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一審無罪の「コインハイブ事件」、8日から控訴審 「検察側の主張は的外れ」と弁護側
東京高裁(soraneko / PIXTA)

一審無罪の「コインハイブ事件」、8日から控訴審 「検察側の主張は的外れ」と弁護側

自身のウェブサイト上に他人のパソコンのCPUを使って仮想通貨をマイニングする「Coinhive(コインハイブ)」を保管したなどとして、不正指令電磁的記録保管の罪(通称ウイルス罪)に問われたウェブデザイナーの男性の控訴審が11月8日、東京高裁で始まります。

2019年3月27日の一審横浜地裁判決は、事件当時、プログラムコードが社会的に許容されていなかったと断定することはできず、コインハイブが不正な指令を与えるプログラムだと判断するには「合理的な疑いが残る」として、無罪を言い渡しています。

検察側と弁護側の主張が真っ向から対立しているこの裁判。控訴審はどのような判断をするのか、注目されます。

●なぜ注目の裁判なのか?

この裁判では、男性が2017年10月30日〜11月8日までの間、自身が運営するウェブサイトにコインハイブを設置したことが、いわゆる「ウイルス罪」に当たるかどうかが審理されます。

この裁判はエンジニアや専門家からも注目を集めています。その理由は、この事件が有罪だと判断された場合、他のプログラムにも摘発が広がる恐れがあるためです。コインハイブ摘発の前後には、簡単なプログラムが「ウイルス罪」の取り締まりの対象となった事案もあり、現に、エンジニアが活動を自粛する動きも出ています。

コインハイブの一斉摘発が明るみになったのは、2018年6月でした。2018年中に28件21人が検挙されています。この検挙された21人の中に、被告人の男性も含まれるとみられています。

ですが、男性の弁護人や弁護士ドットコムニュースが把握する限り、今回摘発されたコインハイブについて、裁判で争われた事例は確認されていません。そもそも、この事件が法廷で争われることになったのも、横浜簡裁が罰金10万円の略式命令を出した後、男性が命令を不服として正式裁判を請求したためでした。

つまり、男性が正式裁判を申し立てなかった場合、「ウイルス罪」の解釈について法廷で真っ向から争われることはなかったかもしれないのです。

裁判をすることは、費用的にも時間的にも、大きな負担となります。さらに、公判期日のたびに出廷することになります。罰金10万円の事件でどこまで争うのかは、現実問題として悩ましいところでもあります。

男性は一審の被告人質問で、正式裁判を請求したことについて「負担はあります」と打ち明けていますが、悩んだ末に「こういう形でクリエイターが取り締まられると、IT業界に良くない」と裁判することを決断したそうです。

●事件の争点は?

今回、被告人の男性が問われている罪は「不正指令電磁的記録保管罪」(刑法168条の3)というものです。

これは、
・正当な理由がないのに
・人の電子計算機における実行の用に供する目的で
・人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、またはその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録(刑法168条の2第1項第1号)、または、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録(同項第2号)を
・保管した
場合に成立します。法定刑は2年以下の懲役または30万以下の罰金です。

一審の横浜地裁では、(1)コインハイブは不正指令電磁的記録にあたるか、(2)「実行の用に供する目的」があったと言えるか、(3)故意があったと言えるか、の3点が争点となりました。

(1)については、さらに「意図に反する動作をさせるか(反意図性)」と「プログラムによる指令が不正か(不正性)」の2つの要件があります。

●横浜地裁はどう判断した?

一審の横浜地裁判決は、プログラムが使用者の意図に反するかどうかは、機能に関する説明内容や、想定される利用方法などを総合的に考慮して、プログラムの機能が「一般的に認識すべきと考えられるところを基準として判断するのが相当」と示しました。

プログラムによる指令が不正かどうかは、一般的なユーザーにとっての有益性や必要性、ユーザーへの影響や弊害の度合い(有害性)、事件当時のプログラムに対する関係者の評価・動向などを総合的に考慮して、プログラムの機能の内容が「社会的に許容しえるものであるか否かという観点から判断するのが相当」と示しました。

●検察側「地裁判決は法の解釈・適用を誤っている」

検察側は無罪を言い渡した横浜地裁判決を不服とし、4月10日東京高裁に控訴しました。控訴理由を説明する「控訴趣意書」では、地裁判決について、「法の解釈・適用を誤っている」と主張しています。

検察側の反論は、意図に反する動作をさせるプログラムコードは、原則として「不正な指令を与える電磁的記録」にあたり、社会的に許容し得るような特別な事情がある場合に限って、例外的に不正性が否定されるというものです。

