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「ブラックバイトで学校を辞めさせない」介護労働で奨学金返済、授業との両立支援
運営者の奥平幹也さん(「介護コネクション」代表取締役)

「ブラックバイトで学校を辞めさせない」介護労働で奨学金返済、授業との両立支援

今や大学生の2人に1人が借りている奨学金。大学の学費は年々上昇している一方で、世帯年収は減り、仕送りの金額も過去最低になっている。「大学に行きたい」「もっと学びたい」という学生には、大切な教育資金だが、4年後の大学卒業時に借金を背負って社会に出ていくことを意味する。

無利子、有利子の貸与ではなく、給付型の奨学金の国による創設をねがう声が高まっているが、望む人すべてが利用できるようになる日はまだまだ遠そうだ。そんな中、国や行政の動きよりも一足早く2015年、インターシップ型自立支援プログラム『ミライ塾』が発足した。介護施設で働いて、収入を得ながら奨学金を返済していくという。その動きを追ってみた。(ルポライター・樋田敦子)

●午前4時に起床して老人ホームへ

佐々木零史さん(19歳)は、まだ日ものぼらない午前4時に起床する。手早く身支度を整えて、5時前には家を出発し、東京都文京区にある介護付きの有料老人ホームに向かう。ここで6時から9時まで入所する高齢者の早朝ケアを行っている。早朝ケアとは、起床、排せつ、食事の介助だ。

佐々木さんは、東京電機大学工学部2年の現役学生でもある。彼が老人ホームで働くのは、奨学金のためだ。

「高校3年生のときに、ミライ塾に出会いました。このまま高卒で社会に出て行くには力が足りない。しかし家庭の事情で大学に行くのは苦しい状況でした。説明を聞いて、僕にはもうこの道しかないと考えたのです」(佐々木さん)

大学の初年度納入金は学費込みで90万円、2年目以降の学費は75万円。入学金については手続きが間に合わなかったため両親が負担してくれたが、1年目の学費に関しては施設と金銭消費貸借契約を結び、受け入れ先の介護事業者から借りた。と同時に日本学生支援機構から奨学金を借りる契約をし、就労前にはミライ塾の資格取得支援のもと介護職員初任者研修(旧ホームヘルパー2級)を受けて介護を始めた。

「両親は“本当にできるのか、介護は大変だぞ”と心配していましたが、僕はあまり介護に対して、違和感はありませんでした」(佐々木さん)

現在は、大学入学時に授業優先の独自の働き方プログラムを設計してもらい、1日3時間、週5日同施設で働いている。日曜は5時間ほど働くこともある。10月末で働きだして1年半が経った。

●「進学をあきらめさせない、学校を辞めさせない、卒業後に借金を残さない」

経済的に追い詰められ、進学をあきらめざるをえない若者を首都圏にある高齢者福祉施設で受け入れて、働きながら進学支援する『ミライ塾』の取り組みは、2015年から始まった。

運営しているのは、介護事業所応援サイトを運営する「介護コネクション」と介護・医療の情報サービスを提供する「エス・エム・エス」。学生は、受け入れ先の施設の事業者から入学金や学費の貸し付けを受け、毎月介護職員として働くことで給料から天引きで返済し、在学中に返済を目指すシステムだ。

学生は、入学時に日本学生支援機構の奨学金と併用して借りるため、在学中の4年間で奨学金を返済することが可能だ。1年目の奨学金を2年目の学費に充て、2年目の奨学金は3年目の学費、3年目の奨学金は4年目の学費に。4年目の奨学金はストックしておき、卒業時に返済する。足りない分があれば、事業者から支払われるお祝い金(4年務めると30~50万円)を充当し、卒業後に奨学金返済を極力残さないという利点がある。

運営者の奥平幹也さん(「介護コネクション」代表取締役)は「『進学をあきらめさせない、経済的な理由で学校を辞めさせない、卒業後に借金を残させない』という3つの柱を考えて、ミライ塾を企画した」と、話す。自身も沖縄から上京し、新聞奨学生として働いて早稲田大学を卒業した。

奥平さんが行った新聞配達は住み込みで働ける奨学生に対しありがたい仕組みだったが決して楽ではなかったという。朝刊はまだいいが、夕刊配達のために授業をあきらめて帰らなければならなかった。夜や休みの日には、集金等に時間を取られることもたびたびあった。そのため、ミライ塾では、ひとりひとりの学生生活を考慮し事業者と話し合いながらながら、高齢者施設での早朝、夜間中心、夜勤の3種類の働き方を決めていく。

