2019年05月25日 08時51分

「東京五輪で青海と青梅を間違えないで…」多摩地域の住民、都心の盛り上がりと温度差

猪谷千香 猪谷千香
「東京五輪で青海と青梅を間違えないで…」多摩地域の住民、都心の盛り上がりと温度差
2019年11月の完成目指し、急ピッチで建築が進む新国立競技場(2019年5月、弁護士ドットコムニュース編集部撮影)

2020年に迫った東京五輪・パラリンピック(オリパラ)。東京都では、半世紀ぶりとなるスポーツの祭典を迎える準備が急ピッチで進んでいる。特に大会のメインとなるのが、東京五輪の大会コンセプトでもある、1964年の五輪施設が残る「ヘリテッジゾーン」と、新たに開発する湾岸部の「東京ベイゾーン」だ。

しかし、それ以外の地域は、同じ東京都であっても温度差は否めない。都内で予定されている五輪競技会場は25施設のうち、実に22施設が23区に集中。江東区にいたっては、水泳会場「東京アクアティクスセンター」、バレーボールおよび車いすバスケットボール会場「有明アリーナ」など、新設も含めて9施設が集中している。選手村やメディアセンターといった関連施設も23区内だ。

一方、多摩地域と呼ばれる東京都西部の市町村では、競技会場は調布市、府中市、三鷹市の3カ所のみ。「東京五輪の話も、パラリンピックの話も聞かないですね…」「江東区青海の競技会場と間違えて、青梅市に来てしまうお客さんが出るのではないかと心配です」と話すのは、競技会場がない多摩地域の人たちだ。

歴史的に、東京都では23区と多摩地域の公的投資に差異があり、「三多摩格差」とも「多摩格差」とも呼ばれてきた。特に23区でインフラ整備が一気に進んだ1964年の東京五輪以後に顕著となり、歴代の都知事は住民の不満に応えて、そうしたインフラの「格差解消」を掲げてきた。小池百合子都知事も例外ではなく、都知事選では「多摩格差ゼロ」を公約とした。

首都・東京が抱える古くて新たな問題は、五輪開催まで500日を切った今、都内各地でどのように受け止められているのだろうか。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●都庁から西へ40kmのあきる野市では…

「TOKYO 2020」という大きな大会エンブレムが外壁に掲げられた東京都庁。そこから、40kmほど西へ移動すると、あきる野市に到着する。多摩地域の中でも西部に位置するあきる野市は、自然豊かな秋川渓谷で知られ、都心から1時間ほどの距離にあることから、高度経済成長期以後は都心のベッドタウンとして発展してきた。

今年3月、市内の主要な駅の一つであるJR秋川駅に降り立ったが、オリンピックやパラリンピックのポスターやフラッグは見当たらない。いたって日常的な光景が広がる。

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「あまりお話できることはないかもしれませんが…」と言いながらも取材を受けてくれたのは、あきる野市の中村則仁(のりひと)市議だ。あきる野市に生まれ育ち、現在は妻と3人の子どもを育てている生粋の地元っ子でもある。

「結論から申し上げると、残念ながらオリパラはあまり盛り上がっていません。市議会では毎定例会議で1人か、たまに2人取り上げるくらいで、日常的にも話を聞きません。ここ多摩西部(あきる野市、青梅市、福生市、羽村市、瑞穂町、日の出町、奥多摩町、檜原村)はどこも同じような雰囲気だと思いますね」

中村市議はそう指摘する。確かに、多摩地域の中でも競技施設があるのは都心に比較的近い多摩北部だ。あきる野市でも、波のプールで知られるレジャー施設「東京サマーランド」があるため、今回の五輪で新たに加わるサーフィン競技を誘致しようという動きが一部であったが、立ち消えになったという。

「市の今年度一般会計でも、五輪やパラリンピックという名目の事業の予算は特にないですね。関連するものとしては、学校で、オリンピアンパラリンピアンを招いての授業とかです」と中村市議は説明する。

大会中、多摩地域に観光客の流入を期待する自治体もあるが、その数は未知数だ。東京都を訪れた外国人旅行者数は、2016年度には1310万人と過去最高を記録したが、訪問先は23区の新宿・大久保、浅草、銀座、渋谷、秋葉原が約40%以上となる一方、多摩地域の観光名所である吉祥寺・三鷹、八王子・高尾山、奥多摩、青梅などはいずれも約5%と低い数値だった(「PRIME観光都市・東京~東京都観光産業振興実行プラン2018~」より)。

