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<日本の難民2>健康保険に入れず医療費は全額負担「仮放免」に苦しむロヒンギャ男性
ミャンマーのイスラム少数民族「ロヒンギャ」のアウン・アウンさん

<日本の難民2>健康保険に入れず医療費は全額負担「仮放免」に苦しむロヒンギャ男性

関東地方のほぼ中央に位置する群馬県館林市。毎夏のように全国最高気温を観測し、「日本で一番暑いまち」として知られている。人口約7万7000人。この地方都市には、ミャンマー政府から「迫害」に遭って逃れてきたイスラム少数民族「ロヒンギャ」が約200人暮らしている。

ミャンマーは仏教徒が多数派を占める国だ。少数派であるイスラム教を信仰するロヒンギャの人々の多くは、西部のラカイン州に住み、仏教徒と共存・対立を繰り返してきた。1970年代から、ミャンマー政府による迫害が激しくなり、大量の難民が発生。現在は、イスラム教徒が多い隣国バングラデシュからの「不法移民」として扱われ、100万人以上が無国籍の状態にある。そのうちの一部が日本に逃げてきている。

館林市に住んでいるのは、1990年代のミャンマー民主化運動以降に逃れてきた人と、その家族たちだ。彼らは日本政府に難民申請をおこなったが、ほとんどの人が「難民」として正式に認められていない状況にある。彼らはどんな生活をして、何に悩んでいるのか。弁護士ドットコムニュースの連載企画「日本の難民」の2回目では、館林市のロヒンギャをたずねた。(取材・構成/山下真史)

●ブローカーからパスポートを手に入れて出国

館林市在住のロヒンギャ、アウン・アウンさん(38)は1977年、ラカイン州の町で生まれた。ロヒンギャは移動の自由が制限されているため、遠くの街に出かけたというだけで、逮捕されたことがあるという。「ほとんど食事を与えられない強制労働もさせられた」と過去の辛い思い出を振り返る。

彫りが深い精悍な顔をしたアウン・アウンさんは明るい性格で、よくしゃべる。日本で生まれ育ったならば、優秀な営業マンになれたかもしれない。だが実際には、ミャンマーの地元の高校を卒業したあとも、民族差別のためにまともな仕事につけなかった。アウン・アウンさんは国を離れることを決意し、ブローカーからパスポートを入手した。

ミャンマーを出国し、タイやマレーシアを転々としたあと、2006年6月に日本にたどりついた。すぐに難民認定を求めて申請したが、法務省の答えは「不認定」だった。さらに、異議申立てをおこなったが、「迫害のおそれは認められない」として、却下されてしまった。

●一時的に収容を免れる「仮放免」という制度

難民申請をおこなう外国人は、在留資格がある「正規在留」とそうではない「非正規在留」に分けられる。非正規在留の場合、本来ならば、入国管理局の施設に収容されて、出身国へ強制送還される可能性がある。だが、非正規の滞在であっても、その人が置かれた状況を考慮して、一時的に収容から解放する「仮放免」という制度がある。

法務省によると、2014年末までに仮放免とされた人が、計約3400人いる。アウン・アウンさんも現在、仮放免の身だ。

仮放免者は一応、日本国内にとどまることができるが、さまざまな制限が課されている。たとえば、アウン・アウンさんは政府の許可をもらわないと、原則として群馬県外に出ることができない。また、仕事に就くことや健康保険の加入は認められておらず、3カ月に1度は東京入国管理局(東京・港区)に出頭して、更新手続をしなければいけない。もし、これらのルールを破れば、入管の施設に収容されてしまう。

アウン・アウンさんは、難民として認定しない法務省の処分に対する2回目の異議申立てをおこなっていたが、今年1月12日に却下された。この日、館林市から約2時間かけて、東京入国管理局にやってきて、入管の職員から説明を受けたアウン・アウンさんの表情は暗かった。「もしかしたら、次の仮放免の更新のときに収容されるかもしれない」。再度、異議申立てをおこなうつもりだという。

