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ダイヤモンド・オンライン連載企画/パワハラにならない正しい叱責とは

ダイヤモンド・オンライン連載企画/パワハラにならない正しい叱責とは

セクハラ同様、パワハラも難しい問題である。部下の成長を願った、愛のある叱責か、それともパワハラなのか――。この線引きは法律の世界でもぼんやりしている。だからといって、パワハラを怖がり、部下を叱責するべき場面で、適切に叱責しなければ部下も会社も成長はしない。いったい、何をもってパワハラとなるのだろうか。どういう叱責や指導が正しく、どこからがパワハラなのか。そのラインを超えないようにするためには、会社と管理職にどのような姿勢や知識が必要なのだろうか。

 

■厳しい指導をした部長に対して部下はうつ病の診断書を提出。

 

 つい先月の朝、筆者の顧問先会社の取締役から、事務所宛てに電話があった。

 以前から日常的に厳しい指導を行うことで有名であった管理職の高橋氏(部長、50代男性、仮名)が、部下である一般社員佐藤氏(30代男性、仮名)からいわゆるパワーハラスメント(以下「パワハラ」)を指摘されたというのだ。佐藤氏はうつ病の診断書を提出し、今日から会社を休むことになったとのことであった。

 「先生、いったいどのように対応したらいいのでしょうか。部長の高橋が変な指導をしたとも思えないし、うつ病と診断された佐藤に詳しく事情を聞くにしても、かえって病状を悪化させてしまうかもしれない……」

 取締役は、ほとほと困ったという声色で、ため息を漏らしていた。無理もない。筆者がこの会社の顧問となり、法務面でのサポートをしてから、会社でこうした問題はほとんどなかったのだ。

 

■部長は勤続25年のアツい男。デキるヤツだからこその欠点。

 

 そこで、筆者はまず事実関係を調べる事から対応をスタートさせた。翌日、早速、取締役に筆者の事務所に来てもらい、高橋部長の人柄及び言動の内容を確認した。

 取締役の話によると、高橋部長は勤続25年を超えるベテランであり、自信に満ちあふれている、熱血漢の人物だということだった。その上、仕事も非常に良くできるという評判の社員であった。だからこそ、取締役は「あの、高橋が変な指導をするはずがない」と思ったのだろう。

 しかし、仕事ができて熱血漢というのは欠点にもなってしまう。高橋部長は自分と仕事に対して厳しい分、部下に対しても非常に厳しい態度で接する傾向がある。そのため、若手の社員からは特に恐れられていた。

 高橋部長の問題となっていた具体的な言動は以下の3つが挙げられる。

 

・ミスをしてしまった佐藤氏に反省文を書かせたが、内容が不十分であると叱責し、3度も書き直させた。最終的には高橋部長の指導通りの内容に修正させた。

・叱責の際に、分厚いファイルで机を叩きながら、「意欲がないなら会社を辞めてもよい」等の言動を他の社員の目の前で、大声で30分間続けた。

・佐藤氏に対して、その後3日間、仕事をまともにさせず、就業規則を書き写すという作業をさせた。

 佐藤氏は、この就業規則書き写し作業の3日目の朝に、うつ病の診断書を提出してきたという。

 

■厚生労働省が定義したパワハラの6つの類型。

 本件では、佐藤氏が高橋部長の行為はパワハラだと主張しているが、法律的にパワハラとはいったい何を指すのか。

 この点について、実は明確な法律上の規定は存在していない。しかし、昨今、これまで見えにくかったパワハラの現状が次第に明らかになったこともあり、今年3月15日、厚生労働省がパワハラを定義し、公表した。それによれば、以下のように定義している。

 「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」

 その上で、パワハラの行為類型として、以下の6類型を掲げている。

 

1、暴行・傷害(身体的な攻撃)

2、脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)

3、隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)

4、業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)

5、業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)

6、私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)

 

