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育児に「一生懸命だった」親がなぜ「児童虐待」に向かうのか、杉山春さんが見た共通点
杉山春さん

育児に「一生懸命だった」親がなぜ「児童虐待」に向かうのか、杉山春さんが見た共通点

殴る蹴るなどの身体的虐待、性的行為をするなどの性的虐待、家に閉じ込め食事を与えないなどのネグレクト、言葉による脅しや無視などの心理的虐待。厚生労働省が集計している 「児童虐待」の相談件数は、集計開始(1990年度)から年々増加しており、2016年度は過去最多となった。虐待の末に、親が子を死なせてしまうという事件も後を絶たない。

2017年12月に『児童虐待から考える 社会は家族に何を強いてきたか』(朝日新聞出版)を上梓したフリーのルポライター・杉山春さんは2014年に神奈川県厚木市のアパートで5歳の男の子の白骨遺体が発見された〈厚木男児遺体放置事件〉をはじめ、多くの児童虐待事件を取材してきた。虐待してしまう親の共通点や、身近に児童虐待の可能性を感じた時、私たちはどう対処すればいいのか、話を聞いた。(ライター・高橋ユキ)

●「やることがとんちんかんで思い込みが強い」

――著書(『児童虐待から考える 社会は家族に何を強いてきたか』)には、子どもをうまく育てられない親には共通点があると書かれていました

「どの虐待事件を取材しても、親はある意味で、子育てに一生懸命なんです。だけど、やることがとんちんかんで思い込みが強く、また子どもを自分の思い通りにしたいという気持ちが強い。

厚木事件のお父さんも、自分が仕事に出る間、子どもが家から出ていかないように扉にガムテープを貼ってしまっていました。それが彼にとっては誰にも頼らず問題を解決できる現実的な方法であり、目の前のことを場当たり的にやってしまうんです」

――保育園に預けず、かといって、自宅にそのままにすると家を出てしまう心配がある。それでガムテープを貼ったのですね。その一方で、外ではまじめに働いていたんですよね

「そのような生真面目さのほかにも、虐待する親には自分の弱みを他者に見せられず、困っていることを人に伝えないという不器用さがあります。また『男はこうあるべき』『女はこうあるべき』という役割分担の意識が強いですね。

一生懸命に育児をするのに、対応がとんちんかんで不器用。そして思い込みが強く、人に助けを求めない。虐待する親には、こうした共通点があるように思います」

●必要な人に届いていない「行政の支援」

――それは彼ら、彼女らの生育歴の中で刷り込まれて来た価値観なのでしょうか

「2010年に起きた『大阪2児置き去り死事件』では、子どもたちのお母さんは、離婚して風俗で働くようになりますが、その前には、専業主婦として頑張っていました。そのときは、行政の支援を利用していたんです。出産前の育児教室にしっかり通ったり、ママサークル運営の中心に近い役割を担っていたり。

しかし離婚後は、行政とは関わらなくなってしまった。人に助けを求められるかどうかは価値観だけでなく、自尊感情も関係しているのだと感じます」

――虐待を受けたお子さんに対するケアも必要ですが、そのように不器用さを抱えた親御さんに対しても、支援や、その支援が届くための気配りが必要ですよね

「行政は地域差もありますが、頑張っているところは頑張っていて、支援をしていないわけではないんです。厚木事件のお父さんも、トラック運転手のような不規則な仕事でも『預けるところがあるんだ』と知っていたら、預けていたと思います。子育てのための支援があることが、必要な人に届いていないのではないかという問題もあります」

●「発見されるべき虐待は、まだまだ隠されている」

――子育てをめぐる行政の支援など社会は変化して来たと思われますか

「社会は良い方に、支援する方に変わり続けていると思います。

厚木事件は、男の子がまだ2歳前後だった2002年ぐらいから、子どもを放置し始めました。その後、2000年代半ばくらいから、生後間もない乳児のいる家庭を助産師や保健師が訪問する『全戸訪問』の制度が始まっています。そして『子育ては大変なことである』と、かなり知られてきたと感じています。

虐待に対する意識も変わりました。発見したら通報しなければいけないという認識も生まれてきています。児童虐待の認知件数は増えていますよね。厚木事件は、こうした社会が変化する前のことでした。

もちろん課題もあります。性虐待など、発見されるべき虐待がまだまだ発見されていませんし、虐待という言葉で対応するレベルも現実的には各自治体でまちまちです。児童相談所がどれだけ受け入れられるかという、対応力の問題もあると思います」

●虐待をする親自身も「親」との関係性が良くない

――虐待をしてしまう親自身の生育歴にも何か問題はあるのでしょうか。たとえば幼少期の、家族との信頼関係もなんらかの影響を及ぼしているのでしょうか

「最近は、幼少期にもっとも信頼する大人との関係を構築する『アタッチメント』が、重要だと言われています。それは母であっても、別の人でもいいんです。信頼できる大人との関係をしっかり築くことで、子どもはそこから社会に関係を広げていけるようになります。

例えば、お母さんにだけ心を許していた子どもが、『保育園の先生とお母さんは仲良くしているから大丈夫かな』と、保育園の先生と仲良くし始める。社会を探索するには確実に安心できる場所が必要で、家族や安定した大人との関係性を構築する必要があります。

私が取材した3つの事件の親御さんは、どの親もその親との関係性が良くありませんでした。アタッチメントがうまくいっている人は、親を求めません。親はいつも自分を肯定していると分かっているから。

親からの評価をいくつになっても求める人は、信頼できる大人との関係がすごく欠けていたり、ちょっぴり欠けていたりします。欠け具合によっては、そこを埋めるために、仕事をすごく頑張る人もいれば、異性に走ってしまったりする人もいる。他の人に求められたいという気持ちからです」

●「大きくなったね」「寒いですね」

――もし周囲で、ネグレクトや虐待の可能性を感じた時、我々はどうするのが良いのでしょう。通報ってなんだか告げ口してるみたいな気持ちにもなってしまいそうなのですが…

「行政に通報するのは、悪いことではありません。通告は密告ではないんです。『すごく大変そうだから』と、困っている人を必要な支援につなげるということです。それは大事なことだと思います。

また通報を受けてすぐに何か事態が変わらなくとも、『そこに、そういう家族がいる』ということを行政が把握することは重要です。命や発達にもかかわることですから。また普段から、ご近所で姿を見かけたときは、冷たい目で見ないで挨拶したり声をかけたりすることも良いかと思います。『大きくなったね』とか『寒いですね』とか」

【取材協力】杉山春さん

早稲田大学第一文学部卒業。雑誌記者を経てフリーのルポライターとして活動している。『ネグレクト 育児放棄――真奈ちゃんはなぜ死んだか』(小学館文庫)で第11回小学館ノンフィクション大賞受賞。著書に『ルポ 虐待 大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書)などがある。

【プロフィール】高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記」(霞っ子クラブ著/新潮社)、「暴走老人 犯罪劇場」(高橋ユキ/洋泉社)など。好きな食べ物は氷。

(弁護士ドットコムニュース)

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