若い世代のメンタルヘルスの悪化が懸念されている。心の不調を抱えても、「周りに心配をかけたくない」と抱え込む人は少なくない。失敗や挫折、メンタルの不調を経験した人の話を聞くことは、孤立を防ぐ一つの手立てになる。
そうした中、大学生や社会人が、失敗や困難に直面したときに、どう乗り越えたかを語り合うイベントが8月、都内で開かれた。イベントの様子と精神科医、子どもの自殺対策に取り組むこども家庭庁を取材した。(ライター・田中瑠衣子)
●大学2年の夏休み、外出できなくなった
イベントは、特別養子縁組事業などに取り組む公益財団法人ミダス財団と、東京大学のOB・OG、学生でつくる東大公孫(いちょう)会が、若者が挫折や失敗とどう向き合ったかを共有し、レジリエンスを高める目的で開いた。大学生や社会人22人が参加した。
この日は、大学生と社会人の計4人が自分たちの体験を話した。
東京大学4年生の中山翔太さん(仮名)は、大学2年生の夏休みから秋にかけて、寮の部屋から外出できなくなった。
中山さんは中部地方出身。小さいころから典型的な優等生だったといい、県内の進学校を卒業後、東大に進学。進学のタイミングで上京した。
「最初の1年ぐらいは、東京でがんばるぞという気持ちでやっていけたんです。けれど、大学2年の夏休みにその燃料が尽きて、あれ、なんで僕はこんなところにいるんだろう、というところから始まりました。資格試験の勉強など自分の中での『これをやらなければならない』ということに強く追い込まれたり、人間関係のトラブルも重なったりして、塞ぎこんでしまったんです」
連絡がとれないことに気付いた友人が、病院に連れて行ってくれ適応障害の診断を受けた。その後、大学には通えるようになったが、今も調子に波があり、寮から出られない時期がある。
登壇者4人が参加者のテーブルを回って質問に答えた(画像の一部を加工しています)
●果物を育てる楽しさに気付く
そうしたメンタルの波と付き合いながら、自分なりの対処法も見つけた。
もともと地方の課題解決に取り組んでいた中山さんは、水田の土手の草刈りをきっかけに「手触り感」のある農業の楽しさに気付いた。
今は定期的に福島県内の農家に通い、桃や柿などの果物を育てる。高齢化に悩む農家の収入の仕組みづくりにも取り組む。この日のイベントにも自分で育てた桃を持ってきて、参加者に渡した。
創作も合っているといい、短歌を作って感情を表現している。「調子が悪いときのほうが面白い短歌ができます」(中山さん)
中山さんは心の不調について、これまで親しい友人にしか話したことがなかった。だが「同じような思いをしている人が少しでも楽になれば」と今回、話すことにした。
「今は自分の気持ちの浮き沈みを受け入れられるようになりました。メンタルに波があると、波が低いときの自分とも向き合うので、自分にフォーカスできる長所と思うようにしています」
登壇者の一人、会社員の川原由香さん(仮名)は小中学校でいじめにあい、不登校と保健室登校だった時期がある。口頭での指示が理解しにくく、就職後も7回転職し、死を考えたこともある。
参加者からの質問に答える川原さん
転機は障害者支援のNPOとつながった2024年。発達障害の診断を受け、障害者手帳を取得した。今は企業の障害者雇用で、在宅ワーク中心の事務職として働いている。マニュアルやチェック表があるので、以前と比べ、格段に仕事がやりやすくなった。「いやなときは全力で逃げていいです」と呼びかけた。中山さんと同じで、川原さんも短歌の楽しさに目覚め、最近は新聞の短歌欄で入選も果たした。
参加者からは「仕事で失敗した経験を引きずっていたが話を聞いて、人と比べず自分軸で行動しようと思った」「周りに不調を感じやすい友達がいるので参考になった」という声が上がった。
●医師「不調を完全に治そうと頑張る必要はない」
イベントには思春期外来を開設する、ストレスケア東京上野駅前クリニック院長で、こどもいのちと生きる力財団理事長の細川大雅さんもオブザーバーとして参加した。
細川さんのクリニックは、中高生を対象にした精神科と心療内科で、不登校や人間関係に悩む中高生が受診する。クリニックではカウンセリングに加え、グループで行うデイケアなど居場所づくりにも力を入れる。
細川大雅さん
「相談を受けていて、今の中高生は、将来に不安を感じる子が多いように感じます。『将来、大学に行けないのでは』『仕事に就けないのではないか』といった不安です。大人が『そんなことはないよ』と言ってもあまり響かないんです。もう少し年代や立場の近いモデルが必要で、今日のような同世代で語り合う場は有効だと思います」
その上で、細川さんは自分が不調を繰り返すことを受け入れ、人を頼ることが大切と指摘する。
「メンタルの不調を完全に治し、全く違う人生を歩もうと頑張る必要はありません。何もしない、できない時期があってもいいし、大変なときは周りに頼ってほしい」と呼びかける。
●子どもの自殺は過去最多に 自治体に協議会設置の動き
若者のメンタルヘルス状況を詳細に追った国の統計はないが、子どもの自殺は高止まりが続く。
厚生労働省によると、2025年の小中高生の自殺者数(確定値)は538人。統計のある1980年以降で最多になった。内訳は小学生10人、中学生172人、高校生356人。国の分析では、子どもが自殺に至るまでには、家庭や学校、健康問題などさまざまな要因が重なっていることが分かっている。
また、自殺対策白書によると、2024年の大学生の自殺者数は前年比24人増の434人。年齢で見ると、21歳が一番多かった。2022年から2024年までの間で亡くなった21歳の大学生の自殺の原因、動機を見ると、男女とも「進路に関する悩み(入試以外)」が最多で、男性は「学業不振」女性は「病気の悩み・影響(うつ病)」が続いた。
子どもの自殺対策として、国は2025年に自殺対策基本法を改正し、2026年4月から都道府県や市町村が学校や、医療機関、警察署、民間団体などが連携する法定協議会を設置できるようにした。自殺の危険性が高い子どもを早期に把握し、継続して支援するためだ。国のモデル事業として、東京都足立区などが協議会を設置している。
こども家庭庁・こどもの自殺対策推進室の並木敬之室長は「自殺に至った子どものうち、自殺未遂歴のある方が一定数いることが分かっています。特に女子高校生は亡くなった方の約4割に未遂歴があります。協議会でハイリスクの子どもをしっかりフォローし、未遂を既遂にしない取り組みを進めたい」と話している。
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