小学館の漫画アプリ「マンガワン」をめぐり、ある漫画家がわいせつ事件で罰金刑の略式命令を受けたにもかかわらず、その事実を把握していた編集者が、別名義で原作者として再起用していた問題が波紋を広げている。
被害女性が高校の講師でもあった漫画家から受けた性被害を訴えた民事訴訟でも、札幌地裁は不法行為を認めている(双方が控訴中)。また、小学館の編集者が和解協議に関与したとされる経緯の一端も明らかになりつつある。
一連の問題を受け、SNSのX上では漫画家たちが相次いで反応した。小学館と取引のある漫画家たちが、同社への批判的な姿勢を示し、マンガワンでの配信停止などを求める動きを見せている。
連載中の漫画家の中には、無期限休載の意向を表明する人も現れている。
こうした動きについて、専門家は「ビジネスと人権」の観点から評価できる行動だと指摘する。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●態度を行動で示した漫画家たち
マンガワンをめぐる問題が表面化すると、小学館で単行本を刊行している漫画家や、マンガワンで作品を配信している漫画家たちが、自作の配信を一定期間停止する考えを相次いで公表した。
さらに、小学館を代表するベテラン漫画家の作品についても、マンガワンでの配信が停止されていることが確認されている。
ビジネスと人権の問題にくわしい蔵元左近弁護士は、こうした動きについて、フジテレビや旧ジャニーズ事務所の問題でスポンサー企業がCM放送を停止した状況と重なると指摘する。蔵元弁護士に聞いた。
●旧ジャニーズ問題と異なるポイント
──漫画家たちの反応をどう受け止めていますか。
フジテレビや旧ジャニーズの問題と異なるのは、大企業ではなく、個人事業主であるクリエイター自身が声を上げた点です。漫画家たちは問題に対する自らの姿勢や、小学館に求める要望を明確に表明しました。
ビジネスと人権の原則に照らすと、問題のある取引先との関係を直ちに完全に断つことが、必ずしも適切とは限りません。関係を断ち切ると、相手企業に対して行使できる影響力まで失ってしまうからです。取引終了は、企業の姿勢を見極めたうえでの最終手段であるべきです。
今回は、漫画家の対応も一様ではありませんでしたが、多くは小学館との関係を完全に断つのではなく、マンガワンでの配信を一時的に止めつつ同社が早期の対応を取るべきことを表明し、プレッシャーをかけている人が目立ちます。
多くの漫画家が、被害者への誠実な対応と、出版社における構造的な問題の解決を求めました。
●非上場企業に対する「ステークホルダー」の役割
──小学館を代表する漫画家の高橋留美子さんの作品も、マンガワンでの配信が停止されています。
高橋さん自身が文章などで見解を発信したわけではありませんが、ニュースによると配信停止は著者の意向であるとのことです。高橋さんとしては自らの行動が持つ影響力を踏まえた意思表示の一環といえるでしょう。
フジテレビの問題では多くのスポンサー企業がCMを引き上げましたが、キリンHDのように自ら問題意識を表明し、CM停止とセットで対応した企業は一部にとどまりました。多くの企業は、明確な説明を行わず周囲に合わせる形で「右にならえ」の対応をとった印象があります。
上場企業であれば、取引先などのステークホルダーからプレッシャーを受けやすい立場にありますが、非上場企業である小学館は、市場からの直接的な影響を受けにくい側面があります。
そのため、漫画家自身が重要なステークホルダーとなります。人権を尊重する漫画家たちが配信を停止し、その理由を対外的に説明したことは、説明責任を問われる小学館が是正に向かうための大きな推進力となるでしょう。
●「創作の前に…人権」漫画家の態度を支持するファンによる“健全な推し活”
──配信停止や取引の中断は、漫画家自身の活躍の場を狭めることにもつながります。読者にとっては残念な面もありますが、多くの読者はこうした動きを支持しているようです。“健全な推し活”のように見えます。
読者と作者が共に高い人権意識を持ち、人権を優先した漫画家の行動を読者が支持する──。これは非常に健全な関係性です。
日本でも、ステークホルダーが問題のある企業に働きかけることが一般的になりつつあります。
漫画家たちも、自発的に行動していることに加えて、態度を表明しないことが逆にファン離れを招く可能性まで考慮しているのかもしれません。表現活動の前提に人権の保護があることを、クリエイターたちが深く理解している表れでしょう。
●海外からどう見られるか
──海外取引への影響は出るのでしょうか。
『ドラえもん』や『名探偵コナン』、最近では『葬送のフリーレン』など、小学館には唯一無二のソフトパワーがあり、日本の魅力を国内外に伝える力があります。
今回の事案は、会社内部の人間が直接的に性加害をおこなったケースではないため、直ちに海外展開に支障が生じるような影響が出るとは考えにくいように思われます。ただし、詳細な分析がなされていない現時点では断言できず、第三者委員会の調査結果が待たれます。
今回の問題は、メディア業界特有の構造的課題に通じている可能性があります。こうした問題は、出版社だけでなく、新聞社やテレビ局などで起こり得ます。
本来、現場の独立性を尊重する仕組みが、内部の不正を見逃す「悪しき現場主義」に変質している場合もあるということかもしれません。安易な謝罪で終わらせるのは簡単です。そうではなく、構造的な問題を解明し、再発防止につなげることが求められています。
【取材協力弁護士】 蔵元 左近(くらもと・さこん)弁護士
日本国・米国NY州弁護士。M&Aやコンプライアンスを専門とし、近年は「ビジネスと人権」等のサステナビリティ分野にも注力。東京都「社会的責任調達指針」運用助言委員会委員、東京オリパラ委員会「持続可能性に配慮した調達コード」通報受付窓口助言委員長等を歴任。「ビジネスと人権対話救済機構(JaCER)」共同代表理事。2023年に蔵元国際法律事務所を設立。日経新聞「企業が選ぶ弁護士ランキング」受賞。
事務所名 :蔵元国際法律事務所
事務所URL:https://kuramoto-jurist.com/