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「あいつの体に触りたくない」いじめが終わっても消えなかった対人恐怖…当事者が訴える「後遺症」への支援
「いじめ後遺症」について講演する近田菜摘さん(撮影:渋井哲也)

「あいつの体に触りたくない」いじめが終わっても消えなかった対人恐怖…当事者が訴える「後遺症」への支援

いじめが終われば、被害も終わる──とは限らない。

「大学時代は、人と関わることが怖かったです。いじめはもう終わっているのに、その苦しみは『一人で乗り越える問題』だと思っていました」

小中学校でいじめを受けた近田菜摘さん(32)=活動名イナ=は、大人になってからも対人恐怖などに苦しんできた。

そんな近田さんが社会人になって初めて知ったのが、「いじめ後遺症」という言葉だった。

現在は「いじめ後遺症ドットコム」を運営し、いじめが終わった後も続く心身の不調について発信している。訴えているのは、「いじめが止まれば終わり」にしないことだ。

子どもや教員が「いじめ後遺症」について学べるよう、学習指導要領や教職課程に盛り込むことなどを求め、2025年6月から署名活動も続けている。

●いじめが終わっても「悪夢を見る」

「いじめ後遺症」は診断名ではない。近田さんは、いじめが終わった後も続く心身の症状を指す言葉として使っている。近田さんによると、いじめによって生じた心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神疾患を含め、症状の現れ方は人によって異なるという。

「たとえば、いじめが終わったにもかかわらず、いじめの悪夢を見る場合は、いじめ後遺症と言ってもいいと思います。症状は傷つきによって人それぞれです。いじめが止まれば解決ではなく、その後のケアがとても重要です」

近田さんは2021年5月から、いじめを経験した当事者へのアンケートを続けている。2026年3月現在、252人が回答した。

多く挙げられたのは、自己肯定感の低下やフラッシュバック、人間不信などだった。

アンケートからは、周囲の支援とその後の回復との関係もうかがえる。

「いじめ当時、家族や周り、友人、学校、職場などの支援はありましたか?」との問いに、「なかった」と答えた人は半数を超えた。一方、「あった」と答えた人ほど、現在の状態について「改善傾向」と回答していた。

近田さんは、こうした結果から、いじめを止めるだけでなく、その後も支援を続けることが重要だと考えている。

自身にも、後になって「支援だった」と気づいた経験がある。

「大学時代は、対人恐怖が強かったです。『いじめ後遺症』という言葉を知っている今なら支援が必要だったと思えますが、当時はそう思いませんでした。『いじめをなかったことにしよう』とか、その苦しみは『一人で乗り越える問題』だと思っていました」

そんなとき、高校時代の友人が昼食に誘ってくれた。

「会食や一対一で関わることが怖かったのですが、今思えば、あれは支援でした」

●「あいつの体に触りたくない」

近田さんが「いじめ後遺症ドットコム」を立ち上げたのは2019年5月ごろだ。

背景には、自身が小中学校で受けたいじめと、その後も長く続いた苦しみがある。

「いじめが終わってからも続く対人恐怖を、誰にも話せませんでした。大学時代に身近な人に話したこともありますが、理解されず、『過去のことをいつまで言っているんだ』などと言われました」

特に深い傷として残ったのが、中学校でのいじめだった。

「中2まで2年間いじめられました。机がずれていたことをきっかけに、前の席の女子が自分のことを冷たい目で睨んでくるんです。プリントを配るときも適当に回してきました。気がついたら、他のクラスにも自分がいじめられていることが広まっていました」

いわゆる「菌いじめ」もあった。

廊下を歩いていて女子の集団と目が合うと、悲鳴を上げられる。席替えで近くの席になった生徒は、周囲から「ドンマイ!」と言われた。

体育の準備運動でペアを組み、お互いの体に触れる場面では、こんな言葉も聞いた。

「あいつの体に触りたくない」

●机に小さく「死ね」と彫られた

中学1年の2学期、同級生が「近田さんがいじめられている」と同級生の親に伝え、その親が近田さんの親に伝えたことで、いじめが発覚したという。

近田さんと、いじめの中心だった生徒、担任による三者面談が開かれ、相手は謝罪した。しかし、それで終わったわけではなかった。中学2年になると、別の生徒がいじめの中心になった。

「この頃、もう一人の自分が俯瞰して、いじめられている自分を見ていました。自分も加害者の目線で自分を見るようになっていたんです」

それでも学校を休まず、近田さんの言葉でいう「苦登校」を続けた。

「自分でも『学校を休んだら人生を狂わされる』と思っていましたし、親も『いじめがあっても学校へ行け』というタイプでした」

親から「どんないじめをされているのか紙に書け」と言われたこともあった。しかし、受けたことを言葉にするのは難しかった。

「本当は一瞬、『明日から休めるのかな』って期待したんですけどね」

唯一、早退したことがあった。その翌日、学校へ行くと、机に小さく「死ね」と彫られていた。

●「過去のことをいつまで言っているんだ」

いじめそのものが終わっても、その記憶からは逃れられなかった。

大学時代、いじめの経験による対人恐怖を初めて周囲に話した。しかし、理解されなかった。

「『過去のことをいつまで言っているんだ』と言われて、話さないのが正解だと思うようになりました」

そんなとき、Twitter(現X)で偶然、「いじめ後遺症」という言葉を目にした。

「その投稿を見て、すごく共感しました」

自分が抱えていた対人恐怖には理由がある。それは自分だけの問題でもない──。そう考えられるようになった。

「自分を責めなくていい。対人恐怖になるのは当たり前だと思えて、楽になりました」

最初から活動を始めようと考えていたわけではない。

「でも、『そんな自分だからこそ何かできることがあるかもしれない』と思ったんです。大切な人との死別を経験し、『自分もいつか死ぬんだよな』と感じたことも、活動を始めるきっかけになりました」

その後、ホームページのイラストを描いた協力者のかげばね陽朱K(よあけ)さんとともに活動を続けてきた。一般社団法人「子どもいじめ防止学会」や一般社団法人「ここから未来」のイベントに参加・登壇したほか、ひきこもりや生きづらさの当事者向け雑誌「SHIP」の取材を受け、記者会見も開いた。

●「いじめを止めて終わり」にしないために

2025年6月に始めた署名では、学習指導要領に盛り込むことで児童生徒が、教職課程では教員を目指す大学生が、「いじめ後遺症」について学べるようにすることを求めている。

さらに、いじめ防止対策推進法の改正や「いじめ後遺症支援法」(仮称)の制定し、必要な人が継続的に支援を受けられる仕組みをつくることも訴える。

署名は8月末まで受け付け、文部科学省やこども家庭庁に提出する予定だ。

いじめを発見し、止める。それだけでは、被害を受けた子どもの苦しみが終わらないこともある。

近田さんは、自身が大人になって初めて「いじめ後遺症」という言葉に出会った経験から、子どものうちからその存在を知り、周囲も「その後」のケアを考えられる環境が必要だと話す。

「いじめが止まれば解決ではありません。ケアがとても重要なんです」

近田さんは今後も情報発信を続け、文部科学省などへの提言につなげていく考えだ。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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