テレビ・アニメ会社の社員や劇団員、美術家など、「表現の現場」でハラスメント被害を受けた11人への聞き取り調査をまとめた白書が6月4日、公表された。
調査では、性暴力や暴言、暴行、長時間労働、賃金未払いなどの被害が単独ではなく複合的に発生し、離職や活動休止、心身の不調につながる実態が浮かび上がった。
被害者が業界を去る一方で、加害者は活動を続けるケースも少なくないという。
白書をまとめた「表現の現場調査団」が同日、東京・霞が関の厚労省記者クラブで会見を開いて明らかにした。
調査団のメンバー、アーティストのホンマエリさんは「ハラスメントのディテールを調査することで、構造の改善につながると強く願っています」と調査の意義を語った。
● 過労で居眠りしていたADをライターであぶる
編集部注:この記事には具体的なハラスメント被害の内容が含まれています。お読みになる際はご注意してください。
調査白書によると、テレビ制作会社でアシスタントディレクター(AD)として働いていた男性は入社後まもなく自宅に帰れなくなり、会社に泊まり込みながら働く生活になったという。
夜遅くに「6時間分の選挙演説を朝までに文字起こししておけ」など、現実的に終わらない量の仕事を命じられ、連日の徹夜を余儀なくされた。それでも、手取りは月15万円程度だったという。
さらに、先輩ADからは「会社のお金を横領する方法」を“新人研修”として教えられた。生活できないほど給与が低いため、私物の購入代金を撮影経費として処理する手口などをすすめられたという。
暴力も日常化していた。
業務中に居眠りした先輩ADに対し、上司がライターで皮膚をあぶり、その様子を周囲が笑いながら見ていたという。男性自身も「お前も寝たらこうなるぞ」と脅された。
極度の睡眠不足から仕事中に幻覚を見るようになり、「このままでは本当に死んでしまう」と感じて退職を決意したという。
● 「目覚めの一発」で暴行、歌舞伎役者からのセクハラも
歌舞伎や日本舞踊を扱う劇場で大道具として働いていた男性は、暴力が日常化した職場環境について証言した。
調査白書によると、男性は「殴る蹴るは日常でした。新人の頃は毎日のように殴られ、全身がアザだらけでした」と振り返る。
特に異常だったのは、「目覚めの一発」と呼ばれる慣習だ。機嫌の悪い先輩や眠そうな先輩が、出勤してきた後輩を突然本気で殴るというものだった。
男性が避けようとした際には「生意気だ」と追いかけられ、集中的に暴行を受けたこともあったという。
こうした背景について男性は、伝統芸能特有の閉鎖性を指摘する。
「先輩が絶対」という価値観が根強く、昔ながらの徒弟制度的な文化が色濃く残っていたという。
女性に対するセクハラも深刻だった。容姿や体型への侮辱が日常的にあり、飲み会帰りに女性の衣服を無理やり脱がせて裸にしたという話も耳にしたという。
さらに男性は、歌舞伎役者から裏方の男性に対する性的ハラスメントもあったと明かした。
自身も男性役者から体を触られたり、「かわいい」と言われて付きまとわれたりした経験があるという。
若い男性スタッフが食事に誘われ、その後トラブルになるケースも耳にしたが、相手が著名な役者であるため声を上げにくい雰囲気があったとしている。
相談窓口は実質的に機能しておらず、「暴力は禁止」というコンプライアンス規定があっても現場では無視されていたという。
●女性美術家は19歳のときに年上男性から性被害に
美術家として活動する女性は、19歳のときに受けた性被害について語った。
調査白書によると、相手は一回り年上の男性で、美術予備校生や若手アーティスト向けの勉強会を開き、美術批評やキュレーションを手がける人物だった。
SNSを通じて知り合い、イベントなどで交流を重ねる中、「展示資料を見せる」「企画書の書き方を教える」と誘われて自宅を訪れた際に被害に遭ったという。
女性は「嫌です」「やめて」と繰り返し伝えたが、聞き入れられなかった。
