上司から指導を受けていないにもかかわらず、「仕事ができない」と低い評価を受けて「正社員から契約社員に変更したい」と言われてしまいました…。
そんな相談が弁護士ドットコムに寄せられています。
相談者によると、会社に事務職の正社員として入社しましたが、直属の上司から十分な指導がなく、質問しても「過去の控えを見て」と言われるだけで、説明してくれなかったそうです。上司は威圧的な態度で、質問自体できないような空気になっており、相談者が上司の思うように動けないと、無視されるといったことが続いたとのことです。
相談者はこうした上司の態度に心を病んでしまい、心療内科に通いながら仕事を続けていたところ、入社2年後に突然、社長から「正社員から契約社員に変更したい」と言われたそうです。
社長は、「上司から仕事ができないと報告を受けている」と説明、「給料減額」や「ボーナスおよび退職金なし」という条件を言われ、1週間で結論を出してほしいと迫られたそうです。
結局、別の部署の上司が社長に掛け合い、正社員のまま部署を異動することになったそうですが、相談者は「仕事ができない」と低評価をした上司や会社に対して、違法性はないのかと不信感を持っているといいます。
上司や会社の対応に法的な問題はなかったのでしょうか。草木良文弁護士に聞きました。
●強制的に契約社員に変更はできない
——そもそも、正社員から契約社員に強制的に変更することは可能なのでしょうか。
使用者が正社員を契約社員に強制的に変更することはできません。
一般的に、正社員から契約社員に変更となれば、有期雇用になり継続して雇ってもらえる保証がなくなるだけでなく、ご相談内容にあるように給料、ボーナス、退職金などの金銭面の条件も労働者に不利になることが多いです。
このような労働条件の変更は、労働者と使用者の合意によらなければならないとされています(労働契約法第8条)。
そのため、使用者が一方的に正社員を契約社員に変更することはできず、労使間の合意があれば契約社員への変更は可能です。
●「1週間で回答」は無効の可能性
——相談者は契約社員への変更に合意するかどうか検討する期間が1週間しか与えられませんでしたが、問題はなかったのでしょうか。
契約社員への変更合意は無効となる可能性があります。
労働者が契約社員に変更する契約書に署名・押印しても、不利益の内容や程度、署名・押印に至った経緯や態様、使用者による事前の情報提供や説明の内容などに照らして、労働者の自由な意思に基づいてされたとされる合理的な理由が客観的に存在することが必要とされています(最高裁判所平成28年2月19日判決)。
そのため使用者は正社員と契約社員の違いやメリット、デメリットなどについて丁寧に情報提供、説明をして、労働者に検討の機会を十分に与えなければいけません。
ご相談のケースでは大した説明もなく1週間で回答するよう迫られており、仮に契約社員となる契約書にサインしても有効な合意があったとはいえないでしょう。
●上司の態度は「パワハラ」の可能性
——十分に指導せず「仕事ができない」と評価したり、相談者に質問させなかったり、無視するような上司の態度はパワハラに当たる可能性はありますか。
パワハラにあたる可能性があります。
厚生労働省が事業者向けに公開しているパワハラに関する指針(「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」、以下「パワハラ指針」といいます)で、パワハラにあたる代表的な6個の類型が定められています。
この類型のうち、十分に指導せず、質問もさせずに「仕事ができない」と評価する点は、「過大な要求」に該当する可能性があります。
相談者が上司の思うように動けないと、無視されるという点は、「人間関係からの切り離し」に該当する可能性があります。
●パワハラ放置した社長にも賠償責任の可能性
——上司の態度がパワハラにあたるとして、相談者が正社員から契約社員に変更を迫ることは、会社側に問題はないのでしょうか。
相談者は心療内科に通うほどに追い詰められており、会社側は慎重な対応をすべきでした。
社長がパワハラを知っていたのであれば、契約社員になるよう迫ることは上司と一緒に過大な要求によるパワハラをしたといえます。社長自身にも賠償責任が生じ、契約社員となる同意を得たとしても無効となる可能性があります。
社長は相談者に契約社員となるよう求めるまでパワハラを知らなかったとしても、パワハラ指針で事業者に求められている、(1)パワハラを行ってはならない旨の方針の明確化と周知・啓発、(2)相談体制の構築、(3)事後的な適切対応などの義務に違反しています。
パワハラを知った時点で契約社員の話は一旦撤回し、必要性をよく検討してから改めて話をすべきでしょう。