ストーカーの被害を受けた場合、まずは「どうすればよいのか」と具体的な対策をとることが難しい。第一歩を踏み出しても、警察が適切に対応してくれないこともある。
被害を訴えた20歳の女性が殺害された川崎ストーカー事件では、神奈川県警が対応の誤りを認めて全面的に謝罪した。
専門家はDV相談センターを訪れてほしいと指摘する。「相手の加害が深刻であれば、弁護士に依頼して訴訟を起こして」とも。その意味するところは——。生命や安全を守るため、被害に悩む人が踏むべき一歩について聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●「逃げても無駄。家はわかっている」
深刻なストーカー被害に巻き込まれ、自宅、学校、職場などが突き止められているようなケースでは、ときには被害者側が理不尽にも引っ越しや転職などを強いられることがある。
弁護士ドットコムには交際相手との別れをめぐってトラブルになったという男性からの相談が寄せられた。
「別れない」と態度を硬化させた相手女性は、友人男性や家族を引き連れて「逃げても無駄。家はわかっている」などの脅しのほか、身体への危害をほのめかす言動を対面や電話などで繰り返してきたという。
危機感を覚えながらも、男性は「平穏な生活を取り戻したい」「勤務先をやめる必要があるのか」「どのような対応をすべきか困っている」と揺れる。
●「何をしたらいいかわからない」被害者に見通しを提供するのが専門家の役割
ストーカー被害に詳しいNPO法人ヒューマニティ理事・小早川明子さんのもとには、被害を受けながらも「何をしたらよいのかわからない人たちが相談にやってくる」という。
小早川明子さん(本人提供)
「第三者をまじえて脅迫し、自宅にまで押しかけているなら法的にストーカー行為です。すぐに警察に被害を届けて」と話す。
「私たちに相談に来る人は何を望んでよいのかがわからない。できることならば環境を変えたくないし、引っ越したくはない。仕事をやめたくない。『今のままでよいのでしょうか』と聞いてくる人に、加害の深刻さが軽度か重度か判断して、意思決定の助けをするのが専門家の仕事です」(小早川さん)
引っ越したり、シェルターで暮らしたりするにしても、いつまで身を隠せばよいのか知りたい。そうした見通しがつかなければ、被害者は動きにくいだろう。そうしたロードマップを示し、理解してもらうことが必要だという。
●「ストーカー問題にも対応?」と迷ってもまずはDV防止センターへ
困った被害者はまず、どこに、何を相談をすればよいのか。
「動機が恋愛に関するストーカーであれば、まずは地域のDV防止センター(配偶者暴力相談支援センター)がよいでしょう。それから、弁護士、警察と覚えてください。DV防止センターは、DVだけではなく、ストーカーの問題にも対応すべき機関で、多くは看板に記載がありませんが、ストーカーの問題にも対応することはあまり知られていません。男性でも相談にのってくれます。
警察に行くと、そっけない対応をされることが少なくありません。相談者の心の迷いを聞き取ってくれて、細かいアドバイスを警察に求めるのはかなり難しいのです。困ったらまずはDV防止センターです。最初は本当に何もわからないと思いますので、初めの一歩は『どうしたらよいでしょうか』と尋ねる。それで大丈夫です」
DV防止センターの職員が、必要に応じて、弁護士につないでくれたり、警察の相談に引き継いでくれたり、付き添ってくれることもあるという。
●自分だけで判断しない
自分を殺しにくるような可能性があるストーカーは「全体の5%未満」だと小早川さん。とはいえ、ストーカーの加害の深刻さは専門家でないと判別しにくいことがあるという。
そこで、自らの状況を伝え、加害の深刻さを見極める必要がある。自らの判断ではなく、なるべく専門家の意見をあおぐ。
「深刻な状況にあると判断したら、避難するなど安全を確保します。勤務先にまでストーカーが押しかける可能性があるのであれば、職場にオンラインでの勤務への移行を求めるなど、出退勤の協力をあおぎましょう。それは最低限やるべきことです。
そのうえで警察から警告をしてもらいます。そして弁護士に頼んで二度と付きまとわないことを誓約するように申し入れるか、民事訴訟を起こすことを勧めています。職場に行けないとか仕事を辞めたとか、引っ越しをしたとなれば、実損が生じていますから賠償請求ができます。警察が警告をしているようなケースでは民事訴訟でも有利に働きます」
小早川さんは、深刻な状況にある相談者に対して「あなたの安全のためにも訴訟を起こしてほしい」と伝えている。
賠償を求めること「だけ」が弁護士に期待される役割ではない。
●弁護士がストーカーの不満を受け止める盾になってくれる
「訴訟を起こすと、通常は加害者側も弁護士を立てることになります。警察から警告を受けただけでは、加害者の不満や怒りが収まりません。重要なのは、この不満や怒りを減少させることです。訴訟をすると、加害者が自分の代理人に言い分をぶつけることができます。
そして、加害者が被害者に電話をしようとしても、被害者弁護士が対応することになります」
