殺人や傷害などの犯罪の加害者は、刑事上の責任だけでなく、民事上も被害者に対する損害賠償責任を負うことになる。しかし、加害者の支払い能力の問題などから、被害者や遺族が賠償金を全額受け取るのは難しいのが現実だ。
そのような課題に対応するため、兵庫県明石市は今年4月から、賠償金の一部を立て替える制度を始めるという。自治体のこうした制度は全国で初めてらしいが、具体的にはどんな内容なのだろうか。明石市政策部市民相談課の能登啓元・相談担当課長に聞いた。
●「被害者支援への思い」が制度を生み出した
「この制度は、犯罪被害に遭われた方の悲願でした。被害者の方々の声を形にしたいという思いから、新たに条例に規定を加えました」
能登課長はこのように話す。この制度が想定しているのは、殺人事件の遺族や、重大な傷害事件の被害者らが、本来なら受け取れるはずの「賠償金」を手にできないケースだ。
判決や和解などで賠償金が確定すると、被害者側は、法的な権利として損害賠償を請求できるようになる。しかし、いくら権利をもらっても、加害者側が現実に支払えるとは限らない。支払ってもらえないのであれば、それは絵に描いた餅だ。
そこで、この制度では、市が被害者に立替支援金(上限300万円)を渡し、その代わりに同額分の損害賠償請求権を譲り受ける。その後、市が加害者から賠償金を回収するのだ。なお、300万円を超える額については、被害者自身が加害者から回収することになる。
上限額の300万円は、夫婦2人と子2人の家庭が1年間生活する最低限の費用をめやすとし、「被害者と家族の方が当面1年間は安心して生活できるよう、算定しました」と、能登課長は話す。
なお、犯罪被害者への金銭支援制度として、国の「犯罪被害給付制度」もあるが、給付金の額はそれほど高くないのが現状である。明石市の立替支援金は、そういった制度の隙間を埋め、遺族の経済的不安を緩和する目的もあるという。
●条例作成には、殺人事件の被害者遺族も参加
なぜ、明石市は先陣を切ってこのような制度を始めたのか? 弁護士資格を有する職員として、新制度の創設にかかわった能登課長の答えは明快だ。
「犯罪被害に遭い、苦しんでいる遺族の方が、市内にも実際にいらっしゃったからです」
制度を作るための条例改正は、2013年4月に着手した。改正案の作成には、1997年の神戸連続児童殺傷事件で次男(当時11歳)を殺害された土師守さんや、明石市の通り魔殺人事件で長男(当時24歳)を失った曽我部とし子さんらも参加している。議論の末、市議会が12月、「犯罪被害者等支援条例」改正案として可決した。
大きな課題の一つは、市が立て替えたお金を加害者から取り戻せるかどうかだが、担当課には弁護士職員が2人いるといい、回収面でも自信をのぞかせる。能登課長は「今後は、弁護士以外の職員も回収に携われるよう手続きをマニュアル化する予定です。ほかの自治体でも制度化できるようなモデルとなれば」と話していた。
【取材協力】
兵庫県明石市
神戸市の西、東経135度の日本標準時子午線上に位置する。人口約30万人。「明石のたこ」や「明石焼き」は全国でも有名。2011年に当選した泉房穂市長は弁護士で、任期付き公務員として弁護士資格を持つ職員4人を採用している。