「超高齢者社会になろうとしているときに学生時代から介護に携わった経験は社会に出てからも力になると思っています。社会人基礎力と言われる『前に踏み出す力』『考え抜く力』『チームで働く力』を有する人材を介護業界で育成し、入所者と話し合いながらコミュニケーション能力も身に着けられるでしょう。将来的に介護の現場で働かなくても、これらの力は、就活でも武器になるのではないでしょうか」(奥平さん)

●「辛いけど、辞めたいと思ったことはない」

しかし、朝4時に起床し、介護をする日々。勉強に遊びに忙しい大学生にとっては過酷なものではないのだろうか。

「介護に対して悪いイメージはなかったのですが、最初の3か月は、実際に見ると引いてしまう場面も多く苦労しました。今ではすっかり慣れてきて、何か新しいことを覚えようと思っていて、介護福祉士の実務者研修も受けています」(佐々木さん)

給与は1か月14~16万円ほど。多い時には18万円になる。早朝ケアは人手不足とあって、時給が良いのが佐々木さんにとって好都合なのだという。

初年度に事業者から借りたお金は、給与の中から毎月5万5千円ずつ返し、今年の6月には、全額返し終わった。2年目の学費は、1年目に支援機構から借りた奨学金を充て、残った給与はプールしておいて、卒業時に学費を全額返済する予定にしており、ノー借金で社会に出ていく。

佐々木さんは将来、システムエンジニアを目指すという。これまで経験してきた介護の現場を知ったことで、それを活かして情報の分野で介護に役立つシステムを開発したいと考えている。

「朝の仕事を終えて大学に行くのは辛いなと思うことはあります。でもこの仕事を辞めたいなと思ったことはありません。自分の力で乗り越えて、介護福祉士の資格を持ったシステムエンジニアとして専門性を武器にIT業界で働きたいです」(佐々木さん)

ミライ塾では、現在、佐々木さんも含めて6人の学生が働いている。17年度は、30人を募集する予定だ。

●「返済がある限り、結婚も出産もできない」

車や家は、ローン返済が苦しくなれば、売った代金で借金を圧縮できるが、奨学金はそうはいかない。返済できなくなって延滞。自己破産をしても、保証人である親や親戚に返済義務が残ってしまうので、簡単に自己破産できない現実もある。

神奈川県在住の女性A子さん(32歳)は、大学4年間で450万円の奨学金を借りた。しかし、卒業後は、正社員になれず、派遣先もパワハラで退職。現在はアルバイトとして働く中で、月々2万円の奨学金返済が重くのしかかる。

A子さんは「恋人との結婚を考えることもありますが、返済がある限り気が気でなく、結婚も出産もできないような気がします」と語った。

2016年6月、政府は「ニッポン一億総活躍プラン」に給付型奨学金の支援拡充を打ち出した。そのため自民党のプロジェクトチームは、住民税が非課税の低所得世帯向けに、一定の成績基準(評定4.0以上といわれる)や学校の推薦があることを条件に、月額3万円以上を支給する制度を作る方針だ。また東京都も給付型奨学金制度の創設を検討している。

「給付型奨学金の財源はどうするのか。また、いつ実現できるかも分かりません。進学したい、頑張って上を目指したいという学生を支援するシステムを早急に実現しなければならないと思います」(奥平さん)

2013年度末の日本学生支援機構の調査によれば、3か月以上の延納者は18万7000人。その8割以上が年収300万円以下だ。スウェーデン、フィンランド、ドイツなどヨーロッパの13か国では、国公立の大学は無料で、しかも給付型奨学金もある。OECD加盟の34か国のうち、給付型奨学金がないのは、日本とアイスランドだけ。

日本の、一部の民間企業では、利益を還元して給付型奨学金制度を設けるところも出てきているが、それもまだわずかなのである。

【著者プロフィール】

樋田敦子(ひだ・あつこ)

ルポライター。東京生まれ。明治大学法学部卒業後、新聞記者として、ロス疑惑、日航機墜落、阪神大震災など主に事件事故の取材を担当。フリーランスとして独立し、女性と子供たちの問題をテーマに取材、執筆を続けてきた。著書に「女性と子どもの貧困」(大和書房)、「僕らの大きな夢の絵本」(竹書房)など多数。

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