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「ホテルに行っただけ。性行為はしていない」は刑事裁判で通用するか?
「ホテルに行っただけ。性行為はしていない」は刑事裁判で通用するか?

「ホテルに行っただけ。性行為はしていない」は刑事裁判で通用するか?

自衛官の男性(24)が福岡市内のホテルで女子高生(16)にみだらな行為をしたとして今年8月、福岡県青少年健全育成条例違反で逮捕された。テレビ西日本によると、男性は「ホテルに行ったが性行為はしてない」と話しているそうだ。

2人は出会い系アプリで知り合ったと見られる。少女の様子がおかしいことに気が付いた母親らが警察に連絡したという。

「ホテルに行っただけ」は浮気のときにも聞く苦しい言い訳だが、密室だけに何があったかはハッキリと分からない。何もしていない可能性もゼロとは言い切れないだろう。

不倫の場合は「ホテルに行ったこと」をもって、不貞行為が認められることも多いようだが、刑事事件ではどのようになっているのだろうか。元警察官僚・元警視庁刑事の経歴を持つ澤井康生弁護士に聞いた。

●「ホテルに行っただけ」では有罪にできない

刑事事件で性行為やわいせつ行為が構成要件となっている場合(強制性交、強制わいせつ、青少年保護育成条例違反など)、ホテルの部屋に入ったというだけでは有罪にすることはできません。

ホテルの部屋に入った上で実際に性行為やわいせつ行為を行ったところまで証明しないと有罪にすることができません。ここが後で述べる不貞行為などの民事事件とは異なるところです。

刑事事件の場合は刑罰を科せられることから犯罪事実の認定は厳格に行わなければならないのです。

●まずは証言からスタート 証拠を積み重ねていく

ホテル室内の場合、監視カメラや防犯カメラは設置されていないことから、客観的な証拠はないのが通常です。そのため実際に性行為やわいせつ行為が行われたことを証明するためには、まずは被害者の証言によらざるを得ません。

これに対し被疑者が性行為やわいせつ行為をしていないと否認する場合、被疑者の供述と被害者の証言、どちらが信用できるかという証言の信用性が争点となります。

証言の信用性は証言の内容のみで決まるわけではありません。証言内容を裏付ける他の客観的な証拠の存在も重要です。

例えば、被害者が性行為やわいせつ行為をされたと証言している場合には、実際にそのような行為をされたことを裏付ける他の客観的な証拠があるはずなので、捜査機関としてはそれらの証拠を収集します。

また、当時被害者が身に着けていた衣服や下着、体などから被疑者の体液や唾液が検出されれば、これをDNA鑑定することで裏付け証拠とすることもできます。

●「ホテルに入っただけ」が争われた過去の刑事裁判の結果は…

さらに被害者にはこれこれこういう経緯で被害に遭ったという被害者側のストーリーがあるはずなので、そのストーリーを裏付ける証拠をできるだけ収集します。

例えば、出会った経緯やホテルに入るまでにやり取りしたメールの内容、ホテルに滞在していた時間、被害者が被害に遭った後に取った行動(例えば被疑者に抗議したメール、家族や友人に相談していた事実、病院に行った事実など)なども重要です。

これらの裏付け証拠がそろえば被害者の証言の信用性が認められるので、被害者の証言によりホテル室内で性行為やわいせつ行為をされたという事実を認定することができるのです。

今回の事件では、被疑者と女子高生は出会い系アプリで出会ったということですから、2人のやりとりのデータなどが重要な証拠になってくると考えられます。

実際の裁判例でもホテル内でのわいせつ行為の有無が争点となった事件があり(福岡高裁平成24年3月30日判決)、裁判所は被告人の供述と被害者の証言のどちらが信用できるかという点から判断しました。

この事件も被害者が着用していた衣服から被告人の唾液が検出されたこと、事件後に被害者が被告人に抗議するメールを送っていたこと、被告人が被害者に弁解がましいメールで回答していたこと、被害者が家族や友人に被害にあったことを相談していた事実、被害者と被告人が出会ったばかりであり、被害者において虚偽の証言をして被告人を陥れる動機もないこと等から被害者の証言内容が一貫しており信用できるとして、被害者の証言に基づき被告人を有罪とした事件です。

●民事だと「子連れでホテル」でも性行為を認定

これに対し、民事事件の場合、例えば離婚事件や不貞行為による慰謝料請求事件において不貞行為の有無が問題となる場合は、通常はホテルの部屋に入ったことまで証明できれば、不貞行為が認定されます。実際に性行為を行ったことまで証明する必要はないのです。

それは民事事件の場合は交際しているであろう2人の人間関係を前提とした上でホテルの部屋に入った、または宿泊したという事実からその2人が性行為をしたであろう事実を推定することができるからなのです。

例えば不貞行為による損害賠償請求事件において、親密なメールのやり取りをしていた2人が旅行に行って同じホテルの部屋に宿泊したという場合について、1歳半の子供を同行していたとしても子供が寝静まった後に2人でゆっくり過ごす時間が十分にあったとして肉体関係を持ったと推認した裁判例もあります(東京地裁平成28年12月20日判決)。

刑事事件の場合も推定が一切許されないわけではないのですが、基本的にはさきほどの事件のようにホテル室内で性行為やわいせつ行為を行ったという事実自体を証明しなければなりません。

刑事事件は被告人に刑罰を科すことになるので犯罪事実を厳格に認定しなければならないのです。

プロフィール

澤井 康生
澤井 康生(さわい やすお)弁護士 秋法律事務所
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官(3等陸佐、少佐相当官)の資格も有する。現在、早稲田大学法学研究科博士後期課程在学中(刑事法専攻)。朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。

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