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刑務所で作られ、刑務所だけで読める雑誌『富士見』 創刊74年の歴史と役割
『富士見』の表紙・イラスト(提供:府中刑務所)

刑務所で作られ、刑務所だけで読める雑誌『富士見』 創刊74年の歴史と役割

刑務所の中でしか読めない「雑誌」がある。府中刑務所(東京都府中市)の機関誌『富士見』だ。受刑者たちが投稿した俳句や川柳、イラストなどが掲載されている。

たとえば、次のような句だ。

「じんと来る 言葉をくれた ろくでなし」
「無防備な 寝覚めを襲う 悲しみは 強がっていた 付け(ツケ)かもしれず」

刑務所での暮らしが垣間見えるようで「面白い」といっていいのかわからないが、面白い。

いかにして『富士見』は生まれ、読者である受刑者にどう受け入れられているのだろうか。編集担当者に書面取材に応じてもらった。(ライター・土井大輔)

●「此処に居る 人の数だけ 道はある」

府中刑務所は、敷地面積約26万平方メートル、収容定員2668人。「日本最大の刑務所」ともいわれ、法務省の統計によれば、1837人が収容されている(2020年11月末時点)。外国人や障害を持つ受刑者も含まれている。

この刑務所の中で読まれているのが『富士見』だ。月に1回発行される70ページほどの月刊誌で、毎号400部が刷られている。刑務所内の工場で、刑務作業として印刷や製本がされている。

『富士見』には、前述のような俳句や川柳、短歌のほか、受刑者の詩や創作(小説)、随筆(エッセイ)などが掲載されている。

そのほかにも、刑務所内で開かれる運動会やレクリエーション大会の結果、月に1回放送される所内番組「けやきの散歩道」でのリクエスト曲一覧、詰将棋といったコーナーもあり、まさに「雑誌」である。

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編集担当者に『富士見』に掲載された作品をいくつか挙げてもらった。実際の誌面では、文章や内容から刑務所内で投稿者が特定されないよう、すべてペンネームで記載される。

<俳句>
大人らは 幼児言葉を ソーダ水
瞼とじ 見る万華鏡 日向ぼこ
<川柳>
此処に居る 人の数だけ 道はある
新型が 球児の夢を 奪い去り
<短歌>
鍵盤を 綺麗に踊る 指のごと 風のメロディー 奏でる若葉
最後まで 判らないのが 勝負なら まだ負けじゃない 生きてる限り

刑務所ではいかに「想像の翼」を広げられるかが、作品を生みだすうえでのキーとなりそうだ。世相を反映している作品もあり、受刑者もまたわれわれと同じ時代を生きていることを再認識させられる。

『富士見』は、府中刑務所の外では公開されていない。

これは同誌が「被収容者(受刑者)に余暇時間の有効な活用をうながし、情操を高めるとともに自己表現力を養い、社会適応性を育てることを目的」としているためで、公開することを想定していないからだという。

ただし、毎年11月に開催される「文化祭」では、来場者が『富士見』を手にとって読むことができる(2020年は開催されず)。

以前、筆者が文化祭で読んだ際には、所内放送のリクエスト曲のページに『恋するフォーチュンクッキー』(AKB48)、『夕陽』(山本譲二)、『ココロオドル』(nobodyknows+)などと、幅広いジャンルのバンドや歌手の名が並んでいた。

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●掲載されることを「生きがい」と感じている受刑者も

『富士見』の歴史は古い。編集担当者によると、第1号は終戦まもない1947年(昭和22年)2月11日に作られている。戦争で本が焼けるなどして全国的に図書が不足していたために、「被収容者の余暇時間を充実させ、図書を補充する目的」で創刊された。人々が本に飢えた時代があったのだ。

ただ社会的な事情もあり、当初は季刊で、作りもシンプルなものだった。

現在のような冊子になったのは、1953年(昭和28年)1月号から。題名は刑務所の最寄り駅・JR北府中駅の前身である「富士見仮信号場」からとられたようだ。その後、途絶えることなく刊行され続け、2020年12月発刊の『富士見』は第875号にあたる。

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現在、編集には府中刑務所教育部の厚生担当職員を中心に、民間の協力者を含め15人ほどが携わっている。作品の上手下手にかかわらず、幅広く掲載するようつとめているという。

受刑者の中には、投稿作品が掲載されることを目標、生きがいとしている者もいるそうだ。また、投稿しないまでも、熱心な読者は多いとみられている。

「『富士見』は、被収容者の余暇時間を充実させ、受刑生活に潤いを与えることで、社会復帰への意欲を喚起する役割を果たしていると感じている」

編集担当はそう語る。これもメディアのあり方の一つといえるだろう。

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