方して勝てた部分もあったかもしれません。

だが2021年に名古屋の出入国在留管理局に収容されていたスリランカ人のウィシュマさんが体調不良を訴えていたのに適切な処置も受けられずに死亡した事件のように、耕さん以外にも日本では度々外国人移民や労働者たちが刑務所や入管施設で亡くなる事件が続いています。今回の伊藤耕さんの裁判があらゆる人々の人権を守る社会へのメッセージとして繋がっていって欲しいと思います」

●妻「耕の想いを伝えなきゃなと思ってやってきただけ」

最後に提訴から3年の後に訴えを勝ち取った妻の満寿子さんに現在の心境を聞いてみた。

妻の満寿子さん(撮影:鳥井賀句)

「勝てるか負けるかということより、私はこの耕の受けた不条理な現実を耕のファンやそれ以外の多くの人たちに知って欲しいと思ったから提訴しました。だから賠償金が払われてももし口外禁止条項が条件付けられるなら和解は受け入れないつもりでした。

謝罪の文言は出さないということでしたが、賠償金をこちら側の請求通り支払うということは、暗に国側が非を認めたということだからと弁護士の先生たちから言われたので、私もこれ以上争っても仕方ないなと思って和解案を受けました。

記者会見の時に記者の人が、現実や社会の矛盾や不条理に対して歌っていた耕さんの意思を奥さんも受け継ごうと思ったのですか、とか聞かれたけど、私は意思を継ごうとかいうよりも、少なくともそういう耕と関わって来たんだから、耕の想いを伝えなきゃなと思ってやってきただけなんです。耕って自分の歌でも『決して諦めるな』っていつも歌っていた人だけど、私もこの3年間、耕の歌ったように辛いときや、くじけそうになったときも『諦めちゃいけない』って自分に言いきかせながらやってきました。

その結果こちら側の主張が認められたわけですが、和解案が決まった時に耕の仏前で『諦めずにやったよ!』と報告しました。

ちょうど裁判が結審したのと同じタイミングで、耕のやっていたザ・フールズのドキュメンタリー映画『THE FOOLS 愚か者たちの歌』(高橋慎一監督)が公開され、またザ・フールズのバイオグラフィ本『THE FOOLS MR.ロックンロール・フリーダム』(志田歩著/東京キララ社)が出版されたので、より多くの人たちに伊藤耕とフールズのことを知ってもらえたらなと思っています。

今回耕の裁判を応援してくれたり、沢山のアドバイスをくださったすべての人たちに感謝とお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました」

伊藤耕は惜しくも天に旅だってしまったが、彼が歌い続けた自由と解放へのメッセージは彼らのアルバムや映像の中に今も生きづいている。この世に抑圧や不条理があり続ける限り、伊藤耕の歌は聴かれ続けていくだろう・・

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