 厚生労働省は、さらに、各1~6についてどのような場合にパワハラに該当するかの説明を行っている。

 それによれば、

1、業務の遂行に関係するものであっても、「業務の適正な範囲」に含まれるとすることはできない

2、業務の遂行に必要な行為であるとは通常想定できないことから、原則として「業務の適正な範囲」を超えると考えられる

3、同上

4、「業務上の適正な指導」との線引きが必ずしも容易でない場合があると考えられる

5、同上

6、同上

 

■ポイントは「業務の適正な範囲」。

 

 ポイントは「業務の適正な範囲」である。暴力を伴った身体的な攻撃は、即パワハラだ。同じように脅迫や侮辱などの精神的な攻撃、仲間はずれなどの行為も、即パワハラと見なされる。常識的に考えて、これらは「業務の適正な範囲」を、大幅に越えている。

 しかし、上記4、5、6、にあるように「線引きが必ずしも容易ではない場合がある」のだ。ここが非常に難しいところだ。

 何が「業務の適正な範囲を越える」については、業種や企業文化の影響を受け、また具体的な判断については、行為が行われた状況や行為が継続的であるかどうかによっても左右される部分もある。そのため、各企業・職場で認識をそろえ、その範囲を明確にする取り組みを行うことが望ましい。

 ちなみに、実際に裁判になった事例では、下記のようにパワハラを定義するものがある。

 「企業組織もしくは職務上の指揮命令関係にある上司等が、職務を遂行する過程において、部下に対して、職務上の地位・権限を逸脱・濫用し、社会通念に照らし客観的な見地から見て、通常人が許容しうる範囲を著しく超えるような有形・無形の圧力を加える行為」をしたと評価される場合に限り、不法行為に該当するとされている(ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件・東京地判平成24年3月9日・労判1050号68頁)。

 パワハラに該当する場合、行為者(加害者)の責任として、民事上の責任について、不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)がある。他方、刑事上の責任について、傷害罪(刑法204条)、暴行罪(刑法208条)、脅迫罪(刑法222条)、名誉毀損罪(刑法230条)、侮辱罪(刑法231条)などに該当する可能性がある。

 また、会社の責任を追及される可能性も高い。すなわち、従業員が業務遂行について不法行為を行ったときに負う使用者責任(民法715条)、代表者の行為についての損害賠償責任(会社法350条)、会社自身の不法行為責任(民法709条)、安全配慮義務違反・職場環境配慮義務違反という契約上の配慮義務違反に基づく損害賠償責任(労働契約法5条、民法415条)である。

 さらに、精神障害等を引き起こした場合には、労災補償制度の対象になるというリスクもある。

 

■管理職はいつでも加害者になりうる。気をつけておきたい6つのポイント。

 

 このような観点から、加害者あるいは会社としてはどのような点に気を付けるべきか。

 パワハラの予防を行うという観点から、まず部下を指導する立場にある人は以下の点が重要である。いつでも加害者となりうるので、十分理解してほしい。

 

1、叱咤激励する等、厳しく叱ることも部下を指導する上で時には必要であるが、その場合も暴言は避け、言葉を選び、少なくとも「給料泥棒」等人格を非難する言動は避けること

2、部下に対して注意・非難する場合でも、できる限り人前で注意・非難しない等、執拗な非難を避ける

3、威圧的な行為は避ける

4、明らかに実現不可能な業務や無駄な仕事の強要を行わない

5、部下を公平に扱い、能力等に見合った仕事を与え、特定の部下だけ仕事を与えないことは避ける

6、部下に対して、毎日、昼休みに弁当を買いに行かせる等、私生活に介入し強要することを避ける

 

 さて、これまで挙げたパワハラの定義から、高橋部長の佐藤氏への行為を振り返ってみると、高橋部長の行為は明らかなパワハラだと認定されるだろう。

 分厚いファイルで机を叩きながら叱ったり、「意欲がないなら会社を辞めてもいい」と他の社員の目の前で大声で叱責したりといった行為は、「精神的な攻撃」にあたると判断されるだろう。仕事を与えなかったり、就業規則を書き写させたりすることもアウトだ。

