富士山の6合目、標高約2500メートルの地点で8月20日、1人でいた7歳の男の子が発見され、警察に救助された。
静岡放送などによると、男の子は父親と兄の3人で富士山を登っていたが、6合目付近で「疲れた」とぐずったという。兄が先に登ってしまったため、父親が「ここにいろ」と告げ、その場に残して登山を続けたとされる。
その後、山小屋の関係者が1人でいた男の子を発見し、警察に救助を要請した。幸い、男の子にケガはなかった。当時、6合目では雨が降り、霧が発生していたという。
警察から厳しく注意された父親は「軽率な行動でした。申し訳ありません」と反省の言葉を述べたそうだ。
このニュースを受けて、登山家の野口健さんは同日、自身のXで「ぐずったから置き去りとは極めて深刻。7歳を山に置き去りとは…これは警察が取り調べをした方がいいレベルではないか」と投稿した。
結果的に無事だったとはいえ、標高約2500メートルの山中に子どもを残して、その場を離れる行為に法的な問題はないのだろうか。刑事事件にくわしい澤井康生弁護士に聞いた。
●保護責任者遺棄罪は成立するのか
今回のケースでは、保護責任者遺棄罪の成否が問題となります。
幸いにも、お子さんは山小屋の従業員や警察官に無事に保護され、何ら実害は生じませんでした。そのため、実際に父親が保護責任者遺棄罪で立件される可能性は低いと思われます。
ただ、このような行為に警鐘を鳴らす意味からも、理論上、保護責任者遺棄罪が成立しうることについて解説します。
保護責任者遺棄罪は、幼年者や身体障害者、老年者などを保護する義務を負う者(保護責任者)が、対象者を危険な場所に移したり、その場に置き去りにしたりすることで成立します(刑法218条)。法定刑は3カ月以上5年以下の拘禁刑とされています。
今回のケースでは、男の子は7歳であり、同罪によって保護される「幼年者」に該当します。また、父親は親権者として子どもに対する監護義務を負っているため(民法820条)、「保護責任者」に該当します。
報道によると、父親は登山途中で男の子を山小屋付近に残し、その場を離れたとされています。
先ほど述べたように、保護責任者遺棄罪の「遺棄」には、対象者を危険な場所に移す行為だけでなく、危険な場所に残したまま立ち去る行為も含まれます。
●ケガがなくても犯罪は成立するのか
では、今回のように、置き去りにされた子どもにケガなどの具体的な被害が生じなかった場合でも、保護責任者遺棄罪は成立するのでしょうか。
この点について、判例は、対象者の生命や身体に対する「抽象的な危険」が発生していれば、遺棄罪が成立するという立場を取っています(抽象的危険犯説)。生命や身体という重大な法益を保護するためです。
たとえば、赤ちゃんを捨てる際、他人が拾い上げるのを確認してから立ち去った場合であっても、遺棄罪が成立するとされています。
今回も、7歳の子どもを標高約2500メートルの富士山6合目に1人で残したことについて、生命や身体への抽象的な危険が生じていたと評価される可能性はあると思われます。
置き去りにした場所が山小屋付近で、山小屋の従業員や多数の登山客から助けを得られる環境だったとしても、7歳の子どもが1人で行動すれば、迷子になったり、事故やケガ、病気に見舞われたりする可能性があります。
そのため、保護責任者である父親が7歳の子どもを富士山6合目に置き去りにした行為については、具体的な状況次第では、理論上、保護責任者遺棄罪が成立しうると考えられます。
もちろん、今回、父親が子どもをその場に残した経緯や時間、周囲の状況など、詳しい事情は明らかではありません。そのため、今回の父親について同罪が成立すると断定することはできません。
ただ、子どもに結果的にケガがなかったとしても、幼い子どもを危険な場所に置き去りにする行為は、状況によっては保護責任者遺棄罪に問われかねないことを肝に命じていただきたいと思います。