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なぜ老舗旅館の社長を自殺に追い込むほど断罪するのか…和田秀樹さんが憂う「不機嫌」な日本社会

なぜ老舗旅館の社長を自殺に追い込むほど断罪するのか…和田秀樹さんが憂う「不機嫌」な日本社会

『80歳の壁』などのシニア向け生き方指南書でブレイク中の精神科医・和田秀樹さんが、このほど新書『機嫌がいい人ほど人生はうまくいく』(宝島社)を上梓した。叩きやすい人を見つけては、束の間の正義感でバッシングする「不機嫌という病」に呑み込まれつつある社会、そこに生きる私たちの心の闇をひもといた1冊だ。

「国会議員や公務員の宿舎の家賃が相場より安いことに対する過剰なバッシングなどが、典型的な不機嫌の構図です。自分よりいい暮らしをしている人を見ると腹が立ってしょうがないわけですが、誰かを引きずり下ろしたところで暮らしがラクになるわけでもない。結局、ガマン比べみたいなことをやり続けて、不機嫌が加速するという悪循環です」と和田さんは嘆息する。

水の交換問題が浮上した老舗の温泉旅館については報道が過熱、社長は自殺に追い込まれた。果たして私たちの社会はこの悪循環から脱却できるのか。和田さんに、本書に込めた思いと、「不機嫌」に呑み込まれないための心の処方箋について聞いた。(ライター・大友麻子)

● 失われた30年、怒りの矛先を向けるべき相手は誰?

――議員宿舎バッシングに見る不機嫌の構図とは?

一等地の広い物件が、ただでさえ格安の賃料なのに、経年劣化を理由にさらに値下げするなんて許せない!という感情が噴出しているわけですが、ちょっと落ち着いて考えてみてください。30年前のバブル期までは、社宅族の人も多かったはずです。福利厚生の一環として、安い家賃で素敵な社宅に住めていた人が大勢いました。

ところがバブル崩壊後、「失われた30年」に突入し、業績悪化で社宅も売却、民間企業に勤める人たちの多くは高くて不便な場所に引っ越さざるを得なくなります。これは実質的な給与引き下げです。確かに当時は不良債権の処理などが急がれていましたから、ある程度やむを得なかったでしょう。

ところが今、企業の内部留保の金額は空前の規模になっているにもかかわらず、よし、社宅を買い戻そう、社員の福利厚生を充実させよう、といった方向に動く企業はほとんどありません。

会社が厳しい時には、社宅を売り飛ばされても、実質賃金を下げられても、社員たちは会社の存続のためにと我慢したわけでしょう。ところが今や、その社員たちの恩義に報いようとする企業があまりに少ない。それが、松下幸之助や出光佐三たちと、今の経営者との大きな違いでしょう。

一方で、煮え湯を飲まされている労働者たちも、経営者に対して待遇改善を求めて声を上げるのではなく、不機嫌の矛先を自分よりも良い条件で働いている人たちに向け、彼らを引きずり下ろそうとする。矛先を向ける相手を完全に間違えています。

内部留保を賃金や福利厚生に吐き出させ、富の再分配を適切に行わせて、みんなで豊かになろう、みんなで幸せになろうという方向に向かわないところに、今の不機嫌な社会の不幸があります。

公務員の条件が悪くなれば、当然民間の条件もさらに悪化していくだけなのに、結局、みんなで「ガマン比べ」をしているありさま。企業の内部留保が過去最高を更新し続けるのも当然でしょうね。加えて、労働組合が完全に力を失っている、むしろ自ら力を放棄してしまったも同然ですから、もはや声を上げるどころではないという状況です。

――そうした不機嫌の根底には、自分たちが大切にされていないという思いがある?

そうです。多くの人たちにとって、実感として生活はますます苦しくなり、豊かさの実現からはほど遠く、自己愛が満たされない状況が続いている。そこで、叩いても安心なヤツを叩いて自分たちの正義に酔うことで、かろうじて自己愛を満たそうとするのです。

実は、バッシングすることで自分たちの足元も地盤沈下していくわけですが、束の間は正義感に酔いしれることができます。

――叩いても安心な相手とは?

不機嫌な人たちの特徴として、二分割思考の強さが挙げられます。さらに、「かくあるべし」という思い込みが強いということ。

「こちらが正義で、あちらは悪」という思考なので、「グレー」な存在を認めることができません。彼らにとって、叩いても大丈夫な人たちとは、「かくあるべし」の枠から外れていることが明白な人。その結果の重大性は問いません。

つまり、犯した罪の重さとは関係なく、二分割思考に照らして「クロ」だとはっきりしているかどうかが重要。だから、天然温泉の風呂を年に2回しか交換せず基準値を超えるレジオネラ属菌が検出されたというだけで、そこで死者が出たわけでもないのにメディア報道は過熱、それに乗っかる形でネット上でも大バッシングが繰り広げられ、温泉旅館の経営者が自殺に追い込まれました。

しかし、在日米軍の米国人関係者が沖縄の女性を強姦し殺害した事件が明るみに出たとき、温泉のお湯を入れ替えなかった旅館経営者に対する以上の怒りの声が、全国的にわきあがっていたでしょうか。レイプ殺人と風呂の湯の衛生管理の不徹底、どちらの事件の方が悪質かつ重大なものかは明らかでしょう。