 

■管理職と部下間でのオン・オフ両方のコミュニケーションが重要。

 

 では、会社としての事前対応のポイントは何だろうか。

 

1、トップがパワハラ根絶宣言を行う

2、就業規則等でパワハラに対するルールを決める

3、実態の把握を行い、管理職研修等を行う。そして従業員に周知徹底する

 

 同時に、パワハラがあった時に、会社はまず対応責任者を決め、相談窓口を設けておくことが大切だ。そして、事実確認を正確に行うことは言うまでもない。再発を防止するために、加害者への懲戒処分、異動を検討し、研修を実施することも、会社の大切な役目である。

 また、もし部下に対してパワハラをしてしまった場合、その後の加害者がとるべき対応のポイントは以下の通りである。

 

1、部下に対して、言い過ぎたこと等を謝罪する

2、部下の精神的な落ち込みがないかや、仕事の能率が下がっていないか確認を行う

3、場合によって仕事を手伝ったり、業務終了後に酒を飲みながら話す等、フォローを入れる

 

 オン、オフ両方のコミュニケーションを取ることが非常に重要である。

 ちなみに、冒頭の筆者の顧問先企業は、高橋部長に対して異動を内示(処分ではない)したところ、自発的に辞職届が会社に提出された。会社はそれを受理し、その結果を受けて、佐藤氏は会社を辞めずに戻ってきた。なお、会社は金銭を佐藤氏に支払っていない。

 しかしながら、佐藤氏が職場復帰したことは良かったが、会社は優秀な高橋部長を失った。会社は一連の出来事を通してパワハラ対策を整備することができたが、とてつもなく高い勉強代を支払ったことになった。

 

■もし、部下が創業者や社長の息子や娘だったら、どう叱る?

 

 訴訟に発展した場合、加害者に対してはもちろん、会社に対しても、被害者から慰謝料等の金銭請求がなされることが多い。しかも、被害者がパワハラを原因として会社を辞めてしまった場合には、逸失利益、つまり、被害者が会社で働き続けていれば得られるはずであったであろう利益(給与)までをも請求されることがある。

 特に、被害者が会社を辞めてしまった場合には、金額の折り合いがつかない等、話し合いでまとまらず裁判沙汰になることも多い。しかし、通常は被害者としても、訴訟で争うには敗訴リスク(証拠がない等のため)、金銭的リスク(弁護士費用がかかる)、心理的負担(パワハラを思い出し、フラッシュバックする等、なかなか前向きになれない)等も大きい。

 付け加えれば、事実関係に両当事者の主張に隔たりがある訴訟では、1審でも1年以上裁判がかかることもあり、控訴審(2審)や最高裁までいくと、3年以上かかることもあるため、被害者としてもこのようなことにも留意しながら、どの時点で解決するのが良いかを最初の段階で弁護士と相談しながら見極めることも重要である。

 パワハラは、コミュニケーション不全を前提として起こることが非常に多い。そのため上司としては、日常的に部下との間でコミュニケーションを取っておくことが重要である。

 ただし、パワハラは通常、加害者が特に悪意なく意識せずに行っていることも多い。そのうえ、前述したパワハラ該当性の判断基準も、必ずしも明確ではない。そこで、筆者が心がけておいたらよいと思うのは、「部下が社長の息子や娘であると仮定した場合に、上司としてできないような言動を行わない」ということである。これに気を付けていれば、まずパワハラに当たるとして紛争になることはないはずである。

プロフィール

山田 長正
山田 長正(やまだ ながまさ)弁護士 山田総合法律事務所
山田総合法律事務所 パートナー弁護士 企業法務を中心に、使用者側労働事件(労働審判を含む)を特に専門として取り扱っており、労働トラブルに関する講演・執筆も多数行っている。

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