中村市議も「西多摩で、五輪をきっかけに来日した観光客の獲得などができればとは思いますが、国内のライバルは多いです」と必ずしも楽観視はしていない。

●国内外から選手や観光客を迎える渋谷区では…

一方、都心に戻って渋谷区。日本を代表する建築家・丹下健三による国立代々木競技場を眼下に望む区役所15階では、オリパラに向けた「スポーツの力」写真展が4月に開かれていた。ワンフロアを使い、さまざまなスポーツをする人たちの力強い姿や美しい瞬間を撮った写真がずらりと並び、訪れた区民らが見入っていた。

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「五輪やパラリンピックに対する区民の意識は高まっています」と話すのは、渋谷区オリンピック・パラリンピック推進課の田中豊課長だ。

渋谷区では、前回の東京五輪の舞台となった東京体育館や国立代々木競技場の2カ所で競技が予定されている。また、新国立競技場の敷地は渋谷区も含まれる上、渋谷や原宿、表参道といった東京屈指の繁華街も抱える。オリパラ期間中は国内外から大勢の選手、競技関係者、観戦に訪れた観光客を迎えることになる。

そこで、渋谷区では2016年、オリンピック・パラリンピック推進課を設置。オリパラに向けた気運醸成や大会運営の準備などを行なっている。2016年に開催されたパラリンピック・リオ大会を自ら視察した田中課長は、競技会場で現地の人たちが国を問わず選手を応援し、ゲームを盛り上げる姿を見たという。

「リオでは、地元の人たちが色々な応援で会場を盛り上げていました。オリパラでは、世界から多様な人たちが訪れます。競技会場や街中で、世界標準の応援やおもてなしができるよう、モードを切り替えていきたいです」

●渋谷区は実際の競技施設で事前に体験する「リアル観戦」で応援準備

そのため、渋谷区では今年度は約7000万円の予算をかけ、さまざまな事業に取り組んでいるという。その一つが、3年前からスタートした「リアル観戦」事業。渋谷区内では、卓球、ハンドボール、パラ卓球、ウィルチェアーラグビー、パラバドミントンの競技が予定されているが、日本ではまだあまり知られていない競技も少なくないため、事前に観戦をしてもらおうというものだ。

「我々の大きなミッションとしては、競技会場を満員にして選手を応援したいと考えています。そこで、日本人にはまだ馴染みが薄い競技でも、実際に試合を観戦して体験し、知ってもらおうと企画しました」

これまで、卓球やパラバドミントンなどの「リアル観戦」を実施してきた。2017年度には2300人、平成30年度には4000人が参加。「確実に認知度は上がってきています」と、田中課長は手応えをみせる。

今年度もいくつかの「リアル観戦」を実施。特に10月に東京体育館でウィルチェアーラグビー、11月には国立代々木競技場でパラバドミントンの国際大会が、オリパラのテストイベントとして開かれるため、本番と同じ競技会場での観戦を呼びかける予定だ。

「教育委員会とも連携をとり、区内の小中学校生8000人のほとんどが観戦してくれることになっています。バスは使わず、電車など公共交通機関を使い、実際にオリパラの競技会場まで行きます。そうしたシミュレーションを兼ねてのリアル観戦です」

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渋谷区役所では、区内の障がい者と桑沢デザイン研究所の学生がデザインした「パラスポーツ応援タオル」を作成、販売している。その名の通り、オリパラをはじめ選手への応援に役立ててほしいという思いを込めたプロジェクトだ。

「オリパラをきっかけに、区民の方たちにはダイバーシティをよりご理解いただき、社会を変えるアクションにつなげたい。『2020年のオリパラで確かに変わったよね』というレガシーとして語られるようにしたいです」と田中課長は話している。

●多摩地域「五輪で具体的に何を行えば良いのかわからない」

選手と同じく、オリパラの「主役」といわれるのがボランティアだ。競技場や選手村など運営に直接携わる「大会ボランティア」の他に、東京都が募集し、空港や主要な駅などで案内をする「都市ボランティア」がある。これ以外に、渋谷区をはじめ23区を中心とした自治体では、ボランティアを独自に募集している。

多くの競技会場が新設される江東区では、4月から独自のボランティア「江東サポーターズ」の募集をスタート。江東区のサイトによると、「機運醸成イベントの運営補助」や「区内全域にわたる打ち水活動」などの活動を行うという。同じく競技会場や羽田空港がある大田区でも、交通案内や観光案内などの活動。文京区や品川区などでも同様の取り組みがある。