ところが、不機嫌な人たちの多くは、日米地位協定によって、米軍の「好意的配慮」なしにはまともな捜査すらできない強姦殺人よりも、「ケチな経営者が経費を削って風呂の湯を清潔に保たなかった」という「見えやすい悪」に飛びつき、束の間の正義感に酔いしれて自己愛を満たします。こうした不機嫌な感情は、叩きやすい弱い存在に向かっていきやすく、社会全体を蝕んでいきます。

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●「正しくない」人を叩き、束の間満たされるいびつな自己愛

――叩きやすい社会は、叩かれやすい社会であるとも言えます。

世の中が二分割思考にかすめ取られているので、誰もが安心して本音が言えなくなっています。下手なことを言うと、今度は自分がコテンパンに叩かれてしまう。叩かれないためには、常に「正しい」側に自分が立っている必要があります。そのため、とにかく手軽に叩けそうな「正しくない人」を見つけては群がっていく。

最近、10年以上も前の不倫メールが暴露されて叩かれている県知事がいますが、確かに「破廉恥メール」であることは間違いないのだけれども、政治家になる前の大人同士の不倫関係について、第三者が今になって叩くことに何の意味があるのか、よくわかりません。「正しくない」と言いやすいネタなので、とにかく叩く。そうやって、満たされない自己愛をいびつな形で満たしているのです。

――いびつな形でなく自己愛を満たすには何が必要なのでしょう?

「あなたはそう言うけれども、相手にも言い分があるかもしれないね」というような形で二分割思考を解きほぐしていき、その上で、「あなたの気持ちもわからなくはないよ」という風に共感してもらえる経験を重ねていくことが非常に重要です。

完全なる正義も完全なる悪もない。正義というのは常に相対的なものであって、自分も相手も「常に正しい」ふるまいをすることなど不可能だと知ることでしょう。その中でお互いの正しさや好意を認め合えれば、自己愛が傷つくことなく不機嫌の悪循環から抜け出せると思います。

しかし一方で、相手を叩くことでかろうじて自分の精神をサバイバルさせている人は、かりそめであっても、その「正義」によって自己愛を満たしているわけです。精神を保つための防衛なので、それを剥がしてしまうことには慎重になるべきです。自分の「正義」が崩れた途端、精神がサバイバルできなくなる可能性があるからです。

例えば、「生活保護」受給者バッシングをしていた人であれば、自分が苦境に陥って「生活保護」を受給しなければどうにもならないような状態になると、「俺はもう生きる価値がない人間だ」と激しい自己否定に陥り、鬱になったり自殺しようとしたりしかねません。

根本的な解決としては、正義感を振りかざさないと自己愛が満たされないような世の中の状況を変えていくしかないわけです。みんなで幸せになろうよ、みんなで豊かさを分け合っていこうよ、という方向に向かっていくしかない。そうでない限り、今のメンタルのまま日本人が幸せになるのは非常に難しい。

せいぜいが、WBCで日本チームが活躍しているのを見てささやかな幸福を感じるくらいでしょう。ですが、野球などで満たされようとしていないで、自分自身のリアルな幸せを求めて、もっとわがままに生きていいのです。

●人とのつながり資本を豊かにしよう

――みんなで手を取り合って幸せを追求したいところですが、現実問題として市場はシュリンク(縮小)し、日本経済に明るい未来を描くのはなかなか厳しい状況です。

社会状況が好転するまで待ち続けるわけにもいきませんから、少しでも心地よく、他者も自己も否定しすぎずに生きていく方法を自分自身で見つけていかなければなりません。つまり、世の中の経済が好転しないのであれば、せめて自分の身の回りのソーシャルキャピタルを豊かにしていこうよ、という思いを込めたのが、今回の新書『機嫌がいい人ほど人生はうまくいく』です。人と人とのつながり資本という意味で、ソーシャルキャピタルという言葉を使っています。詳しく知りたい人はぜひ、本書を読んでみてください。

もちろん、人間関係が豊かになるだけで、人生が絵に描いたようにバラ色になるわけではありませんが、預貯金を溜め込むよりはるかに日常の時間を豊かにしてくれるのが、身近な人との何気ない会話、ちょっとした時に支え合える関係、困った時に相談できる相手の存在だと思っています。そう考えると、他者を「クロとシロ」でジャッジするような不機嫌な生き方は、百害あって一利なしです。

今はガマンが美徳になっているような状況ですが、誰に何を言われようとも、塩分やカロリーを気にせず食べたいものを食べて、免許返納の圧力に負けずに元気なうちは堂々と愛車のハンドルを握って、行きたいところに行き、好きなように生きることで「不機嫌という名の妖怪」を追い払っていきましょう。そのほうがメンタルにいいだけでなく、免疫機能も上がって元気で長生きができます。

その意味では、誰にどう思われようと頓着せず、好きな鉄道に乗ったり撮影したりするだけで我が世の春とばかりに幸せそうな鉄道マニア、養老孟司さんように昆虫さえいれば何もいらないという昆虫オタクなど、何かのマニアを極めている人たちの生きざまに学ぶことは少なくないと思っています。

【プロフィール】和田秀樹(わだ・ひでき)1960年大阪府生まれ。精神科医。ルネクリニック東京院院長。東京大学医学部卒。30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わり、『80歳の壁』(幻冬舎新書)がベストセラーに。

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