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「鬼滅のスタジオ」でみた“全集中”のコロナ対策 アニメのアフレコでクラスターが起きない理由
取材現場となった「STUDIO MAUSU」はアニメ『鬼滅の刃』の収録場所としても知られる(撮影:ウメダカツジ © STUDIO MAUSU)

「鬼滅のスタジオ」でみた“全集中”のコロナ対策 アニメのアフレコでクラスターが起きない理由

劇場版『鬼滅の刃』が大ヒットするなど、新型コロナウイルス禍のエンタメをけん引したアニメ業界。しかし、2020年春には制作が次々とストップするなど、苦境に立たされた制作現場も多い。その理由のひとつに、密室で録音するアフレコ収録ができないことがあった。

最近では『ケンガンアシュラ』『BanG Dream! 3rd Season』『天地創造デザイン部』など数多くの人気アニメで音響監督を務めている飯田里樹氏は、「ストックが足りず放送が延期になった作品もありました。現在は少人数でこれまでの倍の時間かけて収録しています」と苦労を語る。

アニメや声優業界でも、コロナの影響で新しい働き方への移行が進められている。(ライター・梅田勝司)。

●春アニメの収録と重なったコロナ禍

「2020年2月くらいから世間でコロナウイルス感染が騒がれ始めましたが、不安はありながらも通常通り作業していました。

ただ、同時期に上映された劇場版アニメ作品では、舞台挨拶などのイベントはかなり縮小されました。スタッフ・キャストの打ち上げもずっと中止のままです。

私の現場で影響が出始めたのは2月7日。当時アフレコ作業していたTVアニメ作品で、海外のスタジオで作業していた演出家さんが出国禁止令で日本に帰れず、アフレコに立ち会えない、というのが最初だったと思います。

ただ、すでに放送中だったため、2月28日にあった最終回の収録までキャストを全員揃えて行いました。私にとって最終話までキャストをそろえて収録できた作品はこれが最後でしたね」(飯田氏)

音響監督の飯田里樹氏 撮影:ウメダカツジ

アフレコはアニメに命を吹き込む作業と言ってもいい。コロナの脅威が少しずつ日本にも広がる中、音響監督のもと、細心の注意を払いながら2020年4月放送の春アニメのアフレコ収録がスタートしていた。

●声優らで密になるスタジオ アフレコ中止へ

潮目は急速に変わる。2020年4月7日に出された「緊急事態宣言」だ。

「緊急事態宣言が出されるというニュースを受けて、4月放送開始のあるTVアニメでは、4月1日に予定していたアフレコを急遽中止し、『緊急事態宣言が解除されるまで延期』という判断が下されました。

一方、別の4月番組は先行して作業していたので3月の時点で27話までアフレコが終わっていました。こちらはストックがあったので、しばらくアフレコを中止してダビング(映像に声やBGM、効果音を合わせること)のみを作業するという判断でした。

そして4月7日から緊急事態宣言に入り、日本音声製作者連盟(以下、音声連)の方針もあり、正式にすべての作品のアフレコが中止になりました」(飯田氏)

●アニメ業界でも活躍したZoom

アフレコは音声を録音するという性格上、密室での作業となる。ブースの中でマイクに向かう声優はもちろんだが、音響監督やエンジニアなどのいるコントロールルームも長時間の密室作業だ。音声連の方針はスタジオにも伝えられ、それに則った対策が取られるようになる。

「放送中の作品は納品しなければならないので、ダビング作業は続行していました。密状態を避けるためにスタッフは最少人数で、録音助手も外してミキサーさんのワンオペで行いました。プロデューサーなど立ち合いの方たちはリモート参加にしていただきました。

また、不要不急の外出自粛要請を受けて、毎週ダビングを行うのは避け、隔週で一度に2話分のダビングを行っていました。

とはいえ、5月の上旬までアフレコができない状態だったので、4月から放送を開始したTVアニメのうち一本は納品が難しくなり、3話の放送をもって7月に放送延期が決定しました。もう一つの作品の方は中止せず放送を続けるという判断が下りました。

