生まれた際に他の赤ちゃんと取り違えられた東京都足立区の江蔵智(えぐら・さとし)さん(66)が、生みの親に関する調査を都に求めた裁判が1月20日、東京地裁(平井直也裁判長)で結審した。
江蔵さんは「ぜひこの裁判で私の願いを叶えていただきたい」と訴えた。判決は4月21日午後1時10分から東京地裁712号法廷で言い渡される。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●取り違えの事実は認定されるも都は調査せず
訴状などによると、江蔵さんは1958年4月10日ごろ、墨田区にあった都立産院で生まれたとされる。
幼少期から親戚に「親と顔が似ていない」などと指摘されることがあったものの、両親と弟を含めた4人家族で育った。
しかし、46歳となった2004年、体調不良で病院にかかったことをきっかけにDNA鑑定を実施したところ、父と母の両方とも一致しなかったという。
江蔵さんは同年10月、出生時に別の親の元に生まれた新生児と取り違えられたことについて東京都に損害賠償を求めて提訴した。
東京地裁、東京高裁ともに取り違えがあった事実が認定されたが、生みの親に関する情報を得られることはなかった。
そこで2021年11月、東京都に対して生みの親について調査する義務があることや慰謝料等に基づく1650万円の損害賠償などを求めて東京地裁に提訴した。
●法学者「一刻の猶予もなく都が調査すべき」
この日は、青山学院大学法学部の申惠丰(しん・へぼん)教授への証人尋問があり、「出自を知る権利」などに関する国際人権条約の権利について説明した。
申教授は、ヨーロッパ各国で積み重ねられてきた匿名出産などの当事者が起こした裁判例を紹介しながら、日本も批准する「自由権規約」や「子どもの権利条約」が子どもが身元に関する情報を不法に奪われた場合は国がその回復を図るよう求めており、江蔵さんのケースはこれに該当する考えを示した。
「江蔵さんの場合、深刻な人権侵害が継続しており、一刻の猶予もなく東京都が調査することが必要だ」
また都側が、生みの親を探す過程で他者のプライバシーに踏み込む恐れがあることを主張していることについては、「人権侵害の重みを理解していない主張」と述べた。
●原告「頭の中が真っ白、心に大きな穴」
原告の本人尋問もあり、江蔵さんは両親と血が繋がっていない事実を知った時のことを「頭の中が真っ白になり、心に大きな穴があいたような感じでした」と振り返った。
最後に裁判を起こした想いを尋ねられると、両手をまっすぐ両膝の上に置いて次のように裁判官たちに訴えた。
「取り違えられたことを知ってから、両親に会いたい、兄弟に会いたいと思ってきた。ぜひこの裁判で私の願いを叶えていただきたい」
●原告代理人「東京都の作為義務を認めることは十分に可能」
期日後の会見で、記者からの質問に対し、原告訴訟代理人は次のように語った。
——条約により、東京都に具体的な作為義務があることを基礎づけることが可能なのか?
国際人権規約の自由権規約、子どもの権利条約は日本も批准しており、日本国内でも法的拘束力を有する。
条約は、日本国内でも法律に優先して適用される。憲法と条約の優先関係には争いがあるものの、条約が法律に優越することには争いはない。
被告主張では、原告の請求している「戸籍受附帳」は、戸籍法に基づく公用開示請求の対象である「戸籍等」の中に含まれないなどとしているが、法律に優越する条約の効力を、法律によって制約することは許されない。
自由権規約2条3項は、権利救済の具体的な根拠規定となる。同条では「救済措置」をとることが求められている以上、この条文を根拠として東京都に作為義務を認めることができると考えている。
作為義務の具体的な内容についても、本件訴訟を通じて特定してきた。原告が被告に対して主張する作為義務は、十分に明確であり、かつ履行も容易である。さらに、開示の手続に関係する第三者の権利にも十分に配慮した内容となっている。