日本の映画やアニメ、マンガ──。世界的に高く評価されてきた文化資料が、十分に保存されないまま散逸・消失の危機にさらされている。
この問題に歯止めをかけようと、「デジタルアーカイブ推進基本法」の制定を訴えるセッションが1月9日、東京都千代田区の一橋講堂で開かれた。
主催したのは、弁護士や研究者、実務家ら約800人が所属するデジタルアーカイブ学会。同学会は、日本のデジタルアーカイブ施策の法的基盤となる「基本法」の制定を目標に活動している。
この日のセッションでは「デジタルアーカイブ推進基本法は現場とアーカイブ支援をどう変えるか」をテーマに、与野党の国会議員やアニメ業界関係者、学術・図書館分野の専門家らが登壇。法整備の必要性や今後の展望について議論が交わされた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
●「デジタルアーカイブ推進基本法」が目指すもの
日本では、国や自治体、民間によるデジタルアーカイブの取り組みは一定程度進んでいる。しかし、文化資源やコンテンツの保存・継承を国全体として支える「デジタルアーカイブ推進基本法」は、いまだ制定されていない。
このため同学会は、2017年の設立当初から、デジタルアーカイブ関連施策の拠り所となる基本法の制定を掲げて活動してきた。
セッションの司会をつとめた福井健策弁護士によると、基本法は「AI環境における情報の信頼性担保」や「現代文化アーカイブの拡充」「海外の情報発信と国際連携」「人材育成と教育活用」「権利処理の円滑化」などさまざまな施策を着実に実現するため、国としての指針となるという。
福井弁護士は「50年、100年にわたる推進の体制をつくるためにも、デジタルアーカイブ推進基本法は必要」とうったえた。
●アニメのアーカイブは「海賊版対策」や「人材育成」にも直結
セッションでは、アーカイブをめぐる現場の切実な声も相次いだ。
元漫画家で、漫画・アニメ・ゲームの保存活動に取り組んできた自民党の赤松健参院議員は「海外の海賊版から(権利について)謎の主張をされたときに、正統性が担保できない」として、オリジナル作品を早急にアーカイブすることの必要性を強調した。
また、日本アニメーション社長で、日本動画協会の石川和子理事長は、アニメ作品の保存について「どうしても制作が優先されがちで、各社によってまちまち」と現状を説明した。
そのうえで、「今、アニメ業界の一番の課題は人材育成。そのためにも叡智を学べるアーカイブはとても大事」と語った。
●人材育成や基盤整備──デジタルアーカイブの課題
地域の現場からも声が上がった。
長野県内の貴重な文化資料をデジタル化し、地域資料の保存と活用を進めている県立長野図書館の森いづみ館長は「信州に関わる人たちの『知る権利』や『記録する権利』を保障することにつながっている」と語った。
一方で、デジタルアーカイブを持続するための財源確保の難しさも指摘した。
「デジタルアーキビストの育成や権利処理、システム基盤などに課題がありますが、推進基本法という法的根拠があれば後押しになります」
東京大学大学院の宍戸常寿教授(憲法)は、「記録する権利」と同時に「残す責務」の重要性を指摘した。
「かつて憲法学史を研究しようとした場合、大学の図書室にアクセスできる身分の人間しか利用できなかった状況から、国立国会図書館のアーカイブ誕生や、そしてジャパンサーチの活用により、多くの人々が学術の民主化に参画できるようになりました。知が開かれ拡大していくうえで、デジタルアーカイブが必要であるということです」
●なぜデジタルアーカイブ推進基本法は実現していないのか
セッションでは、基本法がいまだに実現していない理由についても議論された。
文化財アーカイブに取り組んできた笠浩史衆院議員は、かつては超党派の議連として活動していたものの、政治情勢の変化やアーカイブ対象の拡大によって現在は休止していると説明した。
一方、赤松議員らによる超党派「MANGA議連」(マンガ・アニメ・ゲームに関する議員連盟)の動きに触れ「デジタルアーカイブの必要性は共有できている」と発言。
そのうえで「コンテンツだけに対象を絞り込んだ基本法は難しい。文化財など全体をカバーできる包括的な理念が必要だ」と述べ、あらためて立法の実現性を検討する考えを示した。
●AI時代だからこそ問われるデジタルアーカイブの意義
今後の展望については、国立情報学研究所所長で、デジタルアーカイブ学会の黒橋禎夫会長が、AI時代におけるアーカイブの重要性を強調した。
「どうして今、推進法なのか。やはりAIのインパクトは本当に大きいです。AIは加速的に進歩しておりますし、その影響が社会のあらゆる側面に及んでいます」
AIが膨大な情報を収集・分析する「ディープリサーチ」においても、信頼できるデジタルアーカイブが公開されていれば、その価値は高まるという。
「信頼できるAIを育てることが、人類の大きな課題」であり、その土台となるのが人類の文化活動や学術活動を記録・保存したデジタルアーカイブだとして「推進法の重要性は今や疑うまでもないという段階に入ってきています」と述べた。