被害後、男性からは「今日のことをSNSに書いても、メンヘラが騒いでいると思われるだけだから無駄だ」と口止めとも受け取れる言葉をかけられたという。
さらに女性が「私が女性だからこういうことをしたのか」と尋ねると、男性は「そうなんじゃない」と答えたという。
また、「他の子にもこうしているのか」と聞いた際には、「みんな最初は嫌がるけど結局受け入れてくれる」と話していたと証言している。
●示談を断ると一転して「同意があったと思った」
女性は帰宅後すぐに恋人へ被害を打ち明け、その日のうちに警察へ相談した。しかし、被害届の受理までには時間がかかり、捜査開始後も証拠収集に苦労した。
弁護士の助言を受けて加害者に連絡し、「嫌だと言ったのになぜやめてくれなかったのか」と問いかけたところ、「ごめんね」と返信があった。
女性は加害者が被害を認識していた証拠になると考えたという。
その後、警察からは加害者が事実関係を認めていると伝えられたが、示談を断ると一転して「同意があったと思った」と主張を変えたという。最終的に事件は嫌疑不十分で不起訴となった。
被害の影響は長く続いた。
美術館やギャラリーへ足を運べなくなり、加害者に似た人物を見かけるだけで体調が悪くなった。被害者支援センターに相談した結果、PTSDと診断され治療を受けたという。
現在は症状も改善し、美術館にも足を運べるようになったが、加害者は今も業界内で活動を続けている。
女性は「被害者支援はもちろん重要だが、同じ被害を繰り返さないためには、加害者が自らの行為と向き合う仕組みも必要だと思う」と述べている。
●被害者が被害を自覚しにくい構造
調査結果を分析した一般社団法人「社会調査支援機構チキラボ」の特任研究員、中村知世さんは会見で、今回の調査から「ハラスメントの複合化」が見えてきたと指摘した。
2024年に実施した調査では、表現者の14.6%が性的接触被害、10.9%が暴力被害を経験していた。
しかし今回の聞き取り調査では、それらが別々に起きるのではなく、一つのハラスメントをきっかけに別のハラスメントが重なり、深刻な状況へ発展していく実態が確認されたという。
また、被害者が被害を自覚しにくい構造も浮かび上がった。
加害者から「あなたのためを思って指導している」と言われたり、周囲から「乗り越えるべき問題だ」と諭されたりすることで、被害者が自らを責めるようになるケースが目立ったという。
中村さんは、こうした心理的操作を「ガスライティング」だと指摘する。
「被害者が『自分が悪いのではないか』『能力不足なのではないか』と思い込み、被害の自覚が遅れてしまう」と説明した。
●5年間で進んだ業界の取り組みも
調査団は2020年に発足し、映画監督やアーティスト、俳優らを中心に、ハラスメントやジェンダーバランスに関する調査・提言を続けてきた。これで活動を終了する。
今回公表したインタビュー調査白書は、その活動の締めくくりとなるという。
会見では、この5年間での変化についても報告があった。
調査団のメンバーで映画監督の深田晃司さんはオンラインで参加し、映画業界について「長時間労働や契約関係の弱さ、男女差別などにより、表現分野の中でも特に深刻な状況だった」と説明した。
一方で、近年は、日本映画適正化機構による認定制度やフリーランス法の施行、インティマシー・コーディネーターの普及、ハラスメント研修の実施など改善の動きも進んでいるという。
ただし、「業界によっては足並みがそろっていない」とも指摘し、さらなる取り組みの必要性をうったえた。
また、深田さんは「誰もが表現に携わることができるという当たり前のことができなくなっている状況は大きな問題だ」と指摘した。
「表現とは、社会に埋もれがちな一人ひとりの声を可視化し、民主主義に反映させる営みだ。表現の現場のハラスメントやジェンダーバランスの問題は、表現の自由にも関わる」
今後、これまでの調査報告はウェブ上で公開を続けるほか、学生向けハラスメント防止リーフレットの配布は芸能従事者協会に引き継がれる予定だ。