2月23日、東京・霞が関の警視庁に、「証拠保全」のため東京地裁の裁判官が立ち入る様子が報道された。
この証拠保全は、証拠が失われるおそれがある場合に行われるもの。全学連の集会会場付近で2016年、警視庁公安部の警察官から突き飛ばされるなどの暴行を受けたとして、参加者が東京都と警察官に計1200万円の損害賠償を求めている裁判に絡んで行われた。
全学連側が、もみ合う様子を警察官が撮影した動画などを証拠として提出するよう求めたが、警視庁は「無関係の人も写っていてプライバシーが侵害される」などとして応じなかったという。このため裁判官は証拠保全の手続きが必要と判断し、警視庁に立ち入った。
裁判官が報道陣の前を通り、警視庁に表立って立ち入った様子に、「きわめて異例だ」などと驚きの声が上がっている。どのように評価すればいいのか。元裁判官の田沢剛弁護士に聞いた。
●裁判官が「思い切った判断」
ーーまず、証拠保全の根拠について教えてください
「民事訴訟法234条は、『裁判所は、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があると認めるときは、申立てにより、この章の規定に従い、証拠調べをすることができる』と規定して、証拠保全を認めています」
ーー通常、どのような場合に証拠保全が行われますか
「この規定により証拠保全が行われるのは、主に、患者が医療過誤訴訟の準備として予め医療機関のカルテ等の証拠書類を確保しておくといった場合でしたが、最近では、一般の企業を被告とする訴訟の準備として、証拠となるべき当該企業の社内文書を予め確保する場合にも利用されるようになってきたといわれています。
そういった意味では、今回のように、警視庁が管理する動画などを証拠保全の目的とするというのは、確かに異例なのかもしれません」
ーー今回の立ち入りは異例のことでしょうか
「裁判所に証拠保全を認めてもらうためには、保全の必要性(あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情)がなければなりません。今回の場合、『もみ合う様子を警察官が撮影した動画など』の証拠が改竄されたり、隠匿ないし廃棄されてしまったりするなどの事情があることを、裁判所が認めたということになります。
従来の消極的な裁判所の姿勢から考えると、非常に思い切った判断をしたとしか言いようがありません。もちろん、憲法76条3項により『裁判官の独立』が保障されていますので、東京地裁のトップたる所長が今回の判断に介入することはあり得ません」
●司法権は行政権に忖度しない姿勢示したか
ーー表立って報道機関が取材するなか、立ち入りに向かったということにも驚きました
「報道陣の撮影を制止することさえしなかったのは、行政権が証拠となるべき書類を隠匿したり廃棄してしまったりといった昨今の忌々しき事態に鑑み、司法権は行政権に忖度しないということを内外に示して、司法に対する国民の信頼を得る格好の機会と捉えていたからなのかも知れません」