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「乳幼児揺さぶられ症候群」で死亡、親の虐待なのか、冤罪なのか 弁護士らが検証
画像はイメージです。(EKAKI / PIXTA)

「乳幼児揺さぶられ症候群」で死亡、親の虐待なのか、冤罪なのか 弁護士らが検証

赤ちゃんが激しく揺さぶられることで起こる「乳幼児揺さぶられ症候群(Shaken Baby Syndrome)」。脳が傷ついて重い後遺症が残ったり、死亡したりすることがあるともされるもので、虐待によることが多いとされている。子どもを育てた経験のある人であれば、一度は聞いたことのある言葉かもしれない。

しかし今、この乳幼児揺さぶられ症候群が安易に「虐待」と結び付けられていることに懸念を示す見方がある。

「虐待をデフォルトにするのはおかしい。事実から何が言えるのか、もっと冷静に見るべきだ」。昨年10月に立ち上がった弁護士や大学教授などで作る「SBS検証プロジェクト」の共同代表を務める秋田真志弁護士はそう指摘する。

●次第に「虐待論」へと結びつけられるように

そもそも「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」はどのように広まってきたのか。

甲南大学法学部の笹倉香奈教授(刑事訴訟法)によると、1971年に英国の小児神経外科医が「頭部外傷がなくとも、揺さぶりによって乳幼児の硬膜下血腫が生じる可能性がある」と発表したことが始まり。

この説を受け、80〜90年代にかけて、アメリカで「3つの症状(頭部内の出血である硬膜下血腫・眼球内部の出血である網膜出血・脳浮腫)があり、他に原因が発見できない場合には、揺さぶられたことにより死亡、傷害が生じたと推定できる」というSBS理論が定着していく。「揺さぶられっ子症候群は危ない」という議論は、次第に「養育者が揺さぶりによって加害を与えたものと推定できる」として虐待に結びつけられるようになっていった。

日本でも90年代後半から学会で紹介されるようになったSBS理論は、今や裁判所の判決などでも、確立した理論であるかのように認定に用いられてきている。

笹倉教授が「乳幼児揺さぶられ症候群」に関連する裁判例を調査したところ、

「証人として出廷したH医師は、SBSは(1)硬膜下血腫(2)脳実質損傷に基づく脳浮腫(3)網膜出血の三徴をもって診断することが確立しているところ、1月2日時点で長女には(1)及び(2)の各症状があるので、その頃に眼底出血があったことが確認できれば、SBSと診断できると述べており、この供述が信用できることについては、当事者間に争いはない」(京都地裁平成28年7月15日判決)

などと書かれた判決文があった。秋田弁護士は「2010年ころからは、医師の鑑定に基づき、警察や検察が養育者を積極的に訴追するようになった」と指摘する。

●海外では関連事件を見直す動きも

秋田弁護士は揺さぶられっこ症候群に関連した事件の刑事弁護を行う中で、「3つの症状(3徴候)があれば揺さぶりがあった」とするSBS理論に疑問を持つようになった。その思いを強めたのは、長女に何らかの暴行を加えて殺害しようとしたとして、殺人未遂容疑で逮捕されたある母親の存在だ。(2017年1月現在公判中)

「暴力的でもないし大人しいお母さんです。これといった動機も見当たらない。検察はエピソードを一切無視し、頭部に硬膜下血腫と脳浮腫が見られた以上、成人による揺さぶりと推測できるという医学鑑定だけを根拠に起訴したのではないか。

『揺さぶりによって3徴候が生じ得る』ことと『3徴候があるから揺さぶられた』というのは全く別。3徴候の原因が揺さぶりであるとする医学的根拠はあるのか」

日本の動きとは反対に、海外では90年代以降、「揺さぶり以外によっても3徴候は生じるのではないか」といったSBS理論への疑念も提議され始めている。

笹倉教授によると、イギリスでは2004年に法務長官が乳幼児の殺人事件に関する調査を命じ、SBS理論に基づく事件について再検討がなされたほか、カナダやスウェーデンでも科学的なエビデンスがあるのかどうか見直す動きがあるという。

日本でも一部の医師が「通常の事故か虐待によるのかは、医学的検討のみでは鑑別しえない」などと述べているものの、揺さぶられっこ症候群に関連した事件で、SBS理論を否定する形での無罪判決は出ていない。秋田弁護士は警鐘を鳴らす。

「虐待を防ぐことはもちろん必要です。でも、徴候だけから虐待がデフォルトになってしまっては、無実の人が有罪となってしまう可能性がある。今は3徴候が安易に虐待に結び付けられている。この風向きを変えなければならない」

(弁護士ドットコムニュース)

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