警察庁は1月23日、強盗の実行役などをネットを通じて集める「闇バイト」への対抗策として、捜査員が架空の身分証を示して雇われたふりをする「仮装身分捜査」の運用などをまとめた実施要領を公表した。
実施要領によると、対象となる犯罪は、ネットで実行者を募集されている強盗、詐欺、窃盗など、闇バイトの典型といわれる犯罪に限定しているようだ。
報道によると、架空の身分証として想定されているのは、運転免許証やマイナンバーカード、住民票などが想定されているという。
仮装身分捜査の導入は、2024年12月に政府がまとめた緊急対策に盛り込まれていた。約1カ月で形となったが、実施要領の内容をどう評価すべきか。警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する澤井康生弁護士に聞いた。
●仮装身分捜査の概要
実施要領によると、仮装身分捜査の定義は「捜査員が犯罪の実行者の募集に応じて犯人に接触するに際し、当該捜査員のものとは異なる顔貌、氏名、住所等が表示された文書等を提示して行う捜査活動をいう」とされています。
また、対象犯罪は、いわゆる闇バイトの対象となっている強盗、詐欺、窃盗もしくは電子計算機使用詐欺またはこれらに密接に関連する犯罪とされています。
密接に関連する犯罪には、盗品等収受罪(被害品の保管)や犯罪収益移転防止法違反(銀行口座売買)、組織犯罪処罰法違反(マネーロンダリング)、職業安定法違反(リクルーター業務)などが含まれると思います。
仮装身分捜査をおこなうためには、実施計画書を作成して、警察本部長の承認を受けて、警察庁と緊密な連携を図るものとされています。
●FBIが実施する「アンダーカバーオペレーション」との違い
警察庁がモデルにしたものと思われるのは、FBIのアンダーカバーオペレーション(潜入捜査)指針です。
これはFBI捜査官がホワイトカラー犯罪や汚職、テロ、薬物犯罪など、重要な犯罪の捜査のために特定の組織に一定期間(原則6カ月以内)、ある程度の費用を投じて(数百万円程度)、潜入捜査をおこなうことができることを定めた司法長官指針によるものです。
その実施には、FBI支局長や場合によってはFBI本部の承認が必要とされ、承認があれば違法行為に関与することも可能とされています。
今回の実施要領は、対象犯罪が闇バイト関連に限定されていることや、闇バイト募集に応じて犯人に接触するだけであり特定の組織に長期間に潜入するわけではないこと、おこなえる違法行為も架空人名義の身分証明書の作成及び犯人グループへの提示のみを想定していることからすると、FBI指針の内容や手続きを限定的にした「縮小版」ということができそうです。
●実施要領制定をどう評価するか
刑事訴訟法の学者からは、仮装身分捜査の「濫用の危険」を防止するために法令に定めを設けるべきとの意見も出されていたようですが、法改正や特別措置法を制定した場合、年単位の時間がかかることから、現在進行形で発生している闇バイトに対処することができません。
そのため、任意捜査の範囲内でおこなえる仮装身分捜査について、要領を制定しておこなえるようにしたことは評価できます。
濫用の危険についても、闇バイト募集に応じて犯人に接触して強盗予備罪等の現行犯で逮捕するだけであれば、被疑者の人権やプライバシー権を必要以上に侵害する恐れもほぼないといえます。
通信傍受の場合、被疑者側に保護すべき通信の秘密やプライバシー権が認められますが、闇バイト募集に関連する範囲については、そもそも被疑者側に保護すべき法益が存在しません。
したがって、今回の闇バイト募集対策の仮装身分捜査に限っていえば、被疑者側に何ら保護すべき権利が認められない以上、事前に裁判所の令状なくして、警察が機動的に実施できるという制度で問題はないと考えます。
また学者からは、事後的に実施状況を公表すべきだとの意見も出されているようですが、詳細な公表は対象組織に情報を与えることにもなり、かえって捜査に支障をきたす恐れもあることから、実施状況の公表は慎重に検討する必要があると思います。