メディア関係者の間で、関心の温度差が大きく二分されている裁判が東京地裁で進んでいる。「ジャーナリズムの危機」と懸念する声がある一方、裁判の存在すら知らない記者もいる。
それは、日本を代表する通信社として知られる共同通信社を、1人の記者が訴えた裁判。2月20日の判決を前に、争点と双方の主張を整理する。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●共同通信に損害賠償550万円を求めて提訴
共同通信は「一般社団法人」で、地方の新聞社やNHKなどの加盟社で構成されている。国内外に取材拠点を持ち、加盟社や契約先に日々ニュースを配信している。
報道機関ではあるものの、自社で発行する紙面や放送する番組を持たない点が、新聞社やテレビ局とは異なる。
共同通信で記者として働いていた石川陽一さんは2023年、会社に550万円の損害賠償を求めて提訴した。
ことの発端は、2017年に長崎市の私立高校で男子生徒が自殺した出来事だった。
2017年4月に共同通信に記者として入社した石川さんは、2018年5月に長崎支局へ異動。自殺の背景にいじめが疑われていたこの事案の取材を始め、学校側が自殺を「突然死」として扱おうとしていた問題を2020年11月に報じた。
石川さんによる一連の報道はジャーナリズム関連の賞を受賞。2022年11月には、それまでの取材結果を著書『いじめの聖域』(文藝春秋)にまとめて出版した。
裁判に至るまでの経緯(取材メモや裁判資料などをもとにNotebookLMで作成)
●取材をまとめた出版後に記者から外される
問題視されたのは、その著書の表現だった。
石川さんは著書の中で、生徒の自殺を「突然死」として扱うことを長崎県側が追認した問題を地元紙の長崎新聞が積極的に取り上げていないとして、「黙殺」などと批判的に論評した。
これに対して、長崎新聞から抗議を受けた共同通信の幹部が石川さんを呼び出し、出版の経緯や記述内容について確認を求めたという。
出版にあたって、石川さんは事前に会社の許可を得ていたが、共同通信は2023年1月、石川さんに対して「社外活動(外部執筆)の了解取り消しの通知」を発出した。
訴状などによると、共同通信側は、石川さんが長崎新聞に取材することなく著書で批判的な内容を書いた点を問題視し、「共同通信社と長崎新聞社の信頼関係が傷ついた」などと指摘した。
通知には、次のような記載があったという。
「(本件書籍)出版の了解を取り消しましたので、今後、問題箇所を修正して改めて社外活動の了解を得ない限り、社として、本書の重版を認めません。無断で重版をしたり、今回の経緯をメディアで公表したりすることは、職員就業規則や社外活動規定に違反し、懲戒の対象になる場合がありますのでご注意ください」
そして石川さんは2023年5月に記者ではない部署への異動を命じられ、その後退職した。
共同通信を訴えた石川陽一さん(日本外国特派員協会の公式YouTubeより)
●原告「共同にも確認取材がない記事がある」と指摘
こうした共同通信の対応について、石川さんは「表現の自由を行使する機会を奪われた」などとして提訴した。
裁判では、石川さんが著書の中で長崎新聞を批判する際に同社へ「確認取材(反論取材)」をおこなわなかったことの是非や、共同通信が石川さんを記者職から外したことの正当性などが争点となっている。
石川さんは、「黙殺」などと表現したことは「正当な論評の範囲内」と主張。共同通信が配信する論評記事の多くでも、政治家や企業を批判する際に、すべての対象者へ確認取材をおこなっているわけではないと指摘した。
また、長崎新聞は共同通信の運営費を負担する加盟社であり、取材をすれば出版そのものを妨害される可能性が高かったとも主張している。
記者職を解かれた点については、著書がノンフィクション賞の候補になった実績などを示し、共同通信側の評価は不当だとうったえている。
石川さんが共同通信を訴えた裁判の概要(取材メモや裁判資料などをもとにNotebookLMで作成)
●共同通信「加盟社との信頼関係を毀損した」と主張
一方、共同通信側は「他者を批判する記事を書く際に対象者に確認取材をおこなうことは、より客観的に公平かつ正確な報道を追及する点で記者としての基本動作とされている」などと反論。
石川さんが長崎新聞に真意を確認しないまま「黙殺」と断じたことは、加盟社との信頼関係を大きく毀損するものだったと主張している。
また、配置転換については、取材が不足した状況での出版や、過去の業務に取り組む姿勢などを総合的に判断した結果で、「当面の間は記者として報道現場に配置することはできないという人事判断」だったとした。
共同通信本社ビル(2026年2月15日、東京都港区で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●当事者が否定したら「黙殺」と書けないのか
不可解とされるのは、『いじめの聖域』の出版後、長崎新聞が石川さん本人や出版元の文藝春秋に対して、直接抗議や質問状の送付をした形跡がないという点だ。
つまり、長崎新聞が共同通信に処分を求めたのか、それとも長崎新聞の意を汲んだ共同通信側が自発的に判断したのかが、はっきりしていない。
この点は裁判でも注目された。
2025年9月26日の期日で、当時共同通信の福岡支社長だった男性は、著書発売の翌日に長崎新聞幹部と面会し、「黙殺という認識はおかしい」「危機管理が薄いのではないか」「共同通信としての責任を免れない」などと言われたと明かした。
さらに、「出版差し止めや回収はできないのか」という要望も受けたという。
支社長は、本社から事前に受けていた指示通り、その場で長崎新聞側に「信頼関係を損ねた」などとして謝罪したという。
証人尋問では、報道のあり方そのものが問われる場面もあった。
「もし長崎新聞が『我が社は黙殺していません』と言ってきた場合、『黙殺』と書けないのでしょうか?」
原告と被告の両代理人から同じ質問が投げかけられると、支社長は「しっかりと取材活動がされて、それに足る部分があれば書いていいと思う」と述べた。
石川陽一さんは、かつて所属していた共同通信との裁判などについてまとめた著書「記者迫害」を出版した(弁護士ドットコムニュース撮影)
●メディアの自殺か…現役の共同記者「現場は萎縮する」
表現の自由をもとに活動する報道機関自身が、その権利を制約する側に回ったのではないか──。今回の裁判は、そうした疑問も呼び起こしている。
大手新聞社の中には、出版や雑誌への寄稿など社外での言論活動に会社の許可が必要とされ、申請が認められないケースもあるといい、「記者個人の表現活動に対する締め付けが厳しくなってきている」との声も聞かれる。
報道機関が自ら記者の「表現の自由」を縛れば、結果として、メディアの自殺につながりかねない。
共同通信の現役社員の一人は「たしかに石川さんの取材や記事の書き方には、他にも方法やテクニックがあったと思うが、社外活動を制約されたら現場は萎縮する」と語り、会社の対応に危機感を示す。
注目の判決は、2月20日午前11時、東京地裁で言い渡される。