多摩地域でも、競技会場のある府中市や、調布市などは独自ボランティアがあるが、それ以外は海外チームの事前キャンプを受け入れる自治体が中心で、やはり23区に比べ、下火な印象は否めない。

「多摩・島しょ地域市町村の中には、『東京2020大会を契機に何かに取り組みたいが、具体的にどのような事を行えば良いのかわからない』という声も多く聞かれる」

東京の多摩地域と島しょ部の市町村のための行政シンクタンク「東京市町村自治調査会」が2016年にまとめた報告書の冒頭には、こう書かれている(「2020年東京オリンピック・パラリンピックのにおける多摩・島しょ地域の可能性と展望」)。

報告書によると、多摩・島しょ地域のオリパラ開催に伴う需要増加額は588億円で、東京都全体の需要増加額(9669億円)の約6%に相当するという(これは2016年時点の暫定データで、東京都は2017年に新たに需要増加額を2兆円と発表している)。この経済効果の差は、やはり競技施設を擁しているか否かの影響が大きい。報告書では次のようにまとめている。

「多摩・島しょ地域は、大会競技施設が集積する東京23区と比べると、ハード分野でのレガシー創出について多くを期待することはできません。しかし、ソフト分野におけるレガシー創出については、多くの可能性を有しています。

オリンピック・パラリンピック大会が開催されることにより起こる、人々の意識の変化をはじめ、様々な影響や効果をうまく施策につなげて、地域の課題解決を目指す。 ぜひそういった未来志向の前向きな視点から、オリンピック・パラリンピックの取組をもう一度検討してみてください」

●1964年東京五輪で広がった23区と多摩地域の格差

歴史を紐解いてみよう。1964年の東京五輪が開催された翌年、1965年の都議会では、多摩地域から選出された田中安三議員からこんな発言が飛び出した。

「オリンピックにかけた知事のあの情熱を、どうして都民の熱望しておる住宅建設にかけられなかったのか。不可能ではないかと思われたオリンピックの施設は、やる気で取り組んだ結果、期日に間に合わせたではないでしょうか」

この時、質問を受けていたのは、東龍太郎都知事だ。都知事就任前にJOC委員長やIOC委員を歴任し、東京五輪に誘致活動から深く関わった人物である。自民党から推薦を得て、1959年に都知事に当選したが、その時のスローガンは「三多摩格差解消」だった。「三多摩」とは、当時の区分で西多摩、南多摩、北多摩のこと。田中議員は、住宅建設など東京五輪で置き去りにされた三多摩のインフラ整備が不十分だと都議会で指摘したのだ。

東都知事に続き、革新都知事として登場した美濃部亮吉知事の時代も、都議会では常に「三多摩格差」が取りざたされている。東京都は1975年、義務教育施設、公共下水道、保健所、病院、道路、国民健康保険の格差などを「三多摩格差8課題」として設定。現在は解消されつつあるとして、新たな視点からの多摩振興を行なっている。

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●「五輪のお客さんが青海と間違えて青梅市に来てしまわないか心配」

現小池都知事も歴代都知事同様、政策に「多摩格差ゼロ」を掲げているが、住民からはいまだ不満の声も聞こえてくる。

2018年11月に東京都が発表した都政モニターアンケート結果でも、「多摩地区に在住している身としては、どうしても報道内容が23区中心となり、多摩地区の改革があまりされていない印象にあります。目に見える肌で感じられる多摩地区の改革が感じられません」(東久留米市、30代女性)、「オリンピックなどの大型イベントよりは、介護施設の不足など緊急の課題にお金をかけていただきたいです」(日野市、50代女性)といった厳しい意見が並んだ。

小池知事は今年4月、都内の日本外国特派員協会で会見し、オリパラへの抱負を語った。大会後の東京について、「持続可能で共存共栄する都市」を目指すとしたが、立候補時の公約である「多摩格差ゼロ」とどうリンクしていくのかも注視される。

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日の出町出身で、現在は23区内に暮らす30代男性は自嘲気味にこう話す。

「GWで地元に帰りましたが、五輪の話題はまったくありませんでした。地元だと、23区のことを『東京』と言うんですよね。自分たちも都民のはずなのですが別のものだと思っています。ただ、五輪のお客さんが、競技会場のある江東区青海と間違えて、青梅市に来てしまわないか心配してますね」

(弁護士ドットコムニュース)

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この記事へのコメント

匿名ユーザー

五輪は本来「都市」がやるべきものでだから「市長」なのだが
何故か「知事」がやってる

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