10年前に神奈川県川崎市で当時10代だった女子高生を強姦した容疑で、横浜市内の男が11月12日、逮捕された。報道によると、本来であれば10月に強姦罪の公訴時効(10年)が過ぎ、時効の成立から5日経過していた。
しかし、警察は容疑者の行動を調べ、合計約2カ月の海外渡航歴があったことをつきとめ、時効は不成立と判断して逮捕に踏み切った。事件当時の現場の付着物と別の事件で採取されていた容疑者のDNA型が一致したのがわかったという。
なぜ、海外に渡航している間は時効が停止するのだろうか。岩澤祐未弁護士に聞いた。
●公訴時効は「誤判・誤審を防止するため法が特に訴追を許さないとした制度」
そもそも公訴時効はなんのため?
「公訴時効の本質は、長期にわたり起訴されないという状態が続いたその事実状態を尊重することと、捜査機関が収集すべき証拠が時の経過とともに散逸してしまうことによって生ずる誤判・誤審を防止するため法が特に訴追を許さないとした制度、と考えられています。
要するに、一程度継続した社会内の事実状態を覆さないことや、捜査機関側が一定期間内に証拠を集められなかったことへの『区切り』を設ける制度です。
なお、このように制度上の要請であることから、2010年4月、一定の重大犯罪については、公訴時効が廃止または延長されました。
たとえば、刑の上限に死刑が定められている殺人罪や強盗致死罪等では、それまで25年だった時効が廃止されました。
その他にも、上限に無期懲役が定められている強姦致死罪等では15年が25年に、上限に20年の懲役刑等が定められている傷害致死罪等では10年が15年に、それ以外の罪で上限に懲役刑が定められている自動車運転過失致死等では5年や3年だったものが10年に延長されています」
●海外渡航中は捜査権や公訴権が中断する理由
なぜ海外に渡航している間は、時効が停止する?
「このことは刑事訴訟法255条1項に規定されています。
海外に渡航している間、捜査機関としては、その間捜査を進めることができなかったり、公訴権を行使することができなくなったりします。
犯人と考えられる人物が日本国内に居ないので、例えば事情を聴きたくても聞けず、いわゆる起訴をしようとしても起訴状を物理的に届けることができません。
要するに、海外に渡航している間は、わが国の捜査権や公訴権が中断されてしまうのです。 このような場合にまで、前述したような公訴時効による捜査機関への『区切り』をつける必要はないと考えられています。
そのため、海外渡航中の時効停止は、犯人が逃げ隠れしている場合と異なり、起訴できなかったこと等の要件は設けられていません。海外渡航さえしていれば、自動的に時効が停止するのです」
●数日の海外旅行をしていたため、時効が成立しなかった詐欺事件
「海外渡航とは、数日程度の海外旅行も含まれるのでしょうか?
これに関し、注目すべき事例があります(最高裁平成20(あ)第1657・平成20年10月20日第一小法廷決定、最高裁判所刑事判例集63巻8号1052頁)。
事案は、1999年7月頃、高知市内で、建築業を営んでいた者が、言葉巧みに架空の不動産投資話を持ち掛け、女性から計3000万円以上を騙し取ったという詐欺事件です。
詐欺の公訴時効は7年ですが、この事件が起訴されたのは2007年7月31日であり、単純に計算すれば事件から7年以上が経過していました。
ですが、この犯人には、海外旅行を含む多数の海外渡航歴がありました。その中には、1~3日程度のものや6~8日程度のものもありました。
弁護人は、このような数日程度の海外旅行は公訴時効を中断すべき『海外渡航』には含まれない等と主張し上告審で争いましたが、結果として、最高裁判所は、『一時的な海外渡航による場合であっても、刑訴法255条1項により公訴時効はその進行を停止する』として、この弁護人の主張を排斥しました。
つまり、数日間の海外渡航であっても公訴時効が停止するという考え方を裁判所は支持したと言えるのです。
その理由としては、もし一時的な海外旅行なら公訴時効を停止しないとしてしまうと、一時的な旅行とそうでないものの区別が極めて困難になってしまうからと考えられています。
このような考え方に立てば、LCCの普及等で海外旅行がより手軽になった現在社会においては、本件のような海外渡航による公訴時効停止の利用は、今後一層増えていくものと思われます」