ラテン語の「pro bono publico(公共の善のために)」を語源とし、法曹関係者の間では定着している「プロボノ」。
その活動は個々の弁護士の善意や熱意に委ねられてきたが、近年、大手事務所でもプロボノ活動の一定時間を報酬計算の対象に入れるなど変化し始めている。
これまで日本では「善行は見返りを求めず、人知れずやるもの」という感覚も手伝い、外へのアピールは限定的だった。しかし、社会への貢献や、環境・人権への配慮が、企業や組織の評価に直結するようになったことを背景に、活動の輪を広げようという動きが出てきた。
公共訴訟を手掛ける一般社団法人LEDGE(レッジ)が中心となり、国内大手法律事務所や外資系法律事務所、NPO・NGO、「日本組織内弁護士協会(JILA)」に呼びかけ、日本で初めて11月2〜6日に「Pro Bono Week in Tokyo 2026」を開催する。
イベントを率いるアンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナーの齋藤宏一弁護士と、LEDGEの田中太郎弁護士に話を聞いた。
● 大手事務所が注力する背景に「企業ニーズ」と「社会の変化」
「かつては若手がプロボノをやろうとすると、『そんな余裕があるなら本業をしっかりやれ』と言われることもありました。でも、それでは続きません。個人の善意だけに頼るのではなく、事務所の仕組みとして正当に評価し、推奨する時代に来ています」
齋藤弁護士によると、大規模事務所がプロボノに本腰を入れ始めた背景には、クライアントである企業側の劇的な変化があるという。
「外資系企業を中心に、リーガルサービスの依頼先を選定する際、ダイバーシティやプロボノ活動への取り組みを考慮するケースが増えてきました。市民社会の視点から『組織が社会にどう貢献しているか』を問われるのは、法律事務所も例外ではありません」
社会的な価値を生み出すことが、法律事務所自体の評価や市場価値の向上にも直結する。かつて日本で美徳とされた「アピールしないこと」から脱却し、対外的に発信する仕組みをつくること──それが持続可能なプロボノを育てる鍵だという。
経営層のプロボノへの理解が必要だと語る齋藤宏一弁護士
● 今こそ原点を思い出して「武器の使い方」を考えてほしい
「午前9時から翌朝5時まで働く」と例えられるほどの激務をこなす大規模事務所がプロボノを奨励するには、内部でのサポート体制も欠かせない。
齋藤弁護士は「価値観の変化に対して、経営層も変わらなければなりません。プロボノを支援する姿勢やポリシーを作ることが必要です」と強調する。
齋藤弁護士自身も若手時代に、ハーバード大で出会った松田悠介氏の理念に賛同し、教育系NPO法人「Teach For Japan」の立ち上げを支援。「市民が社会を変える」経験を肌で感じ、10年以上にわたり監事として携わっている。
「企業法務の一線にいる人こそ『なぜ自分が法律家になったのか』を振り返ってみてほしいんです。この職業は、社会を動かすための非常に強力な武器を持っています。その武器の一部だけでも社会に使ってほしい。行政だけに依存するのではなく、民間レベルで社会を良くしていくリーダーシップを、法律家が取っていくべきだと考えています」
AIやテクノロジーの進化も味方につけられると指摘。「私も若い頃は要領が悪かったですが、スキルが上がれば、時間を短縮できます。今はAIもうまく使いながら、時間をどう使うか。プロボノに一部割くことも選択できるのではないでしょうか」
企画・運営を担う田中太郎弁護士
● 事務所の垣根を越え、NGOと直接つながる「マッチング」
Pro Bono Weekにおける大きな見どころの一つが、支援を必要とするNGOと弁護士を引き合わせる「マッチングイベント」だ。企画・運営を担うのは、LEDGEの田中弁護士。外資系事務所での経験などからプロボノの重要性を感じていたという。
自身がLGBTQ当事者で、同性婚訴訟などでは海外リサーチやイベント誘致などで、NGOや法律事務所が協働する姿を見てきたこともヒントとなった。
一方、日本では弁護士がプロボノに関わる契機は、個人の人脈や一部のネットワークに限られることが多く、支援を求めるNGO側にとっても「どこに相談すればよいかわからない」という課題がある。
マッチングの場をつくることは、大手事務所にとどまらず、中小規模の事務所や個人の弁護士にとっても参画のチャンスになるという。難民問題や外国人の人権、ジェンダー、環境などの課題に取り組む複数のNGOが参加する。
「若手にとっては『自分にどんなことができるのか』が可視化される機会になります。『人権』や『公益』という共通言語があれば一緒に協働できる。大手と中小・個人がタッグを組み、事務所の枠組みを越えて連携できる場にしていきたいと考えています」(田中弁護士)
● プロボノの現在地を知る1週間
プロボノを一部の特別な活動として終わらせず、法曹界全体のスタンダードへ──。
「今回は東京でのリアル開催のみですが、ぜひ全国の弁護士や法曹関係者に興味を持ってほしいです。たとえば個人では海外リサーチができなかったが、事務所等と連携すれば可能かもしれない。支援が必要な外国人やマイノリティは全国にいて、各地の弁護士が必要とされています」(田中弁護士)
大企業と向き合う大手事務所の弁護士も、地域に根ざす街弁も、法律家が集まって日本を変えるための方策を考える。セッションの開催される「難民支援」「環境」分野だけでなく、プロボノの現在地を知ることができそうだ。
【概要】
Pro Bono Week in Tokyo 2026 ― 法律家の力を社会へ
日時・場所:
11月2日(月)18:00 西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 東京オフィス
11月5日(木)18:30 アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 東京オフィス
11月6日(金)15:30 長島・大野・常松法律事務所 東京オフィス
対象:弁護士、企業内弁護士、司法修習生、法科大学院生、NPO/NGO関係者、市民
参加費:無料(事前登録制・Peatixより申込)
公式サイト:https://probono-week.org/
齋藤宏一(さいとう・こういち)弁護士
1999年東京大学法学部卒業、2001年弁護士登録(54期・第一東京弁護士会)、2009年NY州弁護士登録。企業等に対し役員報酬等のインセンティブ・プラン全般について助言を行うほか、2019年からビジネスと人権ローヤーズネットワークの運営委員を務める。
田中太郎(たなか・たろう)弁護士
2010年早稲田大学法学部卒業、2012年慶應義塾大学法科大学院修了、2013年弁護士登録(66期・第二東京弁護士会)。大手法律事務所や外資系事務所を経て、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)などでも勤務。現在は三浦法律事務所パートナー。