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セクハラなどのトラブル防止、カメラマンと被写体モデルに「契約書」整備の動き
撮影会でモデルを務めたchico.さん(左)

セクハラなどのトラブル防止、カメラマンと被写体モデルに「契約書」整備の動き

Instagramなどへの投稿作品として、アマチュアカメラマンが、被写体モデルに依頼し、写真撮影することが広がりつつあるが、被写体モデルから「予定になかったポーズを要求されたが断りきれなかった」、「指図の目的を超えたボディタッチがあった」などの困惑の声があがることが少なくないという。

一方、カメラマン側も、どこまでの利活用や演出が認められるのかは「空気を読みながら」行うしかないという問題を抱えている。トラブルが発生するのは、カメラマンと被写体モデルの間で「契約」が交わされることがなかったためでもある。

そこで、写真作品を制作している一部のアマチュアカメラマンと、これに協力する被写体モデルが、契約書のひな型を共同で整備する取り組みを行っている。(ライター・浅野勇貴)

●「勝手にネット上で公開されてしまった」の声も

この取り組みを主宰するのは、フォトグラファーの天野トロイカさんだ。天野さんは、アマチュアカメラマンと被写体モデルとの間で、事前に契約を結んでおく必要性を説明する。

「写真作品を制作するとき、最近はTwitterやInstagramでアマチュアカメラマンが被写体モデルを検索し、被写体になることを依頼するケースが多くなりました。お互いがお互いのことをほとんど知らず、『はじめまして』という関係性の中で、一気に撮影本番まで進みます。

しかも、アマチュアカメラマンが男性で、被写体モデルが女性という組み合わせが多数です。制作活動を共にする女性被写体モデルからは、『リアルの展示会だけで公開すると聞いていたのに、ネット上で公開されてしまった』などの様々な声を聞きます。アマチュアカメラマン側も、どこまでの演出が可能なのか、作品の利活用はどこまで認められるのかを、空気を読みながらやっていたところがありました」

そこで、天野さんは昨年11月から、仲間のアマチュアカメラマンや被写体モデルからトラブルになりやすいポイントを聞き取り、契約書ひな形のドラフトの作成と修正を繰り返してきたという。

●「5万円の違約金がピリッとするポイント」

8月24日午後、現状の契約書ひな型をたたき台に、契約の締結から撮影までの一連の流れを確認する「テスト撮影会」が、東京都内のスタジオで行われた。

テスト撮影会の冒頭、参加者がこれまでに体験したトラブルを報告しあった。アマチュアカメラマンからは、作品を公表する前にモデルへの確認を丁寧にしなければトラブルになりやすいなどの声が挙がった。女性被写体モデルからは、事前の予告なく男性カメラマンと一対一で車移動をしなければならなくなったことや、作品制作とは関係ない連絡がしつこくあったという声が挙がった。

画像タイトル 契約書の記入方法を説明する天野さん

その後、契約書の記入方法について天野さんから説明が行われた。当日配布された契約書ひな形は、天野さんのnote(https://note.mu/amanotroika/n/nc854d5621044)からダウンロードできる。

天野さんが作成した契約書ひな形は、使いやすくするための工夫があるという。一般的な契約書は、法令と同じように条文が羅列されている。

しかし、天野さんのものは、A3用紙の見開き1枚。左側がチェックリストになっていて、右側に一般的な契約書と同じような条文の羅列がある。右側の条文はざっくりとした内容になっていて、具体的なことは左側のチェックリストのとおりに合意したという作りになっている。

画像タイトル 契約書のひな形

チェックリストにない項目を加えたい場合のために、右側の最後の条文が特約優先の定めになっていて、これを記入する余白がある。最低限、チェックリストに記入していけば契約書が完成する。

この契約書の効用を天野さんに聞いた。

「ピリッとするポイントは、5万円の違約金を定めたところです。仮に1万円だとすると、それならセクハラしてしまおうという悪質なアマチュアカメラマンがいるかもしれない。50万円ではアマチュアの写真制作では現実味がなく、死文化してしまう。5万円は地味に嫌な額なので、効果があると考えました。

また、そもそもアマチュアの写真制作で事前に契約を交わしてこなかったので、まずやってみることが大事です。契約を交わしましょうと申し出た時点で、おかしなヤツは来なくなるでしょう」

●加工をする際にも、被写体モデルの意向を確認

テスト撮影会では、アマチュアカメラマンと被写体モデルがペアになって契約書を作成し、これを基礎に撮影を行うところまでを体験した。

画像タイトル

参加した被写体モデルのchico.さんに話を聞いた。今回のテスト撮影会を通じて、改善すべき点に3つ気付いたという。

「ひな形の文言と異なる定めをしたいときや、ひな形以上の内容を付け足したいときは、最後の条文に特約を書き込む作りになっていますよね。ただ、これだけでは何を書けばよいのかが分かりません。文例もあれば良いと感じました。

次に、どうやって『契約書を交わしましょう』と持ちかけるのかという事前の問題と、トラブルになってしまった場合の相談先がわからないという事後の問題が残ります。

そして、契約書に書かれたカメラマンさんの住所・氏名が正しいかをどうやって確認をするのかです。私は、これまでに運転免許証で確認しようとしたことがありますが、不快感を示されたことがあります。また、一人暮らしの女性の方などで、自分の住所・氏名を明かしたくないという場合はどうすればよいのかも気になります」

今回の「テスト撮影会」を通じて、トラブル防止のためには丁寧なコミュニケーションを重ねることが大切だと、天野さんは再認識したようだ。天野さんの作品(https://www.instagram.com/amanotroika/)は、元の写真にパソコンソフトを使ってかなり加工しているが、それでも被写体モデルとトラブルにならないという。その秘訣を聞いた。

「加工をするなら、いきなり最終的な完成形を見せてしまうと、それが被写体モデルの意に反するものかもしれません。私は加工を加えるそれぞれのステップで、その時点の作品を提示し、方向性が意に反するものでないことを確認しています。

また、自分がどういう作品を作っているのかを、Instagramを通じて事前に知ってもらっています。私の知っている作家さんには、撮影の話を出さずに数カ月コミュニケーションをとってから、撮影を始める例もあるようです」

このイベントを通じて、アマチュアカメラマンと被写体モデルの双方の話から得られたトラブル防止のポイントは「コミュニケーション」であった。SNSという便利なツールを、単に共同制作者を検索するためだけではなく、初対面の人と会う前からコミュニケーションをとるためのツールとして活用すべきということだ。

アマチュアカメラマンは写真制作の指揮者として、被写体モデルは自身のアイデンティティや身体があり、それぞれが守られるべき利益だ。共同で制作活動をする仲間という視点でひと手間かけたコミュニケーションをすることが、トラブルに至らない関係作りに役立ちそうだ。

【ライタープロフィール】 浅野 勇貴(あさの・ゆうき) 民放テレビ局勤務を経て、インディーズ映画カメラマン、eラーニング映像制作者、アガルートアカデミー非常勤講師。

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