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大金を残して孤独死した「身元不明の女性」を追う…知られざる「相続財産管理人」の現場
「ある行旅死亡人の物語」のきっかけとなった官報(提供写真)

大金を残して孤独死した「身元不明の女性」を追う…知られざる「相続財産管理人」の現場

2020年春、兵庫県尼崎市のアパートで、3400万円という多額の現金を残して1人の女性が亡くなりました。奇怪だったのは、右手の指をすべて欠損していたことでした。

警察や探偵が彼女の身元を調査しましたが、解明せず、関心を抱いた報道記者2人が、彼女についての取材を始めます。すると、事態は意外な方向へと進んでいきました。

記者たちの取材がニュースで報じられると大きな反響を呼び、2022年11月には『ある行旅死亡人の物語』(共同通信大阪社会部・武田惇志記者と伊藤亜衣記者の共著/毎日新聞出版)として出版されました。

著者の1人である武田記者は取材の発端について、家庭裁判所から選任された「相続財産管理人」である弁護士の言葉がきっかけだったといいます。

年々、選任数が増えている相続財産管理人は、どのような仕事をするのでしょうか。その知られざる舞台裏について、武田記者が寄稿しました。

●官報の「行旅死亡人」欄に目を奪われる

2021年春、筆者はインターネットで見つけた、以下の官報の「行旅死亡人」欄に目を奪われた。

「本籍(国籍)・住所・氏名不明、年齢75歳ぐらい、女性、身長約133cm、中肉、右手指全て欠損、現金34,821,350円。

上記の者は、令和2年4月26日午前9時4分、尼崎市長洲東通×丁目×番×号錦江荘2階玄関先にて絶命した状態で発見された。死体検案の結果、令和2年4月上旬頃に死亡。遺体は身元不明のため、尼崎市立弥生ケ丘斎場で火葬に付し、遺骨は同斎場にて保管している。心当たりのある方は、尼崎市南部保健福祉センターまで申し出て下さい」

3400万円以上の現金に、「右手指全て欠損」……。気になって自治体に問い合わせると、すでに地元の弁護士が相続財産管理人として選任されているのだという。弁護士から連絡をもらえるよう依頼すると、しばらくして電話が鳴った。

彼は電話口で、22年に及ぶ弁護士人生の中でも興味深い事件だと評したうえで、「警察も探偵も身元を判明させられず、このままでは巨額のお金が国庫に編入されてしまうんです。どこかに遺族がいらっしゃるかもしれないし、報道の力を借りられたらありがたい」と述べた。

この言葉に動かされ、筆者らの長い取材の旅が始まることになった。

●身元不明の孤独死、「心当たりの方」を求めて

身寄りのない人が孤独死をすると、まずは所管する警察が事件性の有無を調べ、身元判明のために力を尽くす。それでも身元が判明しない場合、業務が市町村に引き継がれる。

自治体が遺体を埋葬・火葬したうえで、官報に「行旅死亡人」として「相貌や遺留物品等、本人に関する事項」を記して公告を出し、「心当たりの方」に呼びかけるのだ。所管する法律は1899(明治32)年にできた「行旅病人及行旅死亡人取扱法」である。

「行旅」とは「旅行」を意味する言葉で、法律制定当初は貧民などの「行き倒れ」が想定されていたが、現代日本では孤独死や自殺による死者も行旅死亡人中の大きなウェイトを占める。現在は年間、600~700人ほどが官報に掲載されている。

行旅死亡人欄への公告費用は1行当たり、1000円程度だ。ただ、定期購読している役所の職員などを除き、日常的に官報に目を通す人など滅多になく、「心当たりの方」が親切にも名乗り出てくるケースはほどんとない。

この女性行旅死亡人の場合も、官報を見て連絡したのは筆者しかおらず、地元の弁護士も「正直、記者さんみたいな特殊な仕事の人ぐらいしか見てへんと思います」とぼやいていた。

さて、行旅死亡人に遺留金がなかったり、乏しかったりする場合は、以上で基本的な手続きは終了となる。しかし遺留金が多額だった場合、「相続財産管理人」の選任申し立てが検討される。