●健康保険に加入できず、高額の治療費がかかる

就労が認められていない仮放免者は、どうしても周囲に生活の支援を頼らざるをえないが、それも十分なものとはいえない。アウン・アウンさんに今一番困っていることを聞くと、「医療費が全額負担になること」という答えが返ってきた。

アウン・アウンさんは昨年12月末、激しい腹痛に襲われ、病院で診察を受けた。胃カメラ検査をおこなったところ、胃潰瘍がみつかった。だが、仮放免者は健康保険に加入できないため、治療費は3万円かかった。もし加入できていれば、6000円程度で済んだという。

弱ったときには不運が重なる。胃カメラ検査の翌日、自宅の台所で魚を調理していたところ、アウン・アウンさんは誤って自身の左腕を包丁で切りつけてしまった。4針も縫うケガを負って、治療費は合計で4万円を超えた。記者が1月8日に館林市を訪れた際、まだ縫合の跡が痛々しく残っていた。医療費が全額自己負担となると、多少の病気やケガでは病院に行かなくなってしまう。

●「もう10年も難民として認められず、宙ぶらりん」

入国管理局の難民認定室によると、難民申請者は、就労が許される「在留特別許可」が与えられるケースもある。一方で、在日ビルマロヒンギャ協会のアウン・ティン会長によると、10年以上も「仮放免」のままのロヒンギャが少なくないという。

アウン・アウンさんは現在、中古車輸出業を営むアウン・ティン会長の家に居候している。治療費を含めた生活費は、アウン・ティン会長に頼っている状況だ。アウン・アウンさんは現在の心境について、「もう10年も難民として認められず、宙ぶらりんだ。頭がおかしくなりそうだ」と話した。

在日ビルマ人難民申請弁護団代表で、長年にわたってロヒンギャ問題に取り組んできた渡邉彰悟弁護士は「これまでも難民申請中に『うつ』になるなど、精神的な疾患を抱えてしまった人を見てきた」と語る。

働ける能力や体力があるのに何年も働けないのは、辛いことだ。渡邉弁護士は「労働は人間の尊厳にとって本質的なものなので、現状の仮放免者、とくに難民申請者の取り扱いは、人間を扱う姿勢として間違っている」と、政府の対応を批判する。「他の難民条約締約国と同じく、基本的に、難民申請者すべてに就労を認めるように制度を変えるべきだ」と要望している。

●「オーストラリアとオランダに逃げた兄弟は、すぐに難民として認められた」

日本が批准している難民条約によると、難民は「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」人とされている。

生まれた場所や境遇が同じようなロヒンギャでも、日本で難民として認められた人とそうではない人が分かれている。認定を受けた人の中には、国内で会社を経営している人もいるが、日本で暮らすロヒンギャは、アウン・アウンさんのように不安定な立場の人がほとんどだ。どうして、このような「差」が生まれるのだろうか。

渡邉弁護士は「難民の条件である『迫害の恐れ』について、国は非常に高いハードルを設けている。ロヒンギャというだけでは、難民として認められない。出身国の当局によって個別に把握されているか、関心を持たれているかといった事実が必要とされ、個別の事情ごとに過去に迫害を受けた人かどうかを判断するという手法が取られやすい」と指摘する。

難民認定室の津留補佐官は「あくまで、条約上の『難民』に該当していれば認定するという立場だ。難民認定数の『枠』があらかじめ決まっているわけでなく、認定基準のハードルを意図的に高くしているというわけでもない。難民認定数だけをもって、諸外国と比較することはできない」と説明する。

アウン・アウンさんが日本にやってきて、もうすぐ10年になろうとしている。アウン・アウンさんは「ミャンマーに戻ると、警察に逮捕されるかもしれない。オーストラリアとオランダに渡った兄弟は、すぐに『難民』として認められた。日本はいつになったら認めてくれるのか」と怒りを口にしていた。

<日本の難民1>「イモトに元気づけられた」 難民認定まで「7年」コンゴ人男性の苦悩

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(弁護士ドットコムニュース)

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