なぜなら、意図に反する動作をさせるプログラムは、パソコン使用者に不安を与え、プログラムに対する社会の信頼が損なわれるためだと言います。

検察側は、パソコンを使用者は、意図に反する動作があると、「実害が生じなくとも、それがあること自体に不信感を抱き、その動作等によってどのような影響がどこまで広がるのか不安を募らせる」、「どのプログラムによって引き起こされたものか分からず、プログラムはもとより、他のプログラムについても信用することができなくなる」と説明します。

そして、これが社会に広がると、自分の使用するパソコンにおいても同様の事態が生じるのではないかとの懸念が広がり、「プログラムに対する社会の信頼が損なわれる」と考察します。

一方で、こうした取り締まりが「自由なプログラム開発を妨げて社会の発展を阻害する」という批判も出ています。

これについては、特定の動作が使用者に不利益に働く場合、「使用者の同意を得なければならないというのが、それが、ユーザー保護あるいはプログラム信頼を確保するための当然の原則」とユーザーに対して同意を取ることを求めます。

さらに、「プログラム開発者や設置者が、ユーザーおよび社会一般の信頼や利益を犠牲にして自らの利益を図ることなど許されるはずもない」と強調しました。

●プログラムによる指令が不正かどうかの判断基準への反論

次に、プログラムによる指令が不正かどうかの判断基準についてです。

先ほども述べたように、地裁判決は、プログラムの機能の内容が「社会的に許容しえるものであるか否かという観点から判断するのが相当」としています。

検察側は、ここでも、まずは意図に反する動作をさせるプログラムによって、プログラム一般に対する使用者の信頼がどの程度損なわれるかに目を向けるべきだと主張します。そして、信頼が損なわれているのであれば、それを正当化し得るだけの例外的な事情が社会的に認められるといえるかを検討しなければならないと言います。

・ユーザーにとっての有益性への反論

地裁判決は、コインハイブをサイトの収益方法として設置した場合には、ウェブサイトの運営者が得る利益がサイトのサービスの質を維持向上させるための資金源になり得るため、「現在のみならず将来的にも閲覧者にとっては利益となる側面がある」と判断しています。

これに対し、検察側は、「運営者の得た仮想通貨がサービスの質の維持・向上に使われる保証もない」、「電子計算機の使用権、管理権を害されている閲覧者にとって、かかる『利益』は極めて間接的かつ迂遠」と反論します。

さらに、サイト閲覧者が有料サイトと示されずに無料サイトとして閲覧している以上、情報を得る利益を理由にしてコインハイブの社会的許容性を肯定することは、「有料サイトであることを明示せず閲覧を許した後に、閲覧料金を請求・徴収するような悪質サイト」、「ぼったくりバーのようなもの」を許容するようなものと断じています。

・プログラムの弊害の度合いへの反論

地裁判決は、コインハイブの弊害の度合いについて、マイニングが実行されると「消費電力の増加や処理速度の低下などの影響が生じる」ものの、その程度について「広告表示プログラムなどと大きく変わることがないもの」と判断しています。

これに対し、検察側は、「消費電力の増加やCPUの処理速度の低下が少なければ、電子計算機の使用権、管理権を本人に無断で侵害してよいということにはならない」と指摘し、いかに軽微なものであっても、「実害を生じさせることを正当化する理由が必要」と反論します。

・プログラムに対する関係者の評価への反論

地裁判決は、事件当時、コインハイブについて、閲覧者の承諾を得ることなくマイニングをすることを問題視する否定的な意見もあれば、収益方法として肯定的に捉える意見もあり、ユーザーの評価が賛否両論に分かれていたという事情も考慮していました。

これに対し、検察側は、「賛成意見はあくまでウェブサイトを運営する者の中の一部の意見にすぎない」と指摘しました。

・プログラムの個別的な設定値を不正かどうかの判断基準にすることへの反論

男性はローカル環境でテストした結果、「CPU使用率50%であればユーザーに不快感を与えず問題のない設定」と思い、自身のサイトに設置したコインハイブはCPU使用率50%の設定にしていました。

地裁判決も、スロットル値を調整することで、「マイニングの実行に伴う閲覧者のパソコンへの影響を軽微なものに止めることができる」と指摘しています。

これに対し、検察側は、プログラムの個別の設定値の程度を「社会的に許容しえるものであるか否か」の判断に影響されることは「誤り」と反論しました。

他にも、男性がコインハイブを設置した動機や目的は「個人的利得を得ようとしたこと以外には考えられない」などとし、プログラムによる指令が不正であるという要件を満たすと主張しました。

また、二番目の争点である目的に関しては、HPがマイニング実行について同意を取得する仕様になっていなかったことなどから、プログラムコードの保管の状態が「実行の用に供する」の要件を満たすと反論しました。

●弁護側「検察側の主張は的外れ」

これに対し、弁護側は、控訴趣意書に対する反論をかいた「控訴答弁書」で、「検察側の主張はいずれも、事実に基づかない思い込みや独自解釈によって地裁判決を不当に論難するものであり、的外れというほかない」と検察側の主張を一蹴しています。