ですので、緊急事態宣言中も引き続き感染対策を徹底しながら隔週でダビングを行っていました」(飯田氏)

音響監督の仕事はアフレコだけでなく、声が重なる部分は別々に録音して、のちに重ねたり、効果音や音楽をさらに重ねる仕事(=ダビング)をこなさなければならない。

この作業はアニメの仕上がりを大きく左右するため、監督やプロディーサーなども立ち会い、ディスカッションすることもある。

となるとミキサールームは大変な密となる。また、この作業は音響スタッフの自宅に録音スタジオと同等の設備が揃っていない限り、リモートワークが困難だ。そこで、音響スタッフはスタジオに出勤し、立ち会う側にはリモートでつないでもらって作業を続けたという。

画像タイトル オンライン立ち会い用のZoom用のノートPC 撮影:ウメダカツジ © STUDIO MAUSU

アフレコ作業中の飯田氏を取材に訪ねた「STUDIO MAUSU(スタジオマウス)」は、アニメ『鬼滅の刃』のアフレコが行われた場所としても有名。このスタジオでは、Zoom用のノートPCを各スタジオに一台配置した。

映像と音声は編集中のものが送信されており、リモートでも意見しやすくなっている。スタジオでもコロナ禍での作業がスムーズに進むよう対策しているのだ。

●声優に配慮したアフレコ現場に

いっぽうの演者はどうか。声優は声が売り物なので、ふだんから喉をケアするためにマスク姿で現場へ来るのが常だ。これはアフレコ現場で毎週、出演声優に話を訊くときに目撃した光景だ。個別取材でも現場へはマスク姿で現れメイク室へというのが声優取材「あるある」だ。

日常的にも湿度を保って寝るなど喉のコンディションを気遣っていても、人気声優は何作も掛け持ちで1日にいくつもの現場を回ることも珍しくない。

そのため、従来の収録方法でひとりでも感染者が判明すると、最悪その声優が参加している作品すべての収録が止まってしまう。これは音響関係のスタッフにも言えることで、外出にも相当気を遣う必要が出てくる。

だが、第3波のいまは、制作中止などの声やニュースがあまり聞こえてこないのはどうしてなのか。再び、飯田氏に訊いてみた。

「昨年5月14日の緊急事態解除を受けてアフレコが再開されることになりました。その際に音声連からの要請もあり、次のような収録形式になりました。

大多数でのアフレコは避ける

・マイクの間の距離を十分にとって、同時にブースに入るのはマイク1本につき1人。マイクが3本なら、一度にブースに入るのは3人

・少人数で収録した後、十分な換気を行い、ブース内を消毒する

全員がブースに入ってのアフレコだと30分番組の収録時間はだいたい3時間くらいですが、少人数の入れ替え制にすると換気の時間を含めて6時間くらい。登場人物が多い作品で10分の換気を6回行うと、換気だけで1時間とられてしまう状態です。

換気はブースとコントロールルームの両方とも行う 撮影:ウメダカツジ © STUDIO MAUSU

通常、アニメは週に一回10時~15時の午前帯か、16時~21時の午後帯にアフレコをして、空いている方の時間帯でダビング作業を行います。ですがコロナ禍の影響で5時間では録り切れない場合が増えてきました。

そこで、私の現場では2話分を3週かけて収録するスタイルに移行しました。メインキャラのみを1~2週目に普通に1話ずつ収録して、3週目は1話と2話のモブキャラのみをまとめ録りするスタイルです。メインキャラでもご高齢の演者さんは感染対策としてお一人でまとめ録りしています」(飯田氏)

1本のマイクを複数の人数で使い回すことは、飛沫感染という点からも危険だ。音声連は、現場の危険性に対して方針を打ち出していた。しかし、そのぶん、アフレコはかなり時間のかかる作業となってしまったようだ。