なお、厚生労働省と法務省が自治体向けに公表した「身寄りのない方が亡くなられた場合の遺留金等の取扱いの手引」(2021年3月、以下「手引」)によると、遺留金が多額か少額かは選任申し立ての際に必要と見込まれる予納金の額を超えているか否かなどが参考にされており、数十万円~100万円程度となる場合が多いという。

●相続財産管理人が探偵投入、部屋の片付け、ゴミ出しも  

今回のケースのように遺留金が多額で、相続人がいるかどうかがわからないと、自治体からの申し立てにより、家庭裁判所が「相続財産管理人」を選任する。当てられるのは多くの場合、弁護士か司法書士だ。申立人について、民法は「利害関係人又は検察官の請求によって」としている。

相続財産管理人の仕事は、端的に言うと「相続人を捜索しつつ、相続財産を管理・清算する」こと(手引)。今回、私に連絡をくれた尼崎市の弁護士は、残された財産が大金だったことから、異例ながら探偵を現場に投入してまで調査を尽くしている。「もし、後々になって相続人が出てきたら大変なことになってしまう」というのが、その理由だった。

「捜索」は、相続財産管理人自ら現場に赴き、遺品を調べることにまで及ぶこともある。

今回の弁護士も、女性が亡くなった尼崎市の古いアパートを訪ね、金品や身元判明の手がかりになりそうな物品をより分けたうえで、部屋の片付けやゴミ出しまでしている。腕時計、ペンダント、印鑑、通帳、年金手帳、レシート類、賃貸の契約書などを持ち帰って調べたが、いずれも本籍地につながる情報はなかった。

●手を尽くしても相続人が見つからない場合は?

相続財産管理人が選任されると、官報にその旨の公告が出される。

選任された相続財産管理人は2カ月が経過したあと、「相続債権者・受遺者に対する請求申出」の公告を官報に出す。「受遺者」とは、遺言によって財産を渡される人のことである。

尼崎市の弁護士も、選任から3カ月後の2021年5月、「(女性行旅死亡人の)相続人のあることが不明なので、一切の相続債権者及び受遺者は、本公告掲載の翌日から二カ月以内に請求の申し出をして下さい。右期間内にお申し出がないときは弁済から除斥します」との文章を出している。

さらに2カ月以上の一定期間経過後、「相続人捜索の公告」が官報に出される。「相続財産に対し相続権を主張する者は、催告期間満了の日までに当裁判所に申し出て下さい」などという、相続人に向けた事実上の最後通牒である。それから半年以上経っても音沙汰がないと、相続人が存在しないことが確定し、財産は国庫に編入されることになる。

今回のケースは取材の末、身元が判明して女性の親族も見つかったので、以上の一連の官報公告を経たあと、財産相続がされることになった。

●行旅死亡人の女性は無事に故郷へ

結局、身元判明の鍵となったのは、弁護士がアパートから持ち帰っていた印鑑で、珍しい姓が彫られていることを手がかりに取材の輪を広げていき、ついには広島県に住む親族へたどり着いたのだった。「こんな形で行旅死亡人の身元が判明したのは初めて」(弁護士)だったという。

その後、警察の科捜研が、女性のDNAと親族のDNAを鑑定して調査し、血縁関係を認定。尼崎市の斎場にあった女性の遺骨は、弁護士によって広島の親族へと送られることになった。女性はおよそ半世紀ぶりに、故郷の土を踏むことになったのである。

ところで、相続財産管理人の選任数は年々、増加しつつある。

最高裁の最新の統計「司法統計年報(令和3年度)」によると、1995年度にはわずか4696人しかいなかったが、10年後の2005年には1万人を突破。2017年度に初めて2万人を超え、2021年度には2万7208人と3万人に迫る勢いだ。孤独死や行旅死亡人を含む、相続人のいない死者が増えていることが背景にあるとみられる。

「相続財産管理人」という、一般的には馴染みのない法律家の仕事。それは、現代日本の無縁社会を映す鏡のような存在でもあった。

ある行旅死亡人の物語 「ある行旅死亡人の物語」(毎日新聞出版)

【プロフィール】 武田惇志(たけだ・あつし)。共同通信大阪社会部記者。京都大学大学院人間・環境学研究科修了。2015年、共同通信社に入社。横浜支局、徳島支局を経て、2018年から大阪社会部。

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