弁護側は、歴史的に、プログラムの発展は、職業プログラマだけでなく専門外のアマチュアによって担われてきたと説明します。バグや欠陥を含んだプログラムも少なくないものの、プログラミングは「開発者と利用者の垣根なく、コミュニティ内の相互作用によって発達してきたもの」と言います。

一方で、検察側は、「可能な限り動作内容を明示し」などと、プログラム開発者に重い責任を課しています。

こうした責任を課すことが「健全なプログラムの開発を促して社会を発展させることにも資する」と検察側が述べたことについて、弁護側は、「義務や刑罰をいたずらに振りかざせば、誰もソフトウェアを公開しなくなるだけ」と反論しました。

ウェブサイト運営費の一部を閲覧者に転嫁することを「ぼったくりバー」にたとえて非難する検察側の姿勢について、「ウェブにおける利益・負担配分についてあまりにも意識の乏しい謬見」とも非難しています。

・検察側の法解釈への反論

先ほども述べたとおり、検察側の法解釈は、「反意図性が認められれば原則として当然不正性が認められる」というものでした。

これに対し、弁護側は、「過度に広汎かつ漠然不明確な規制は憲法上許されるものではない」と反論。刑法典の注釈書「大コンメンタール刑法」でも、反意図性と不正性は異なる観点から判断されるものとされていると指摘しました。

「パソコン使用者に不安を与える」といった根拠も、「証拠や事実によって裏付けされた議論ではない」と反論します。

神奈川県警や裁判所のウェブサイトにも、閲覧者が気づかない状態でJavaScriptのプログラムが設置されていることから、「自分で守るつもりもない理想を一方的に掲げ、それを持って被告人を断罪するのはあまりにも身勝手」、「検察側は現実の技術用法を踏まえぬ一方的な思い込みによって処罰範囲を不当に拡張しようとしている」と非難しました。

・不正かどうかの判断基準における重みづけへの反論

先ほども述べたとおり、地裁判決は、プログラムによる指令が不正かどうかを判断するにあたって、有益性や必要性、有害性、関係者の評価などを総合的に考慮して、プログラムの機能の内容が「社会的に許容しえるものであるか否かという観点から判断するのが相当」と示しました。

これについて、検察側は、全て同じ価値として判断するのではなく、ウェブサイト閲覧者の利益や保護の程度は、運営者よりも重視すべきと主張します。

これに対し、弁護側は、「ウェブサイト設置者と閲覧者の間に境界はなく、一方的に保護されるべき『お客様』は存在しない」と反論しました。

・プログラムの弊害の度合いについて

コインハイブの消費電力や処理速度に関する検察側の主張については、「不正性の根拠とすることはできない」、「検察側はかかる立証を完全に怠っている。消費電力の増加、処理速度の低下に関する捜査機関の実験は何ら示されていない」と非難しました。

・プログラムの個別的な設定値を不正かどうかの判断基準にすることについて

弁護側は、プログラムが不正指令電磁的記録にあたるかどうかは、プログラムの提供態様や使用時の設定にも依存するため、態様が違えば犯罪となるかどうかが変わることは「何ら不自然ではない」と述べ、検察側の主張に反論しました。

また、二番目の争点である目的に関しては、いわゆる「サイバー刑法」(情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律)が成立した際の附帯決議で、「実行の用に供する目的」とは「不正指令電磁的記録であることを認識認容しつつ実行する目的」とされていると指摘。

行為者自身がその電磁的記録が反意図性と不正性の要件を満たすものと認識していなければならず、男性の「実行の用に供する目的」を否定した地裁判決は「いたって妥当」と述べました。

●弁護人が全文を公開

控訴趣意書と控訴答弁書は、男性の弁護人を務める平野敬弁護士が公開しています。

・控訴趣意書
https://drive.google.com/file/d/1-n4zbcXl7pHaoPCjFBOnrz8I4Slnfiae/view

・控訴答弁書
https://drive.google.com/file/d/1-b5R1dkNeCtvGarRieO9zU44Q5LzUB8F/view

●コインハイブ事件経過

・2017年9月下旬 男性が自身の運営するウェブページにコインハイブを導入
・11月上旬 男性がウェブページからコインハイブを削除
・2018年2月上旬 神奈川県警が男性の自宅を家宅捜索
・3月28日 横浜地検が不正指令電磁的記録取得・保管の罪で略式起訴し、横浜簡裁が罰金10万円の略式命令を出す
・4月上旬 男性が略式命令を不服として正式裁判を請求
・12月27日 公判前整理手続きが終了
・2019年1月9日 横浜地裁で初公判が開かれる
・3月27日 男性に無罪判決が言い渡される
・4月10日 横浜地検が東京高裁に控訴
・11月8日 東京高裁で控訴審の初公判が開かれる

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