それでも私たちは、緊急事態宣言延長下の現在でも、冬アニメを毎週しっかり楽しんでいる。それは感染に対して気配りした現場環境があるからこそ、声優も安心してアフレコができているのだ。

コントロールルームから見たアフレコブース 撮影:ウメダカツジ © STUDIO MAUSU

取材でスタジオに訪れた際は、収録ブースに4本のマイクがセッティングされていた。通常のアフレコではブース内のシートに声優がずらりと座って順番待ちをするのだが、いまは一度に入る声優は最大4人。1人が1本のマイクを使用する

そして、シートにはそれぞれ十分なソーシャルディスタンスをとって座ってもらう。さらにマイクのポップガード(覆い)やソファなどをアフレコ終了後にしっかりスタジオスタッフが消毒する態勢をとっているという。

アフレコブース内のシート。手前にもある。通常の収録だと声優で密になる 撮影:ウメダカツジ © STUDIO MAUSU

1本のマイクには基本1人。手前の覆いは消毒する 撮影:ウメダカツジ © STUDIO MAUSU

「STUDIO MAUSU」制作課の西山寛基氏によると「収録ブースで、マイク前に立つ声優さんのあいだに仕切りを入れようと現在、準備中です」とのことだ。

スタジオに入る時は、エレベーターを降りたところで靴を使い捨てスリッパに履き替え、体温計測と手のアルコール消毒をしてからブースへ向かうようになっていた。

スタジオに入る前にまず、使い捨ての紙スリッパに履き替える 撮影:ウメダカツジ © STUDIO MAUSU

非接触の体温測定器と手指の消毒液でさらに対策している 撮影:ウメダカツジ © STUDIO MAUSU

STUDIO MAUSUではコロナ禍でもスマホゲームの音声収録が多く、売上はさほど落ちなかったそうだ。

飯田氏によれば、ゲームの収録はセリフ量が多く、キャストの拘束時間が長くなってしまうため、アニメと違い演者を一人ずつ抜き録りしていく。単独での収録になるので飛沫感染リスクはアニメの収録よりも低いが、もちろん徹底した感染症対策で収録されているとのことだ。

●世の中の感染が増えても「変わらない」

ここまでやっても、リスクをゼロにすることは難しい。スタジオ外で感染してしまうことだってありえる。

「私の現場では一度だけ陽性判明者が出たことがあります。私とその演者さんはマスクを着用してのやり取りだったので濃厚接触には当たりませんでしたが、クライアントの要請もあり、私もPCR検査を受けました。結果は陰性でした。

その後、陽性と診断された演者さんは2週間の自宅療養となったので、3週間くらいそのキャラの収録はできませんでした。スケジュールに余裕がある作品だったので納品には間に合いましたが、これが放送間近の作品だったらと、ヒヤヒヤしましたね

第3波で国内でも陽性者が増えましたが、アニメの現場は最初の非常事態宣言の時からしっかりと感染予防対策をしているので、特に変化はありません

こう語る飯田氏の言葉からは、密になってしまう現場だからこそ衛生対策をしっかりするという強い思いが伝わってくる。また、そんな中でもスムーズにアフレコが進むよう、スケジュール管理にも力を入れており、制作ができるだけ円滑に進むよう工夫を重ねているのだ。

現在、ビジネス形態を問わず、人気声優を起用した音声ガイドや動画企画を立ち上げることが増えており、歌えて踊れて話も面白い声優は引っ張りだこ。声優人気はこれまでにない高まりを見せており、新型コロナの中でもその声や姿に励まされるファンも多い。

アニメをドラマと同じ感覚で見る大人も増えていることから、ライトなアニメファンでも声は知っているという人は多いだろう。

だが、その裏側には声優をはじめ、関係者の人しれぬ苦労があること、尽力もあることは知っておいてほしい。

【梅田勝司(うめだ・かつじ)】
フリーのライター・編集者。エンタメ系を中心に書籍・雑誌・WEB記事などをこなす。仲間と立ち上げたセレクトニュースサイト「PressRoom.jp」では連載とSNS拡散を担当。

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