自ら訴訟を起こさずとも、相手側から訴訟を起こされることも珍しくないという。
「婚約不履行だとか、交際中に暴言を吐かれたとか、デート代を返せとかありとあらゆることを言ってきます。匿名で誹謗中傷してくることもあります。そうしたときに、初期に弁護士に相談しておけば、その後実際に依頼してスムーズに対応してもらえるでしょう」
なお、男性は負い目があって警察に相談できないことが少なくないと小早川さん。
「男性は、相手から『避妊なしで性交渉された』『中絶をさせられた』『責任を取れ』などと言われ、自罰の意識から、別れてはいけないんじゃないかと思って耐えている人もいて、そのうちに被害が拡大していくこともあります。
女性は、交際中にDV的な支配を受けていると、じっと耐えることが防御であると無意識的に条件づけられ、または報復を恐れる心理から警察や弁護士などに介入を依頼できないということが起こります」
民事訴訟のメリットとしては、その過程で和解できれば、相手にカウンセリングの受診などのメニューをつけることもできる。
●専門家が警察に期待すること
川崎の事件の失態を受けて、警察は検証結果を発表した。報告書によれば、警察の対応には、署と本部の連携が形骸化し、機能不全に陥っていたことなど組織的・構造的な問題点があったことが指摘されている。そのうえで、警察は対処体制の強化、マニュアルの整備など再発防止策をおこなう。
警察庁(キャプテンフック / PIXTA)
「川崎の事件では、相手に禁止命令を出す判断ができたのに、出さなかった。そうした判断の見極めをしていく能力が求められます。所轄における判断・指示系統、本部と所轄の連携は改善されていかなくてはならないと思います。
警察は現場が経験豊富なわりに判断ミスが多く、ストーカーの心理も、被害者の心理もわかっていないのではないかと思います。
ストーカー被害者は警察に情報提供だけして被害届を出さないこともあります。しかし、それは助けてほしいというサインや事件の予兆を持ってきているのです。何を望んだらよいのかわからないという『被害者の意向』に従ってはならない場合があるのです。
被害者は強く温かく信頼できると感じられる警察官を求めています。しかし、被害者は警察の対応を冷たいと感じることがあります。『大変でしたね』『よく相談に来てくれましたね』などの言葉をかけられる警察官になってほしいです。
一方で、取り締まりが本分の警察に、被害者に好感度を与える対応まで求めるのは負担が大きすぎるのではという考えもあります。なので、地域のDV相談窓口のカウンセラーのかたに来てもらって、被害者が正しい意思決定ができるよう助けを求める方法も取り入れるのが良いのではないかと思います」
●被害者の命と加害者の人権を天秤にかけるのではなく
2013年の三鷹事件の後、社会の要請もあり、警察はストーカーに対して検挙を急ぐ方向に舵を切り、また2016年の法改正により警告の前置なしで禁止命令が出せるようになった。
「それでも警察としては、警察権の濫用とか、権力の肥大化と言われることに敏感な体質がありますので、自然と自制的になります」
警告や禁止命令の発令後に事件を起こすストーカーもいる。そのため、2016年4月から警察は単に禁止命令を出すだけでなく、その後もフォローを継続し、カウンセリングや医療を勧奨することにも取り組んできた。
しかし、警告や禁止命令を受けただけの加害者はまだ犯罪者ではない。一般人に対して警察がフォローを継続し、カウンセリングや医療を勧奨することは、加害者側に存在する人権への越境ではないと問題視をする向きもある。
「ですが、何より優先されるべきは人命です。『犯罪者未満』の加害者を犯罪者にしないために、警告はもとより禁止命令もしっかり出して警察の抑止力をかけ続けてほしいです。
そして、禁止命令を受けたストーカーの中でも特に衝動性が強く、行動制御能力に問題があると見受けられる一部の者に対しては、医療への勧奨ではなく、せめてプログラムの受講や精神保健福祉士等の医療情報を提供できる心理の専門家との面談を命じられるようにストーカー規制法の禁止命令の運用を見直していただけないものかと私は思います。
これには社会的合意が必要でしょう」
社会はストーカー事案とどう向き合うべきだろうか。
「被害者の命と加害者の人権が天秤にかけられることには反対です。人命優先のため、警察には早期の介入と加害者に対する強い抑止力を求めます。同時に、ごく一部の危険な加害者を医療に導入する方法を警察だけに頼るのが良いことなのか、どういった体制が必要なのか、社会は検討しなければならないと思います」
【プロフィール】小早川明子(こばやかわ・あきこ)カウンセラー。中央大学文学部哲学科卒業後、ゲシュタルト・セラピスト養成コース修了後、独立。1999年にストーカー対策組織を発足、翌年株式会社ヒューマニティを設立。2003年、NPO法人に組織変更。ストーカー規制法に関する警察庁の有識者検討会委員を2度にわたり務める。著書に「ストーカー 『普通の人』がなぜ豹変するのか 」(中公新書ラクレ)など。